第48話 武器と進化
「綺麗な建物…」
ネリーが神殿を見て、ため息をつくように感想を言った。
「だよな。オレはダンジョン神殿って呼んでる」
ローマ神殿に似てるしね。
というか、人が作った感が全く感じられない分、こっちの方がより神秘的だ。
「神殿かぁ。まさにそんな感じだよね」
アレクも納得してくれたようだ。
「神の建造物ですからね。文字通りと言えるでしょう。神を祀る建物という本来の意味からは外れますが」
アカシャが補足をしてくれる。
「なんだっていいの! 早く中に入るの!」
ベイラは綺麗な建物よりも、ダンジョン攻略にご執心のようだ。
いつもベイラを見てると、妖精は戦闘種族と勘違いしそうになる。
そんなことはないことを、アカシャを通じてもちろん知っているのだけど。
ベイラの猛プッシュに押されて建物に入るとすぐに、以前も見た円形の大きな部屋にでた。
天井が半球型のドーム状になっている、外と同じく白で統一されている神秘的な部屋だ。
特にアカシャから聞いてはいないが、おそらく各地のダンジョン神殿の造りは全てこれで統一されているのだろう。
やはり部屋の中心にある直径5メートルほどの魔法陣に向かって歩みを進める。
魔法陣からは淡い緑色の光が出ていて、それが天井のドームの中心に向かって光の柱を作っていた。
おそろしく複雑な集団転移の魔法陣だ。
ダンジョン・アルカトラのものと同じだったかを思い出そうとするが、上手く思い出せない。
「あれ? おかしいな…。この魔法陣、僕の『完全記憶』で覚えられない」
アレクの能力を持ってしても覚えられないらしい。
これも神様の力なのか。
「正式なダンジョンの入口をここに限定するため、神によるプロテクトがかかっております。私の能力でも、この魔法陣を外で再現することは不可能です」
アカシャが説明をしてくれる。
神様によるプロテクトでこの魔法陣は覚えられないようになっているそうだ。
初めてこのダンジョンを攻略する場合は、必ずここから転移しなければいけないらしい。
攻略済みの場所は転移で移動可能だが、それも未攻略の者を連れて集団転移などはできない仕組みのようだ。
ダンジョンはちゃんと攻略してくれという神様の強い意思を感じる。
過去に魔法陣を書き写して外に持ち出そうとしたヤツは多数いるらしいが、書き写した物はダンジョンの外に出ると燃え尽きるらしい。
羊皮紙とかはともかく、石板なんかが燃え尽きるのは怖いな。
体に書き写したりしたらどうなるんだろ? やらんけど。あんまり想像したくないな。
「そういうことらしい。この魔法陣を外に出すのは禁止な」
念のため皆に確認しておく。
もちろん皆、しっかりと頷いてくれた。
「じゃあ! いよいよ行くの!」
ベイラが光の柱に入ろうと飛んでいく。
「ちょっと待った!」
オレは急いでそれを止めた。
「ええー? まだ何かあるの?」
ベイラがうんざりしたようにこちらを振り向く。
「ごめんごめん。さっきオレの部屋で渡しても良かったんだけどさ。皆まだ空間収納覚えてないから、荷物になるかと思って」
オレはいたずらっぽく笑って、空間収納を発動させて目的の物を取り出した。
「渡す…?」
ベイラが首をかしげた。
皆、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような顔をしているので、楽しくなってしまう。
「じゃーんっ! 実は、皆の武器を用意しておきました!」
オレは両手に持った3つの武器を皆に見せた。
「え、ええっ? 武器ってそれ、魔法の触媒かい?」
アレクが驚いた声を上げる。
学園の1年じゃ必要ないからな。
というか、学園のほとんどの授業やイベントで禁止だ。
装備の差で成績に差が付いてしまうからね。
「そう。一応安全マージンはしっかり取ってるけど、戦力を上げておくことに越したことはないからね。はい、アレクはこの杖だ」
アレクに長さ30センチほどの、薄っすらピンクがかった銀色の金属でできた杖を渡す。
とても金属でできているとは思えないほどの、羽とは言わないが木よりも軽い杖だ。
先端には、アレクの目の色そっくりの青い宝石がはめ込まれている。
「ありがとう。うわ。これ、アネモイ製じゃないか。かなり高位の杖だよ。高かったんじゃないのかい?」
杖を受け取ったアレクは、まるで新しいスマホでも持つように丁寧に扱いながら話しかけてきた。
アネモイというのは魔法金属のことで、非常に軽く魔法と親和性の高い金属として知られている。
杖の素材として最高級の物の1つだ。
ちなみに、軽すぎるので剣などには向かない。
「うん。でも、実はそれ、オレからじゃなくダビド・ズベレフ様からなんだ。お礼はお祖父さんに言ってくれ」
オレはアレクにそう伝えた。
そもそも、皆に武器を用意しようと決めたのは『常勝将軍』の爺さんからこれを預かったからだ。
アレクとオレだけ武器を持ってるのは不公平感があって嫌だったからな。
