第46話 浮遊大陸
夏休みはスラムの立て直しと、修行と勉強に明け暮れているうちに終わった。
休みという言葉はどこにいったのかというほど、全く休んでいない。
もうこれ、夏働きと言って良かったよねというレベルだ。
勉強も頑張ったのは、ネリーのためである。
夏休み明けにあった前期期末試験で何とかネリーにそれなりの点数をとらせるため、オレとアカシャとアレクは死ぬほど頑張った。
いや、もちろんネリーも頑張ったんだけどさ。
ぶっちゃけ、アカシャの存在を教えた今、やろうと思えば不正し放題ではあった。
何ならネリーに満点をとらせることすらできた。
でも、考える力を養うこと自体がネリーのためになるということで、不正は禁止にした。
学園長も言ってたしね。「魔法を、知識を、精神を、全てを鍛えよ」って。
その通りだと思うよ。
ただいい点とるだけじゃなく、その先を見ないと。
そもそも、不正は良くないことだしな。
アカシャが理解できないというほどに覚えが悪かったネリーだが、本人の努力のかいもあって何とか及第点はとれた。
元々実技の成績は2軍どころか1軍でも最高レベルなので、合わせれば1軍への昇格に十分な成績を確保できたと言えるだろう。
そして、無事試験を乗り切って2週間。
今日からいよいよ、3年に1度の国際大会が始まる。
早いところだと先週から、続々と各国の代表の学園生達が、このスルティア学園に集まってきていた。
ちなみに、スルト国の代表は当然のごとくスルティア学園だ。
夏休み中に行われた国の予選では、ぶっちぎりで優勝したらしい。
国内の学校はスルティア学園に力が集中しすぎてるんだよな。
「今更ではあるが、本当に辞退するのか? 君とズベレフとトンプソンが私と共に出場すれば、確実に我が国が優勝できるはずだ」
学園の闘技大会とは比べ物にならないほど豪華な、祭りのような開会式の後、ミカエル・ナドルが態々2軍のオレ達のところにやってきた。
「ああ、約束だからな。ミカエルなら、闘技大会は確実に優勝できる。頑張ってくれ」
オレはミカエルにそう答えた。
国際大会の内容は、選考会となった3つの演習とほぼ同じだ。
1学年の闘技大会だけなら、ミカエルの優勝でほぼ間違いない。
てか、オレ達はこれから応援をサボってダンジョン攻略だ。
メッチャ楽しみにしてるんだから、それこそ今更出てくれって言われても断るぞ。
ほら。ネリーとアレクなんて、余計なこと言い出すなよミカエルって顔してる。
「そうか…。我が国が優勝できるとは言わないのだな。やはり、オリエンテーリングと討伐競技は厳しいと思うか?」
ミカエルが少し答えづらいことを聞いてくる。
そうだねと言いたいとこだけど、少なくとも今はミカエルにアカシャのことは知られたくないからな。
「さぁ、どうだろ? ただ、両方ともチームとしての索敵と移動速度が最重要となる競技だ。それに特化した人材がいないと苦しいかもね。あと、大会は学年別の総合点で競われるから、1学年さえ良ければ優勝できるってわけでもないだろう」
一般論を言ってごまかしておく。
「しかし、君達さえいれば確実に1学年は優勝できるに違いな…」
「ナドルさん、いい加減にしてもらえますか? ワトスン達が出られないのは、彼らのせいではないでしょう」
食い下がってきたミカエルの声を遮るように釘を指したのは、暗い金髪のキツネ顔の男の子、アンドレ・ガビッチだった。
彼とは闘技大会での件をネリーに深く謝罪しに来たとき以来、それなりに仲良くしている。
オレやアレクにも今までのことを謝ってくれたからだ。
アンドレは明らかに罠だと分かっていても、自分を助けるために付いてきてくれたネリーにとても感謝していた。
闘技大会で活躍してから、クラスで浮いていたオレ達の周りには人が集まるようになった。
ただ、長い物に巻かれようとしているだけで影では悪口を言ってるヤツらもいて、それはアカシャが教えてくれる。
アンドレについてはアカシャから何も言われていないので、本当にオレ達と仲良くなりたいんだろう。
最初の印象が悪すぎて、アレクやネリーと同じようには仲良くなりづらいけど。
「そうだ。国際大会への出場は1軍からのみとすると決めたのは学園ではないか」
