第53話 面白そうだからに決まってる
「この妖精も風纏を!? いや、関係ない。"全員まとめて切り刻め"!!」
スタン・バウティスタ君はベイラが風纏を使ったことに驚いたようだが、すぐに気を取り直してオレ達に向けて両手を突き出した。
効果を直接口に出す乱暴な"宣誓"。
"限定"も使って、最初から最高威力の魔法で一気に殲滅するつもりらしい。
いい手だ。
相手に全力を出させる前に終わらせるというのは非常に効果的である。
バウティスタ君の目の前に風の刃でできた大きな竜巻が生成され、オレ達に向かってくる。
確かに、これをまともに食らえばオレ達は死んでしまうだろう。
ただし…。
「"吹き散らすの! 大上昇気流!"」
ベイラは油断してないけどな。
ベイラは"宣誓"すると同時に、右手を下から上へ薙ぎ払う"限定"を見せた。
右手には世界樹の杖を握りしめている。
空に浮かぶオレ達とバウティスタ君の間に、上へと昇る超突風が吹き荒れた。
ベイラの全力の風魔法によって、バウティスタ君の竜巻は押し流され、形を保てず吹き散らされる。
これだけの規模の風を操りながら、近くにいるオレ達やバウティスタ君には影響がまるでない。
ベイラはかなり腕を上げたな。
もちろん、ベイラ以外のメンバーだっていつでも動ける態勢をとっている。
オレ達は伊達にアホほど修行してる訳じゃない。
油断して全力を出す前に負けるなんてことはまずないのだ。
「バカな! この私の最高の魔法だぞ…」
バウティスタ君が驚愕の表情で一歩後ずさる。
空中なのに器用だな…。
「今のあたちに風魔法で勝てると思わない方がいいの」
ベイラがニヤリと笑う。
元々風魔法が得意だったベイラは、夏休みに風纏を極め、さらに世界樹の杖を手に入れたことで飛躍的に強くなった。
オレの仲間の中で最古参のベイラは、一番最初に正しい魔力の増やし方を実践し始めた。
レベルもかなり上がったことで、今は他の追随を許さない魔力量になっている。
バウティスタ君にとっては状況も悪い。
試合が終わったばかりで武器を携帯していない彼と、ダンジョンから帰ってきたばかりで武器を携帯しているベイラ。
この状況なら余裕をもってベイラが勝つ。
「一応、ベイラが怪我しそうになったら教えてくれ。介入するから」
「かしこまりました。ですが、おそらく問題ないでしょう」
アカシャに頼んで保険もかけておく。
アカシャが言うように、大丈夫だろうけどな。
「さて、もう満足か?」
1分ほどして、オレはベイラとバウティスタ君に話しかけた。
短いけれど、天変地異みたいな戦いだったな。
オレも少し大変だった。
「満足したの! やっとあたちも試合できたの!」
ベイラがこちらを振り向いて満面の笑みで答えた。
これは試合じゃないけど。
ベイラはずっと、オレ達ばかり試合をしてズルいって言ってたからなぁ。
学園生じゃないベイラは学園の試合には出られないからね。
代わりにバウティスタ君を完封して満足したらしい。
「ふざけるな! 何が満足だ!」
"風纏"が切れたバウティスタ君が、それでも風の刃を放ってくる。
オレはそれに右手を向けた。
「"打消"」
右手から出た淡い緑色の魔力光が風の刃をかき消す。
一定以下の魔力量の魔法はこの光の中では存在できない。
「な!? あ…」
初めて見る"打消"にバウティスタ君が狼狽える。
「あんまり無理するなよ。残り魔力少ないだろ? 飛べなくなっちゃうぞ」
"風纏"まで切ってるのだ。
アカシャを持ってなくても丸分かりである。
たった1分やそこらだが、バウティスタ君は大会であれば反則となるような全力の魔法を連発しすぎて、魔力切れ寸前だ。
最悪、本当に切れたら助けてあげるけど。
「…殺せ。貴様らを襲ったのだ。どちらにせよ私に未来はない」
バウティスタ君は悔しそうに下を向いて喋った。
最初の一手でオレ達を殺して逃げるつもりだったんだろうけど、確かに、ここまで魔力がなくなっちゃうと逃げられないか。
まだ9歳の子が、ずいぶんな覚悟だな。
でもね。
「大丈夫。君がオレ達を襲ったこと、下からは見えてないから。ここでは何もなかったってことでヨロシク」
オレはいたずらっぽくニヤッと笑ってバウティスタ君に言った。
ここで起こったことはバレないように偽装している。
怪しんでいる人も何人かいるようだけど、証拠がないからオレ達がしらばっくれれば問題ない。
「は…?」
バウティスタ君は理解ができないという顔をした。
偽装なんてできるのかとか、オレ達に何のメリットがあるのかとか考えてるのかな。知らんけど。
理由は1つ。面白そうだからに決まってる。
「ま、悪いようにはしないって。さぁ、降りよう。王達をあんまり待たせるわけにもいかないだろ」
オレは未だに理解不能顔のバウティスタ君の肩を叩いて、先に下に降り始めた。
「変なヤツだけど、信じていいわよ」
「どーせ面白がってるだけなの」
「浮遊大陸の軍事利用はしないことを誓うよ。そのための、この場なんだ。君のことは、面白がってるだけかもしれないけど…」
ネリーとベイラとアレクも、それぞれバウティスタ君の肩を叩いて降り始める。
いやー、さすが。
親友たちはオレのことをよく分かっていらっしゃる。




