第10話 村の子供のピンチを救おう 後編
ラピスの心臓、とても面白かったです。
ぜひ読んでほしい。
2020/9/22 改稿しました
「し、仕方ないなぁ。ほら、おいで」
抱っこをせがんだオレを、カールは受け入れてくれた。
ちょっと困ったようなことを言っているけど、顔は緩んでいる。
子供好きのいい子だ。
抱っこをしてもらったオレは、できるだけ魔法陣の現れる眼球を見られないようにしつつ、カールに身体強化の魔法をかけた。
「あれ? 今、少しだけセイが軽くなったような…」
「んー! かーう。 んー!」
上手く喋れないので、カールに抱っこされたまま森の方に思いっきり体を伸ばしてアピールをする。
頼む。察してくれ、カール。
「おいおい、暴れんなって。セイはあっちに行きたいのか? …よし、助けも呼んだし、オレの体力も回復した。みんなのところに一緒に行くか!」
「あい!」
カール! ナイスだ! 回復して身体強化すれば森に戻ってくれないかなって思ったけど、本当にそうしてくれるなんて。
カールを気絶させて念動魔法で操るなんてことは、気持ち的にも魔力的にもキツかったから、助かった。
「セイ、一度降ろすぞ。抱っこよりおんぶの方が走りやすい」
抱っこしたまま森に向かって走り始めたカールは、一旦オレを降ろして改めておぶってくれる。
「それにしても、不思議だと思わないか? あんなに疲れてたのに、お前を抱っこして走ってた今の方が、来るときよりも楽だった気がする」
「あーう?」
カールの背中によじ登りつつ、カールの言葉にテキトーな相づちを打つ。
そりゃあ、魔法で回復して身体強化してるからね。楽な気がするんじゃなく、確実に楽なんだよ。
そうは言えないけども。
「まぁ、赤ちゃんに話しても答えは返ってこないよな。もしかしたら、オレってば死ぬほど頑張って走ったからレベルアップしちゃったとか!」
なるほど。
多くの経験を積めばレベルアップが起こることがあるというのは、アカシャから教えてもらっている。
カールの身にそれが起こった可能性はあるだろう。
たぶん、今回は違うと思うけど。
でも、オレとしてもその方が都合いいし、カールにはそう思っておいてもらいたい。
きっとそうだよというニュアンスを込めて、相づちを打っておこう。
「だー!」
「おお、お前もそう思うか? はっはっは! よし、行くぞセイ! 進化したオレの力を見せてやるぜ!」
気分をよくしたのか、かなりの早さで走り出すカール。
ありがたいけど、調子にのって落としたりするのは勘弁してほしい。
カールの首に回すにはまだ短すぎる手で、背中の服をぎゅっと強く握りしめておいた。
必死に走ったカールの頑張りにより、オレとカールは森の入り口の柵のところで待っている子供達と合流した。
「ぜぇっ、ぜぇっ。助けは、呼んだぞ。運良く途中でアルとジルの父ちゃんに会った。そろそろ武器を持って来てくれるはずだ。ケイトとサムは? やっぱり、帰ってきてないか?」
「カール! ケイトとサムどころか、アルとジルも行っちまって戻ってこねぇ!」
「はぁ!? なんでそんなことに? オレがここを出るときは、あいつらそんなこと一言も…」
カールと村の子供達の会話を聞きつつ、カールの背中から降ろしてもらう。
ありがとうカール。
アカシャは首尾良くアル兄ちゃんとジル兄ちゃんを迎えにやったみたいだな。
あとは、父ちゃんが来るのを待つだけだけど…。
オレ達が走ってきた方向を振り返ると、ちょうど父ちゃんが凄い速さでこちらに向かって走ってくるのが見えた。
背丈ほどはないものの、かなり大きな剣を肩に担いでいる。
「とーちゃ!」
オレは父ちゃんに手を振る。
「セイ! 途中で見かけねぇと思ったらもうこんなところまで来てたのか。悪ぃが今はお前に構ってる暇はねぇんだ。おい! 誰か状況を教えろ!」
合流した父ちゃんが、子供達に説明を求める。
「ケイトが森に入ったサムを連れ戻しに追って行って、まだ2人とも戻らない。アルとジルも、最初大人を待つって言ってたのに、急にケイトとサムが危ないって言って探しに行っちまった」
子供達の1人が代表して答えた。狼狽している様子なのに、しっかり説明できている。
「アルとジルも行っちまったのか!? あのバカども! なぜ止めなかった!」
