第57話 退場
「条約の内容を詰める。ご移動願おう。ロジャー、学園の会議室は空いているな?」
「はっ。ご案内いたします」
王が各国の来賓達に声をかけ、学園長に確認をとった。
ここでは詳細を詰める話し合いはし辛いか。
目的のパフォーマンスも終わったし、問題ないだろう。
『スルティア、ありがとう。もういいぞ』
『うむ。面白かったぞ。大会もこの機能で大いに盛り上がった。こちらこそ礼を言う』
スルティアに念話をして生放送を切ってもらう。
『大賢者』と学園長の眉がピクリと動いた。
あ、失敗した…。
オレはあくまで念話をしただけだが、それを知らない彼らは、生放送の映像をオレが切ったと思った可能性がある。
もしくは、『学園の支配者』と連絡をとったと思われたか。
いずれにしろ軽率だったな。
さっきは浮遊魔法の使用中だったから大丈夫だったってこと忘れてたぜ。
『証拠はありません。問題ないでしょう』
『そうだといいな。いずれは疑われるだろうとは思ってたけど、やっちまったなー』
オレの心を読んだように話しかけてきてくれたアカシャに言葉を返す。
「何をしておる。そなたらも来い。浮遊大陸の詳細が分かるのはそなたらだけなのだぞ」
「はっ」
さっそく移動を始めていた王に返事をして、急いで立ち上がる。
ネリーとアレクも頭を下げていたせいで遅れたのか、オレに続いた。
そして、王達の後ろに付いて移動を始めたとき、横から望まざる声が聞こえた。
厳格な女性の声だ。
「お待ち下さい!!」
シャイアン・セヨン、スルティア学園の教頭だ。
カツカツとヒールを鳴らして、急ぎ足で王の前に跪いた。
アカシャと来るかもしれないと予測はしていたが、本当に来たか。
「教頭先生、控えなさい」
学園長が教頭を窘める。
急に出てきて王に進言するのは不敬だということか、それともこの後のことを予想して忠告したのか。
学園長は優しいねぇ。
「ロジャー、よい。シャイアン・セヨンよ。どうしたというのだ?」
王が教頭の発言を許した。
オレはそれを冷ややかな目で見る。
内容はいくつか予想できているが、言葉はよーく選べよ。
内容次第では、そろそろ退場してもらうぞ。
「恐れながら申し上げます。あの平民、セイ・ワトスンは危険でございます。即刻排除すべきと進言いたします」
おお、本人であるオレの前でよく言うねぇ。
王はどんな反応するかなって思ったら、ニヤリと笑った。
何それ。どんな心境だよ。
「セイ・ワトスン男爵だ。すでに平民ではない。それで、危険と思う理由は?」
王は口角を上げながら返事をした。
オレに融和的ともとれそうな発言だろうか。
よく分からないけど。
前に取り込みをはかるって話してたし、そういうことなのかな。
「我が家の使用人の一部が奴によって奪われました。また、奴は国際大会へ参加せず、我が校の成績を故意に落としました。そして、何より奴はノバク殿下に敵対的です。もちろん理由はこれだけには留まりません」
教頭はいけしゃあしゃあと自分に都合の良いことばかり並べ立てた。
ふーん。そんなこと言っちゃうんだ。
そりゃ、悪手だろ。バカが。
「ワトスン、セヨンの言うことは事実か?」
王は急に真顔になってオレに聞いてくる。
演技か本気か知らんけど、怖っ。
オレは歩くのを止めて跪き、答える。
「セヨン家で雇われていた方々は、我が商会で働きたいという要望がありましたので許可いたしました」
「ふむ。それで?」
真顔のままの王が先を促してくる。
ここにはまだ『真偽判定』持ちの人達がいる。嘘は付けない。
だから、教頭はもう終わりだ。
「国際大会への参加は教頭先生に辞退を迫られ了承しました。負けた際の責任は教頭先生が取るとお聞きしております」
「ほう。それで?」
王の表情が興味深そうに変わった。
そう。これが完全にオレと教頭の意見が割れてる。
そして、教頭が言ったことは嘘だ。
敗戦の責任までオレに取らせようとして、見誤ったな。
嘘を見抜く能力を持った人達は、おそらくオレを対策してだろうが、ずっと上手く姿を隠しながら近くに付いている。
知らないってことは恐ろしいことだ。
