第47話 ダンジョン・イザヴェル
「アンタ、ちゃんとミニドラちゃんに謝ったんでしょうね!?」
"浮遊"でフワフワと空に浮かびながら、両手を腰に当てたネリーがオレに詰め寄ってくる。
「ちゃんと謝ったよ! 本当にごめんって。なぁ、ミニドラ?」
オレは冷や汗をかきながらミニドラに同意を求めた。
先ほど、突然の空中への転移をネリーとアレクにさんざん怒られたすぐ後。
今度はミニドラの存在をすっかり忘れたまま長距離転移してしまったことが判明して、オレは急いでミニドラを迎えに行ったのだった。
「ガ!」
ミニドラはよく分からんが元気良さそうに吠えた。
「ほら、ミニドラも許してくれるって!」
よく分からなかったけど、調子のいいことを言っておく。
「まぁ、ミニドラちゃんがそう言うならいいけど…」
ネリーの言葉を聞く限り、当たらずしも遠からずってとこだったようだ。
「申し訳ありません。ミニドラのことは1度も話題に上がらなかったので、今回は連れて行かないものと思っておりました」
感情の理解がまだまだ浅いアカシャが余計なことを言う。
「ガ!?」
桜色の鱗のミニドラの黒い目が涙目になった。「それは酷くない!?」という幻聴がしたぜ…。
マジですまねぇ…。
「私が行くってことは、ミニドラちゃんも行くってことなの! 今後は絶対忘れないでよね!」
ネリーはミニドラの頭のところに飛んでいき、よしよしと撫でながら言った。
アイツはドラゴンを犬か何かと勘違いしていないだろうか…。
「悪かったよ…。ということだ、アカシャ。オレがうっかりしてたら教えてくれ」
「かしこまりました」
アカシャは忘れ物アラーム的な使い方もできるのだ。
超万能型情報端末の名は伊達じゃない。
すぐ物を忘れそうになるポンコツなオレはいつもお世話になっているのだった。
「ぷぷ。セイが怒られてるの! たまにはへこまされるといいの!」
オレの様子を見てベイラが楽しそうにからかってきた。
「"突風"」
オレは周りを飛び回っていたベイラに人差し指を向け、風魔法を唱えた。
「ちょっ! あっ! 上手く羽ばたけないのーーー!!」
ベイラは突風に押し流され、叫びながら吹き飛んでいった。
「僕は王都から出るの自体が初めてだけど、浮遊大陸ってこんなに大きいんだね」
森の中で周囲を見回したアレクが、しみじみと語る。
空からの景色をひと通り堪能したオレ達は、浮遊大陸の森に降り立っていた。
「外周が40㎞くらいあって、山も川もあるからな。島が丸ごと浮かんでると思っていいよ。海はないし、大陸というには小さいけどね」
オレはアレクに説明をした。アカシャに聞いた情報だけど。
「それで、肝心のダンジョンはどこなの?」
オレの頭の上に足を投げ出してダラっと座っているベイラが、ダンジョンのありかを聞いてくる。
ベイラの興味はすでに浮遊大陸それ自体にはないらしい。
「ダンジョンの出現まではまだ多少時間があるのです、駄妖精」
先ほどオレをからかったベイラを未だに許していないらしいアカシャが、ベイラに抑揚のない辛辣な言葉を放つ。
まぁ、アカシャがベイラに厳しいのは今に始まったことじゃないけど。
「誰が駄妖精なの! この冷血妖精!」
ベイラがアカシャに言い返した。
感情面ではあるけど、こいつらが本当に嫌い合ってるわけじゃないのは知ってる。
じゃれ合う動物達を見ているような気分になるな。
「え? ダンジョンってこれから出てくるの? よくそんなことが分かるわね」
驚いたのか呆れたのか分からない様子でネリーが感想を言う。
「まぁね。アカシャは凄いだろう。ちょっとゆっくり観光を楽しんでたのも、それが理由だ」
オレはネリーにアカシャの素晴らしさを語った。
「本当にアカシャは凄すぎるよ。だって、出現前から分かるなら、これから出現するダンジョンは全てセイが独占できるってことじゃないか」
アレクはアカシャの能力の意味するところを理解したようで、興奮気味に話しかけてきた。
「そういうことだね。だから、アカシャの能力のことはくれぐれも誰にも言わないでくれよ。バレたら世界中から狙われちゃうかもしれないし」
オレはおどけたように話してみせた。
とはいえ、冗談ではなく有り得る未来の1つだと思う。
みんなしっかり頷いてくれたから、このメンバーから漏れることはないと思うけど。
「あら? あそこに少し開けた場所があるわ…」
鬱蒼とした森の中を歩いていると、ネリーが日の光が当たっている開けた場所を発見した。
ちょうどオレ達が向かっている方向だ。
というか、あそこが目的地なんだけど。
「うん。でもあそこ、少し不自然じゃないかい?」
アレクが首を捻る。
それもそのはず。
その場所は明らかに、あったはずの木や積もっている葉っぱや木の枝などが取り除かれ、地面をむき出しにしてぽっかりと空いている様子だった。
まるで森の中にミステリーサークルができているようだとオレは思った。
「真ん中のところが、光ってるの…」
さらに近づいていくと、ベイラが息を呑むように声をこぼした。
開けた場所の中心には直径5メートルほどの魔法陣が現れていて、幻想的な緑色の淡い光を放っていた。
「ここが目的地です。開けた場所には入らないようにお気をつけください。もう間もなく、ダンジョンが出現いたします」
アカシャが全員に聞こえるように教えてくれた。
「そういうことだ。ダンジョンが出現する瞬間の光景を見れるなんて、歴史上でも何人もいない幸運だぞ。まぁ、オレ達は運がいいわけじゃないけどね」
アカシャに続けてオレもみんなに話した。
みんな食い入るように、だんだん強くなっていく緑色の光を見つめている。
「カウントダウンに入ります。ダンジョン・イザヴェル、出現5秒前。4,3,2,1,出現」
アカシャのカウントダウンに合わせるように緑の光は強くなり、最後には開けた場所全体が緑の光に満たされた。
そして、アカシャの言葉が切れるのと同時に緑色の光が消え、代わりにオレには見覚えのある建物が鎮座していた。
大きな白い柱に支えられた、荘厳にもシンプルにも見える、ローマの神殿のような建物である。
「イザヴェルってのは、この浮遊大陸の名前だ。さぁ、お待ちかねのダンジョン・イザヴェルの攻略を始めようか」
未だ呆然と神殿を見つめるみんなに、オレはいたずらっぽく笑って語りかけた。