「止めたさ! でも、なぜかあいつら確信があるみたいで、聞かなかった! まるで見えない何かと喋ってるみたいだったんだ」
代表の子が、声を荒げる父ちゃんに対して反論する。
それはオレのせいだな。アル兄ちゃんとジル兄ちゃんにしかアカシャを認識できる許可は出してないから。
混乱させてしまって申し訳なかった。
「くそ。わけがわからねぇな。とにかく早く探しに言って、助けてから聞くしかねぇか」
「あいつら、なぜかケイトとサムのいる方向も分かってるみたいで、大人が来たら説明しろって言ってた。こっちだ」
説明をしてくれている子が、柵を越えて森の入り口へと進む。
それに父ちゃんが続き、ついでに他の子供達も野次馬的についていった。
オレもどさくさに紛れて一緒に付いていく。
「ここだ。ここからあいつらは森に入っていって、あっちの方向に行くって言ってた」
代表の子が兄ちゃん達が進んでいった方向を指差す。
「分かった。オレは今からあいつらを助けに森に入る。他の大人も後から来るだろうから、お前らはここで待っていて説明をしてくれ。間違っても森には入るなよ」
そう言って父ちゃんは森の中に走っていき、あっという間に見えなくなった。
森の中に入る直前、オレは父ちゃんに身体強化の魔法をかけた。
アカシャいわく、あとは父ちゃんにかけた魔法を維持するだけでいいらしい。
身体強化の魔法は、あまり距離があきすぎると維持できなくなる。
だが、アカシャの予測ではすぐそこまで兄ちゃん達は来ているはずなので、この位置からの維持なら問題ないだろう。
「セイ! いつの間にこんなところまで来て。ここじゃ森が近すぎて危険だから、柵のところまで下がろうなー」
カールがそう言って後ろからオレの脇の下に手を入れ、ひょいと持ち上げる。
その瞬間、オレの目の前に銀髪メイド服の妖精、アカシャが突然現れた。
「ふわっ!」
「ご主人様、念のためこの場から下がらないようお願い致します」
急に出てきたアカシャに驚いて声を上げてしまったが、アカシャの抑揚が少なく感情のこもってない声を聞いて急速に冷静さを取り戻す。
アカシャが現れたということは、すなわち緊急事態だ。
そして、カールがここから下がろうと言ってオレを持ち上げた瞬間にアカシャが現れて下がるなと言った。
つまり問いただすまでもなく、今すぐカールをどうにかしろということだ。
すぐに全力で集中するべく、目を閉じる。
父ちゃんに使っている身体強化の魔法を解くわけにはいかない。
身体強化の魔法陣を維持しつつ、もう1つ魔法陣を頭の中に思い描いていく。
魔法の同時使用は、すごく難しい。頭の中で異なる魔法陣を同時に思い浮かべるのがどれだけ大変か。
かなり練習しているけど、未だに2つ同時が精一杯だ。
新しい魔法陣を思い描くことよりも、すでに思い浮かべている魔法陣が霧散しないよう維持する方がしんどい。
口を歪ませ、汗が出てくるほど集中して、何とか構築しきった魔法陣に急ぎ魔力を込める。
魔法陣がちゃんと光って発動したのを確認し、目を開ける。
今のオレの目には、片目ずつ魔法陣が現れているはずだ。
目をつむってから数秒も経ってないだろうけど、久しぶりに目を開けたような感覚がした。
「驚かしちゃったかなー。ごめんごめっ…。えっ…? なにこれ…」
アカシャが出てきた時にオレが驚いて出した声を、カールは自分が持ち上げた時に驚いたと勘違いして謝ってくれていたようだ。
だけど、それを言い終える前にカールは自身の異変に気がついたらしい。
さぞ驚いただろう。自分の首から下が動かないのだから。
カールには申し訳ないけど、拘束魔法を使わせてもらった。
少しの間だけ我慢してほしい。
『素晴らしい手際です。若干予定とずれが生じ、これ以上下がると対象への魔法の射程が届かなくなる可能性がございました』
いつの間にかいつもの定位置である左肩の上に収まっていたアカシャが念話を送ってきた。
『予定とのずれ? 大丈夫なんだろうな?』
『問題ありません。ただ、サムが転んで膝を擦りむいてしまいましたので、全員無傷というお約束は果たせませんでした。申し訳ございません』