あの爺さんはアレクが力を付けたことにいたく感激して、アレクのために金に糸目をつけず最高の杖を発注していた。
オレはそれを、いずれ機を見て渡してくれと頼まれただけだ。
「そうか。お祖父様が。預かってくれてありがとう、セイ。大切に使うよ!」
笑ったアレクは天使だった。
闘技大会で完全に周りからの評価を勝ち取ったアレクは、最近学校でモテまくっている。
家柄、容姿、財力に加えて実力まで1学年最高クラスになったアレクを放っておく貴族の女子はほとんどいない。
オレはアカシャに頼んで、前までアレクの悪口を言っていたような悪い虫の存在を教えてもらっている。
そういう輩をアレクに近づけてはならないのだ。
これは嫉妬ではない。義務だ。
「も、もしかして、私もパパやママが…?」
ネリーが期待したようにそわそわしている。
…そうくるとは思わなんだ。
感情っていうのは、とても難しい。
そうか。確かにアレクが家族からプレゼントを貰えば、もしかしたら自分もって期待してもおかしくはない。
特に、親の愛情に誰よりも飢えているネリーなら。
どうしよう…。
いや、でもさすがに嘘はつけない。
嘘をついて親から預かったって言っても、いずれネリーを傷つけるのはオレにも容易に想像できる。
「ネリーの物は、ご主人様からです。感謝しなさい」
オレが覚悟を決めたところで、空気を読んだのか読んでないのか、アカシャの抑揚のない平坦な声が響く。
なんで上から目線やねん、というツッコミもしたくなったけど、それ以上にネリーの反応が気になって言葉が出てこなかった。
恐る恐るネリーの方を見る。
「そ、そうよね。ウチはアレクのところみたいにお金持ちじゃないし。分かってたわ! ありがとう、セイ。私は何も返せるようなものはないけど、貰っちゃっていいの?」
明らかに強がっているような、寂しげな笑顔で話すネリーを見ると、心が痛かった。
こんなつもりじゃなかったのに…。
全てを知っていても、思い通りにはならないことも当然ある。
分かってはいたけど。
せめて、できるだけ明るく振る舞って、ネリーを少しでも喜ばせることができたらいいな。
「もちろん! ネリーは近接戦闘も得意だからな。できるだけ邪魔にならないような触媒にしたんだ。短剣と迷ったんだけど、気に入ってもらえると嬉しい」
オレは螺旋状になった、白銀色の指輪をネリーに渡した。
ミスリルの指輪だ。
「うわぁ、綺麗! まさか、これミスリル!? 本当にこんなに凄い物貰っていいの!?」
指輪を受け取ったネリーがはしゃぐ。
今度は強がりじゃないっぽいかな。
分からないけど。
たぶん喜んでもらているようでホッとした。
「ダンジョン産の指輪だからな。元手はかかってない。オレはもっと倍率いい触媒持ってるし、使い道がないんだ。貰ってくれ」
この指輪はダンジョン・アルカトラを踏破したときの報酬の1つだ。
あの時の報酬は足がつかないように他国で上手く売ったりしたものもあれば、未だに死蔵しているものもある。
これはかなりいい触媒で、さすがにアレクの杖ほどではないが中々の倍率を出せる逸品だった。
虹色の剣と併用できればオレが使っても良かったけど、触媒は2つ以上持ってても反発して効果が1つの時以下になるから使えないのだ。
いずれ仲間にあげようと思っていた。
「ありがとう! そういえば、アンタがいつも付けてる指輪も、もしかして触媒だったの?」
ネリーに言われて、オレは左手の中指に嵌めていた降魔の指輪をちらりと見た。
「これは触媒じゃないんだ。魔力の総量を増やす指輪だよ」
今のオレの魔力を10%増やすというのは、とんでもない増加量になる。
凄まじく有用な指輪だ。
ただし、学校のイベントではやはり使えないので、そのときだけ外している。
「ネリーのも凄いけど、それも凄い指輪だね」
アレクが効果を聞いて感想を言う。
そうなんだよ。メッチャ重宝してる。
「へぇ、じゃあアンタの触媒って…」
「待つの! 次はあたちの番なの!」
ネリーがオレの触媒について触れようとすると、ベイラが割って入ってきた。
2人の武器を見て、そして自分の武器も見えているのだ。
我慢できなかったんだろう。
鼻息荒く、興奮している様子だ。
スゲー目が輝いている。
その様子を見て、ネリーがプッと吹き出した。
「そうね。ごめんなさい、ベイラ。セイ、その武器はベイラのなんでしょ? 早く渡してあげて」
ネリーはこらえられないように笑いながらオレにそう促してきた。
空気を読まないベイラに感謝することになるとはね。
ネリーはもうすっかり元気に見えた。
「駄妖精、あなたの武器が1番苦労したのです。ご主人様に感謝しなさい」
「いやいやアカシャさん、メッチャ上からになってるから! オレ至上主義すぎるから!」
オレは今度こそアカシャにツッコんだ。
そんな風に言っちゃうから、いつもベイラと喧嘩になるんだよ!
