第52話 スタン・バウティスタ君
「ふはははは! 見ろ! 人がゴミのようだ!」
ダンジョン・イザヴェルの最下層、初回攻略者のみが入れる隠し部屋のコントロールルームで、オレは壁の映像を見ながらお約束のネタを叫んだ。
まるでテレビのように壁一面に映っているのは、空から見たスルティア学園の闘技場の様子だ。
「アンタ、それ悪者みたいだから止めなさいよ」
ネリーが不快そうな顔をして指摘をしてくる。
「僕もあまり好きじゃないな」
アレクは困ったような顔だ。
「なんかセイっぽくないの」
ベイラはどうでも良さそうに言った。
「ご主人様があそこにいる者をゴミと呼ぶならば、アレはゴミなのです」
アカシャは危ない宗教の信者になったかのようだ。
ごめん、オレが間違ってた。
「お、おお…。ネタが分からないとこんな感じになるんだな…。もう言わないよ」
ネタが通じないとはどういうことかを思い知り、失意のうちに反省を口にする。
「? よく分からないけど、もう言わないならいいわ。それにしても、大丈夫なの、これ?」
ネリーが壁に映る闘技場の様子を見て、疑問を口にする。
「あー、そうだな。正直、思ったよりもずっと騒ぎになってる。神話を信じてる人がかなり多かったみたいだ」
感情ってのは難しい。
オレやアカシャが予測してたより、かなり王都の人々を不安にさせてしまったようだ。
「たった数年で世界の半分を支配したっていう、浮遊大陸ヴァルハラの話だね。これを見たら、本当だったのかって思うのも無理はないよ」
アレクが神妙な面持ちで話す。
うーん。確かに、空飛ぶ島が迫ってくるのを見たらかなりのプレッシャーがあるか。
3人に1人くらいはドキドキワクワクするんじゃないかくらいに思ってたぜ…。
神話の話は、そんな事実はないんだけどな。
浮遊大陸に攻撃機能なんてないし。
当時ヴァルハラに住んでた魔法使い達が、手を出された報復に1国滅ぼしたのが尾ヒレ付きまくって、今じゃ神話の一部になってるだけだ。
「とにかく、この状況は何とかしよう。アカシャ、王都全体に声が聞こえるようにしたい。サポート頼む」
「かしこまりました」
オレはアカシャが提示してくれた方法で、魔法の詠唱を開始した。
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「確実に、こちらを目指しているぞ…」
スタンが浮遊大陸を見ながら、恐れるように言った。
スタンの言うように、私から見ても間違いなくこちらに向かって飛んできている。
数時間後くらいには、この王都の上空にやってくるだろう。
冷や汗が頬をつたう。
もし神話のようにあれが攻めてきたとしたら、私達はこの王都を守り切れるのか。
「ミカエル。もしワシが死んだら、ロジャーと協力して王を逃がせ。ワシはあのデカブツを止めてくる」
「そんな! いくらお祖父様でも、お一人であれを止めるなど!」
冷静な表情で私に向かって話すお祖父様に食ってかかる。
本気になれば山でも消し飛ばすと言われるお祖父様だが、あの浮遊大陸は規模が違う。浮遊大陸の中に山があるのだ。
ましてや、神話のように浮遊大陸を操る者もいるに違いない。
「できるか、できないかではないのじゃ。誰かがやらねばならぬ。それに、わしが適任じゃろ。なぁに、あんな岩の塊、わしの炎でちょちょいのちょいじゃ」
「お祖父様…」
いつもと変わらない雰囲気で笑うお祖父様だが、私は不安だった。
そう簡単にどうにかできるのならば、先ほどの死んだら王を逃がせという言葉はなんだったのか。
私がお祖父様を説得しようと口を開いたとき、突然、どこからともなく響く声が聞こえた。
『王都の皆さん、こんにちは。こちら、スルティア学園のセイ・ワトスン。現在東の空に見えている、浮遊大陸イザヴェルから通信中。安心してください。この浮遊大陸はスルト王に献上するためにお持ちしたものです。また、王都の直上には停留しません。繰り返します…』
響いた声は、セイ・ワトスンのものだった。
あの浮遊大陸はワトスンが操っている?
大会の応援にいないと思ったら、何ということをしでかしているのだ。
あれはヴァルハラではないのか?
3つあるという浮遊大陸のうち、イザヴェルは東の彼方にあるということは聞いたことがあるが…。
ヴァルハラ以外の浮遊大陸が動くというのは、神話ですら聞いたことがない。
色々な疑問が頭を駆け巡っているうちに、セイ・ワトスンは同じ内容を数回繰り返した。
「お祖父様…?」
私はどうしていいか分からず、お祖父様の方を見た。
「はぁ。あの小僧の仕業か…。よりにもよってこんなタイミングで。やってくれるのぉ」
臨戦態勢だったお祖父様はため息をついて脱力し、やれやれといった様子でぼやいた。
お祖父様の気持ちは理解できる。
よりにもよって、各国の要人が集まっている国際大会中にこんな事件を引き起こすとは。
ワトスンは分かっててやっているのか?
「浮遊大陸イザヴェルだと…? スルティア学園のセイ・ワトスン? 説明しろミカエル! 何が起こっている!?」
「私に聞くな…」
詰め寄ってきたスタンに、私は肩を落として自分の無力を嘆いた。
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オレ達は王都近くに浮遊大陸イザヴェルを停め、コントロールルームの転移陣からダンジョン神殿の転移陣へと戻った。
そして神殿から出て、浮遊魔法で現在王がいるスルティア学園の闘技場へと向かった。
行きと違って転移を使わないのは、もちろん転移魔法を隠すためである。
王はたぶん城に戻りたかっただろうが、オレは王都に声を届けた後に学園長に念話でお願いをして、各国の要人ごとその場に留まってもらうようにした。
計画を全て叶えるには、そこが最も都合が良かったからだ。
王城ではスルティアの支配者権限は使えないし、魔法さえも使えないように対策されてるからな。
あんまり近寄りたくないってのもある。
王としてもその場に留まるメリットは大きかったので、了承を得られた。
オレ達がイザヴェルを出て王都上空に差し掛かったとき、そこには1人の少年が待ち構えていた。
ヘニル国の貴族。ヘニル王立魔法学校1年、スタン・バウティスタ君だ。
「貴様らがあの浮遊大陸の所有者か。行かせぬぞ。貴様らがあれをスルト王に献上すればどうなるかは容易に想像がつく。我が国のため、貴様らにはここで消えてもらう」
バウティスタ君はオレ達をここで殺すつもりらしい。
ヘニル国は近いうちにスルト国に戦争を仕掛けるつもりだしね。
スルト国が浮遊大陸なんて手に入れちゃったら困るよな。
「待ち伏せか。ミカエルと大賢者と降りた後に、1人でまた上がって来たんだな。まぁ、知ってたけど」
彼の動きは当然、アカシャから聞いて知っていた。
「知っててあえて接触するなんて、性格悪いの」
ベイラが呆れたように言ってきた。
ほっとけ…。そのとおりだよ。面白そうだと思ったんだ。
「ふざけた者共め。後悔させてやる! "風纏"!!」
バウティスタ君が凄まじい突風に包まれる。
まるで凝縮された小さな台風のようだ。
それを見たアレクとネリーが臨戦態勢になり、ベイラが笑った。
「面白いの。あたちがやる」
そう言った次の瞬間、ベイラも小さな台風になった。
ズルくね?
オレはベイラを見ながらそう思った。
 