「ノバク殿下に私はどうやら嫌われてしまっているようですが、私はノバク殿下を敵だと思っておりません。常に王族への敬意を持って接しております」
最後に、王にとって嬉しいであろうことを言っておく。
当然嘘じゃない。
邪魔な虫がいたとして、それを敵だと思うヤツはいないだろう。
そういうことだ。
王族への敬意がなければ潰している。
嘘発見器に頼りきっているようなら、耳触りのいい言葉に騙されるだろう。
オレも気を付けておかないとな。
表面上の情報と真実が絶対に同じとは限らない。
いつも思うけど、感情面ってのは難しい。
「そうか。よく分かった。セヨンよ、進言感謝しよう。後日そなたとワトスンに沙汰を伝える。下がれ」
王はオレの言葉を聞き、満足そうな笑みを浮かべて教頭に言った。
今ではなく、後で真偽を確認するつもりらしい。
この後のこともあるからか、あくまで存在を隠しておくつもりか。
徹底してるねぇ。
「えっ?」
梯子を外されたように感じたのか、呆けた表情になる教頭。
「行くぞ」
王は下がれと言ったにも関わらずその場に留まっている教頭をいないように無視して、周りに声をかける。
そして、教頭の横を素通りして歩いていった。
オレも少しだけ待って立ち上がり、後ろを付いていく。
『アカシャ、スルティアに伝えてくれ。"やれ"ってな』
『かしこまりました』
オレの言葉を受けたアカシャが消え、スルティアが了承したのだろう。少しして先ほどまで生放送が映し出されていた武舞台に再び映像が流れる。
前に学園長室で教頭と国際大会の辞退を約束した時の映像だ。
歩きながら、会場がざわめくのに合わせて少し振り向く。
一応の演技だ。
じゃあな教頭。
約束通り、責任取ってくれ。
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「スルト王よ。浮遊大陸の戦争への不使用をうたった、このスルティア条約。確実に歴史に残りますぞ」
移動した学園の会議室で、ある国の大使が言った。
この条約は締結場所の名称からスルティア条約と呼ばれることとなった。
この条約は、"イザヴェルの"ではなく"浮遊大陸の"戦争での不使用を約束したものだ。
つまり今回調印した各国は今後、残る2つの浮遊大陸であるヴァルハラやブレイザブリクを手に入れたとしても、この条約を守って運用することになる。
そして、できることなら将来的にこれが世界の基準となれば嬉しい。
浮遊大陸自体に攻撃機能は一切ついてないのだ。
戦争の道具に使われるのは、神様としても甚だ不本意だろう。
事実はアカシャを以てしても分からんけど。
まぁ、結局はオレが浮遊大陸を戦争の道具にしたくないだけだ。
こういう仕組みがあれば、使った国は世界から白い目で見られて叩かれるだろう。
ゆえに使わない。そういう抑止力になればいいと思う。
「しかし、確実に守られるという根拠が必要だ。すぐに条約を破棄されて攻め込まれてはかなわん」
ヘニル国の大使が言う。
攻め込もうとしてる国が、よくもまあ平然とした顔で言えるものだ。
スルト王も一瞬だけイラッとした顔をしたように見えた。
「分かっておる。契約魔法を使う。だが、契約は各国の王とだ。そなたらと契約を交わしても意味がない」
王は契約魔法を使う用意があることを告げた。
確かに、契約魔法はトップ同士で使わないと弱いか。
大使だと、切り捨てられて契約を破られる可能性もある。
「仕方ありませんな。後日改めて場を設けましょう。今日のことを世界に発信すれば、調印を望む国も増えるでしょう」
そうだな。
貿易とダンジョンへの入場ができるのを調印国の人間のみとすれば、ここにいない国でも参加を望む国が出てくるだろう。
「そなたらも来い。浮遊大陸を動かせる者にも、契約魔法をかけておく必要がある」
王がオレ達を見て言う。
そりゃそうだな。オレたちが独断で約束を破って王が死ぬとか有り得んだろう。
破るつもりもないし、問題ない。
「「「かしこまりました」」」
オレとネリーとアレクは頭を垂れて返事をした。
オレの頭の上にいたベイラはずるりと落ちそうになって慌てている。
ベイラ、絶対話聞いて無かっだろ。お前もだぞ。




