第56話 浮遊大陸の利用法
言葉を発したことで、我が国を含む要人達の目がオレに向けられた。
「提案か。申してみよ」
スルト王が軽く口角を上げて言った。
あの様子、最初から何らかの提案があるだろうと思っていたのかな?
こちらから場所まで指定したからな。
ある程度読まれていたんだろう。
「浮遊大陸の戦争での不使用。これを条約として結ぶのです」
オレはまず、結論だけ話した。
いきなり全てを話すよりは、最終的に理解しやすいだろうと思ったからだ。
「それは良い案ではないか!!」
ヘニル国の大使が提案に飛び付いてきた。
そりゃあ、そうだろう。
スルトに戦争を仕掛けようとしているヘニルとしては、浮遊大陸が戦争に使われることは何としても避けたいだろうからな。
「それで、我が国にはどんな利益があるのだ?」
王はあまりいい顔をしなかった。
浮遊大陸というアドバンテージを、王は戦争で活かすつもりだったのかもしれない。
宰相とかと相談してるなら、アカシャに聞けば分かることだけど。
「条約には、各国が浮遊大陸の所有国を認め、これが解放されないよう保護することを明記します。これにより我が国は莫大な富を得られるでしょう」
所有国が戦争での不使用を宣言する変わりに、各国は浮遊大陸内ダンジョンの解放に動かないだけでなく、積極的に保護することを約束してもらう。
例えば国際的に、イザヴェルを解放した者は死罪とするとすれば、そうそう解放しようとするものは現れないだろう。
数が少数になりさえすれば、現れたとしてもオレが排除すればいい。
「弱いですね。それでは通常のダンジョンと変わりません。我が国は浮遊大陸を侵略戦争には使わない。しかし、防衛戦争や報復には使うことを辞さない。これならば良いでしょう」
宰相がオレの発言にダメ出しをしてきた。
なるほど。おそらく、スルト国として用意していた落とし所はこれなのだろう。
侵略には使わないということで国際的な孤立を避け、抑止力として保持するというわけだ。
「それでは所有を認めたとしても、保護するなど承知できぬ!」
ヘニル国の大使が叫ぶ。
そうだろうね。アンタのところは困るだろう。
さっきの宰相の案は、ヘニル国との戦争で使おうと思ってると言ってるようなもんだ。
それはオレ達としても面白くはない展開だ。
イザヴェルは、そしていずれ増えるかもしれない動く浮遊大陸は、できれば平和的に有効活用したい。
「ヘニル国の大使の言うように、その案の場合はダンジョンを解放しようとする者が大勢押し寄せるでしょう。対策のためダンジョンを開くことができなくなるかと」
ダンジョンを開けなければ、スルト国がダンジョンを手に入れることで期待できた収益はかなり減る。
それは宰相も分かってるだろう。
でも、あえてオレはそれを指摘した。
「仕方のないことです。ダンジョンを開くことでの収入は惜しいですが、国で選定した者のみが入場できる仕組みでも十分に利益はとれるでしょう」
宰相からは予想どおりの答えが返ってきた。
その言葉を引き出したかった。
かなり利益が減ったとしても、防衛や報復にだけでも戦力として使いたいようだけど、もしそれが果てしなく利益を減らしてしまうとしたらどうだ?
「先程申し上げた莫大な富とは、ダンジョンを開く程度のものではございません。ダンジョンを開き、そこに町を作り、各国を巡り貿易をします。想像してみてください、安全でコストが少ない大規模な輸送が可能となるのです。世界中の国、商人がこぞって参加するでしょう」
オレは声のトーンを1段上げて話す。
これがこの提案の最大の目玉だ。
モンスターの存在によって、安全を確保した輸送には非常にコストがかかる。
それでも貿易は行われているが、馬車数台丸ごと消えるなどというのは割とよくある事故だ。
浮遊大陸であれば、馬車などとは比べ物にならないほどの大規模な荷物を事故の心配なく運ぶことができる。
多少の税を払うくらい、今までのコストに比べれば何でもない費用だと誰もが考えるはず。
「なるほど。その中心にいるのは我が国ということか。…どうだ、宰相」
王は想像したのだろう、圧倒的な利益を生み出す可能性を。
まんざらでもない雰囲気で宰相に話をふった。
「確かに…。それが可能となれば我が国だけでなく他国にも莫大な富をもたらすと思われます。民も大いに潤うでしょう。しかし…」
「しかし、なんだ?」
言い淀んだ宰相に対して、王が先を促す。
宰相はその答えを正確には持っていないからだろう、答えの代わりにオレに話をふってきた。
「セイ・ワトスン、あれは我々でも動かせるのですか?」
宰相はこう言いたかったのだろう、しかし運用できるのはセイ・ワトスン達だけなのでは? と。
そうだよ。
「いえ。あの浮遊大陸イザヴェル、動かせるのは初回踏破者である私共のみでございます。もしイザヴェルを私共にお任せいただければ、先程の案、3ヶ月以内に形にしてご覧にいれます」