『いくらアカシャでも転ぶことまでは予測できないだろ。それぐらいはしょうがないさ。向こうの映像とか見れるか? みんなの無事を見届けたい』
『かしこまりました。ちょうど終わるところですよ。現在のあちらの映像と音声をお送りいたします。脳内の情報量が増えますので、魔法の維持にはお気をつけください』
魔法の同時使用は難しいが、一度発動さえしてしまえば維持はあまり難しくない。
とはいえ、一応目をつむって通常の視覚情報を減らした上で集中しておこう。
アカシャから送られてきた視覚情報は、テレビの分割画面のような感じで見ることができた。
音声はイヤホンをしてるような感じだ。
オレはその映像と音声を見聞きして絶句した。
どこが大丈夫なんだ…。
近づいてくるゴブリンに対して、アル兄ちゃんが他の子供を守るように立ち、悲壮な決意を固めたジル兄ちゃんがアル兄ちゃんの隣に立とうとしている。
『おいおいおいおい! ふざけんなバカ野郎! どこも大丈夫じゃねぇぞコラ!』
すぐさま魔法の準備をする。
オレが同時に使える魔法陣は2つまで。今はすでに2つ使っている状態だ。
ただし、魔法陣が2つまでしか使えないのであって、魔法が同時に2つまでしか使えないのではない。
『アル様とジル様のことを心配されているなら、ジード様が間に合うので問題ありません。万が一ジード様が転ぶなどした場合は魔法の行使をお願い致します』
アカシャと会話が微妙に噛み合わないことで、オレは失念していたことに思い至った。
アカシャは人の思考までは読み取れない。だから、人の感情まで考慮することが苦手なんだ。
父ちゃんが間に合えば確かに物理的には大丈夫だろう。
でも、ゴブリンにギリギリまで近づかれたという恐怖は残る。
それがアカシャには分っていない。
アカシャは何も悪くはない。オレの言った通りにしてくれただけだ。
『アカシャ、効率は悪いかもしれないけど、残りの魔力を全部使って魔法を使う』
今回はもう遅いけど、次からはできるだけアカシャだけに任せずオレも考えよう。
優れすぎてて気づかなかったけど、どんなにアカシャが優れていても、使うオレ次第ってことだ。
『かしこまりました。ゴブリンへの拘束魔法は"宣誓"を使った方が良いでしょう』
オレが何をするかお見通しか。
まずはゴブリンに向かってジャンプした父ちゃんへの身体強化にもっと魔力を込める。
そしてゴブリンには、絶対に父ちゃんに手が出せないように全魔力で拘束魔法をかける。
魔法の行使の方法は1つではない。
行使する際に声を発することで、世界により強く干渉することができる"宣誓"を使えば、同じ魔力を込めても発現する効果が高くなる。
アカシャが映し出してくれている映像のゴブリンを思いっきり睨み付けて、オレは言葉を発した。
「"うおくな"」
映像に映るゴブリンは、ジャンプした父ちゃんが迫るなかピタリと止まり、ただ父ちゃんを見上げるだけで手を出すこともなく、そのまま剣で真っ二つにされた。
あの後、オレは無事を見届けて安心したことと、全ての魔力を使い果たして疲れたことで眠ってしまったらしい。
兄ちゃん達には怖い思いをさせてしまって申し訳なかったけど、森に入ってしまった子供達を助けられて良かったと思う。
次からは完璧に助けられるようにしたいけど、アカシャはまだギリギリ無傷で助けることと、怖い思いすらさせずに無傷で助けることの違いがいまいち理解できないようだ。
アカシャに頼りすぎず、自分でもちゃんと考えなければという教訓になった。
ジル兄ちゃんが壁にありがとうって書いたときは、オレがやったとバレたのかと思ってドキッとしたけど、アカシャに宛てて書いたものだった。
アカシャ宛でも嬉しかったから記念に残しておこうと思ったら、ジル兄ちゃんが婆ちゃんと母ちゃんにすごく怒られてたから、汚れを落とす魔法で消しておいた。
カールはあの時のことを色々と武勇伝としてぶちあげているらしい。
凄い早さで走れたことはともかく、突然金縛りにあったとかはそんなに自慢するものでもないと思う。
そういえば、今回の騒動以前と以後で大きく変わったことがもう1つあった。
オレのレベルが上がった。
ちょうどいいってそういうことかよアカシャさん。
人様のピンチで…。
合理的すぎるのも考えものだよな。