ご主人様が最上なので当然なのですが、とアカシャは困惑気味だったが、コミュニケーションとは思ったことを何でもずけずけと言えばいいってものではない。
アカシャにも少しずつでいいから皆と話しながら学んでいってほしい。
「セイには凄く感謝してるの! いつもありがとうなの! あたちの武器を用意してくれて、すっごく嬉しいの!」
いつもはアカシャと喧嘩になるような場面で、ベイラは全く気にしていないようにオレへの感謝を並べたてた。
いやいや。ベイラさんも、物に釣られすぎじゃないですかね。
「お、おう。これがベイラの武器な。実は、カールとカールの父ちゃんとオレの合作だ。効果はアカシャの保証付きだから安心してほしい」
ベイラに8センチほどの、小さな木製の杖を渡す。
ベイラに合うサイズの武器は作るしかなかった。
妖精郷に行けば買えるものではあったけど、妖精郷に行くにはベイラがいなければトラブルになってしまうので行けなかったのだ。
ベイラを連れて行ったら、それはそれでトラブルになるのでダンジョン攻略どころじゃなくなる可能性もあったから妖精郷に行くのは諦めた。
カールとカールの父ちゃんは、ウチは鍛冶屋なんだけどと言いながらも快く手伝ってくれた。
後に、鍛冶屋でないとダメだったなと笑っていたけれど。
夏休みの後半はこれの試行錯誤もあって忙しかった。
「こっ、ここここ、これっ。コレっっ!」
渡した杖をしばらく輝いた目で触っていたベイラだが、少し経つと表情が一変し、汗を吹き出させ、終いには焦りすぎてまるでニワトリのような声を出した。
「そんなに変わった杖なの?」
ベイラの様子を見たネリーが聞いてくる。
一見しただけだと、ただの無骨な木の杖だからな。
木と親和性の高い妖精のベイラがしばらく触ってようやく気付くくらいだ。
普通の人が見ても気付くことはないだろう。
「世界樹の杖です」
アカシャが答えた。
未だに自分の杖をうっとりと見ていたアレクが吹き出す。
「ゲホッ、ゲホッ。伝説の素材じゃないかっ!」
アレクのツッコミを聞いて、オレは遠い目をした。
仕方なかったんだ。
オレとカールとカールの父ちゃんの実力で、今回のアレクやネリーの武器と同等の性能を出すには素材にこだわるしかなかった。
世界樹を使ってこの性能とは、冒涜とまではいかずとも、見る人が見ればかなりもったいないことになっている。
「やややや、やっぱり世界樹なの!? あたちが、こんな大それたもの持ってていいの? というか、世界樹の加工って失伝ちたはずなの…。そもそも世界樹なんてどこにあるかも誰も知らないのに」
ベイラがパニックになっている。
ごくまれに、世界樹の枝とされるものが市場に現れることはある。
でもそれは、たまたま海岸に漂着したものを拾ったものにすぎない。
誰も世界樹の位置は知らないのだ。
アカシャを除けば。
そして、世界樹の加工法は火を入れて鍛造するというまさかの手法だ。
誰が何十年何百年と現れない希少な木材を燃やそうとするだろうか。
そりゃ、何かの拍子に失伝もするだろう。
そのせいで、現存する世界樹の杖は、かなり昔に作られたわずか数点しかない。
「アカシャがいれば大体何でも知れるんだよ。世界樹の杖って言っても、大した性能じゃないからな。アレクの杖とそんなに変わらないぞ。見た目も相まって、分かるヤツなんてまずいないから大丈夫だって」
オレはそう言って、パニックになっているベイラに落ち着けと促した。
しばらくするとベイラも落ち着いたようで、世界樹の杖を抱くように抱えて改めてお礼を言ってきた。
「セイ、ありがとう。あたち、一生この杖を大切にするの」