オレはしれっと言い放った。
「3ヶ月以内…。そうか。お前はあの時にはすでに、ここまで考えていたのだな。もし、余が断ればどうする?」
王は威厳あるままだが、初めてほんの少しの疲れが見えた。
そっちが素なのは知ってるけど。
いつでも移住できる、まだ仕事のないスラムの住人達。大規模な商売もこなせるワトスングループ。オレ達には全てが揃っている。
3ヶ月以内にスラムの住人全てに職を与え、半年以内に税を国に納める体勢を整えるというのは、最初からこれを見越してのものだ。
断ればどうするか。
一応考えたけど、どうもしないよ。
この案が最もみんなに利益が出て、平和的で面白いと思ったから提案したまでだし。
たぶん国としては、オレ達が浮遊大陸ごと他国に流出するのが最悪の事態か。
為政者は大変だな。
大丈夫。オレ達は王達が思っている以上にスルト国に留まる理由がたくさんある。
言わないけど。
「問題ありません。お約束は別の形で守りましょう。また、浮遊大陸に関しましてはこの案が却下されましたら、宰相様の案がベストかと」
オレは他国の要人達を見回しながら言った。
これは半分脅しみたいなものだ。
オレの案を支持しなければ宰相の案になるよと。
「仕方ありませんな。我が国は、浮遊大陸の戦争での不使用を条約として結ぶことを条件に、スルト国の所有を認めましょう」
1つの国が了承したのを皮切りに、我も我もと各国が続いていく。
結局はどこかで落とし所をつけるしかないのだ。
他国は、自分達に利益がない宰相の案よりは、オレ達の案を支持するだろう。
例え、それが明らかにスルト国が最も利益を得られる案であっても。
浮遊大陸が戦争で使用されることを防ぎ、自分達の利益にすることもできたのであれば、彼らとしては満足できる結果だろう。
浮遊大陸を手に入れた時点で、スルト国の優位は変わらない。
あとは、決定権を持つ王に委ねられた。
周りがどんなことを言おうと、所有者である王の決定が全てだ。
「もう1つの約束を、忘れたわけではないのだな?」
王がオレを見て確認をしてくる。
ヘニル国との戦争に全面協力するという約束だな。
確かに今回のことは、それを疑われても仕方がない。
「もちろんでございます。それとこれとは、別であると考えております」
王が関係者にしか分からない言い方をしたのに合わせて、オレもそうする。
ヘニル国の者もいる場で、わざわざ教えてやることはないよね。
戦争はないに越したことはないけど、攻めてくるなら叩き潰すよ。
バウティスタ君には申し訳ないけど、警告はしておいたからね。
オレの言葉を聞いた王は、しばし考えるそぶりをみせた。
『ご主人様の言葉に嘘がないかを確認しております』
考えるふりをしても、アカシャからすればバレバレだ。
しっかり確認してくれ。嘘は言ってないから。
「良いだろう。セイ・ワトスンらの提案を採用する」
スルト王が決定を口にすると、会場が一気に沸いた。
民にも大いに関係する決定だからな。
王も民への人気も考えて決定した可能性はある。
それも考えての生放送なわけだが。
「今回の大功績の褒美としてセイ・ワトスンを一代貴族として叙爵し、男爵位を与える。また、トンプソン男爵家を陞爵し、子爵家とする。ズベレフ家はすでに公爵の上、次代への爵位の継承が決まっているので据え置きとするが、次に大きな功績を上げればさらに次代への継承を約束しよう」
さらに王が続けた。
その内容にオレは思わず、王の御前であるにも関わらず隣のネリーに話しかけてしまった。
「やったな! ネリー!! 念願の陞爵だ!」
「バカ! あんた、王の御前よ! ちゃんとしてなさいよ! もう、バカッ!」
ネリーは小声でオレを叱りつつ、泣いていた。
よっぽど嬉しかったんだろう。
ネリーのじいちゃん、ガエル・トンプソンにも見せてやりたかったな。
「ふむ。そうしていると、お前たちも歳相応に見えるな」
王が珍しい物でも見たような顔で話しかけてきた。
「はっ。お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません」
王の前での態度ではなかったので、謝っておく。
あまりにも嬉しかったので、つい、素が出てしまった。
「よい。セイ・ワトスン、ネリー・トンプソン、アレクサンダー・ズベレフの3名には浮遊大陸イザヴェルを貸し与える。しっかり運用せよ。国からも代官を派遣するから報告を怠るな。そして、得た利益の半分を国に納めよ。良いな?」
オレ達3人、当然「ははーっ」と言って頭を下げたわけだが…。
当然オレは。
良くねーよクソが。何もしないで半分持ってくとか、ふざけるのも大概にしろよ何様だ。王様だったね。
などと頭の中で思っていた。
地球でもこの世界でも、税金ってヤツはクソだな。
前世で親がさんざん愚痴ってた理由、分かったわ。
半分持ってかれても圧倒的な利益になるけど、そういう問題じゃねぇ。