ベイラがあまりにも真剣すぎたので、オレはもしかしたらヤバかったかなと思い始めた。
「妖精の世界樹に対する感情を読み違えていたかもしれませんね」
アカシャが抑揚のない声で冷静に言う。
アカシャがはっきりと意識できるほどの強い感情かぁ。
感情面っていうのは中々事前には分からないものだけど、これは他の妖精にバレたら大丈夫じゃないかもしれないな。
まぁ、今さら大丈夫じゃないかもしれないから返せとも言えないし、もしバレちゃったら対処を考えるってことでいいや。
「それで、アンタの武器はどんなのよ?」
ずっと気になっていたのか、ネリーがワクワクした様子で聞いてくる。
「オレのは、これ。『虹色の剣』っていうんだ」
オレは久々に空間収納から虹色の剣を取り出した。
ボズとの戦いの後に作った鞘に入れてある。
機能性のみを重視した、シンプルな白い鞘だ。
「「「カッコいい!!」」」
まだ小学生くらいの歳の皆に、美しい装飾もされた剣型の触媒はメッチャ受けた。
ベイラも精神年齢は小学生みたいなもんだからな。
ネリーに渡す触媒は、やはり短剣でもアリだったなと思った。
「よし、行くか!」
皆に虹色の剣をオモチャにされた後、剣を背負ったオレは意気揚々と皆に声をかけた。
「…ガ…?」
ミニドラが少し首を傾げて、声を上げた。
やべぇ、猛烈に嫌な予感がする…。
「…僕のは…? だって」
ネリーが翻訳してくれた。
ミニドラの一人称って僕なのかよー!
オレは現実逃避しながら膝から崩れ落ちた。
連れてくるのも忘れてたのに、武器なんて用意してるわけないじゃんよ…。
とは、言いづれぇぇぇ…。
「ご主人様、今こそアレを渡す時では?」
アカシャ神の抑揚のない声が響き、ピンときたオレは何事もなかったかのような顔を取り繕ってスッと立ち上がった。
「もちろん、ミニドラのもある。武器じゃないけどな。ミニドラとネリーの許可さえ貰えれば、これを渡そう」
オレは空間収納からいくつかの物を取り出し、ミニドラとネリーに説明を始めた。
数分後、オレ達の前ではメタリックな桜色の鱗を持つ体長6メートルほどのドラゴンが咆哮を上げていた。
「大っきくなれて良かったわねぇ。ミニドラちゃん」
ミニドラが何て言ったかは知らんけど、ネリーの話し方は完全に子犬に対するそれだった。
もはやどう甘く見積もってもミニドラではないのだが、ネリーがそう名付けてしまったからにはミニドラはいつまで経ってもミニドラである。
そう。オレが渡したいくつかの素材を食べたミニドラは進化したのだった。
実はオレ達と一緒にモンスターを狩りまくったミニドラはとっくに進化できるレベルに達していたのだが、進化素材を食べていなかったので進化できずにいた。
アカシャからそれを聞いていたオレは進化素材を全部集めていたのだが、アカシャのことを皆に内緒にしているうちは渡せなかったのだ。
最近はネリーとミニドラ本人に話す機会をずっとうかがっていたので、ちょうど良かった。
「アカシャ、ミニドラはサイズ的にダンジョンに入れるのか? 厳しければ縮小魔法で少し小さくなってもらうぞ」
念のためアカシャに確認をとる。
このサイズだと、洞窟の階層は絶対に無理だ。
「1階層は草原なので問題ありません」
アカシャのお墨付きが得られた。
「よし、じゃあ今度こそ行こう」
皆で光の柱に入り、魔法陣の上に立つ。
そして訪れた記念すべきダンジョン・イザヴェル第1階層は、新しい力を手にした皆の試し撃ち祭りによって焦土と化した。
その凄まじさは、ここが階層をまたげば修復するダンジョンで本当に良かったと、オレが心底安堵するようなものであった。