「私達も不満に思っているんだ。1軍の人間には言われたくないな」
ブノワ・フルカチとアマンダ・フェロもアンドレに続くように会話に入ってきた。
彼らとはオリエンテーリング以来ずっと良好な関係だ。
この3人は、前期期末試験前の図書館でのネリー対策勉強会のメンバーでもある。
その恩恵を受け、ネリーを差し置いてメチャクチャいい点とってたのは笑えた。
オレ達の学園生活も、最初に比べてかなり充実し始めている。
ただ、庇ってくれた彼らには言いにくいことに、オレ達は今回出場できないことを不満には思っていなかった。
ネリーとアレクはまたも分かりやすく、気まずそうに目を逸らしている。
許してくれ。学年末にはお前らも1軍に上がれるように鍛えてあげるから。
「ま、そういうことだ。今となっては、辞退ではなく出場資格がないのさ。今回オレ達は、陰ながら応援することにするよ」
文字通り、陰ながらね。
心の中でそう思いながら、オレはミカエルにそう言って別れを告げた。
「すっごい気まずかったわ!」
寮のオレの部屋で、ネリーが参ったという顔で先ほどの感想を叫んだ。
「今回は出場したくないんだけど、とは言える雰囲気じゃなかったよね」
アレクも困ったという顔でそれに続く。
「あたちは黙ってたけど、ニヤニヤが止まらなかったの」
オレとベイラは、ネリーとアレクと違って素直ないいヤツじゃないからね。
さすがにベイラと違ってニヤついてはいないけど。
「ベイラとセイは心臓強すぎなのよ! セイなんて、何でもないような顔しちゃって。アンタには詐欺師の才能があると思ったわ!」
ネリーさん、それは酷すぎない?
まぁ、否定はしないけども。
アカシャがいれば詐欺はし放題だろう。しないけどさ。
『ところで、ティアは本当に行かないのか? お前がいなくなったとしても、大会は何とか回るはずだぞ』
スルティアは今回のダンジョン攻略には不参加の予定だ。
一応、念話で確認する。
森の魔物の調整とか武舞台の修理とか、スルティアがいなくなれば機能不全になるので大混乱は必至だろうけど、それならそれで何とかするだろ。
『うむ。そちらも面白そうじゃが、遠慮しておこう。1000年見守り続けた学園じゃ。大きなイベントは今後も見守りたい』
スルティアは相変わらずの献身ぶりである。
国際大会が毎回ここで行われるのは、スルティアの存在があるからだ。
魔物が丁度いい具合に湧く森があり、勝手に修繕される闘技場があり、何より出場者の安全が確保できる『祝福の守り』を付けることができる会場なんて、世界中でスルティア学園しかない。
スルティア学園はスルティアのおかげで、特別すぎるほどに特別なのだ。
ここを手に入れるためだけに起こった戦争だって、過去にはある。
『何日かなら攻略遅れても大丈夫だと思うから、スルティアが行きたければ大会終わってからに変更してもいいけど?』
オレはスルティアにそう提案した。
ずっとずっと頑張ってきたんだ。たまには他のことを優先したっていいと思う。
『遠慮するな。この話は何度かしたじゃろう。色々楽しみにしておるお主達を邪魔するつもりはない』
スルティアはこれまで通りキッパリと言い切った。
未練がありそうな声色じゃなかった。
スルティアの感情はスルティアだけのもので、オレ達には推測しかできない。
でも、たぶん本当に自己犠牲とかそういうものではなく、はっきりとスルティアがそうしたいと思っているように感じた。
だから、オレは今度こそ納得することにした。
「そうか。じゃあ、オレ達は遠慮なく楽しんでくることにするよ。ネリー、アレク、部屋で着替えてきてくれ。ティア、念のため誰にも見られないように部屋を直接『隠し通路』で繋いで欲しい」
『うむ、任せよ。大いに楽しんで来ると良い! ワシも、こちらで大いに楽しもう!』
ネリーとアレクに、自室でライリーさんに作ってもらった防具に着替えてくるよう指示を出した。
スルティアはお願いを快く受けてくれ、部屋の壁に音もなく新たなドアが現れた。
普段年齢にそぐわず精神的に幼い印象のあるスルティアだけど、こういう時やっぱり年長者としての度量を感じるな。
「おまたせーっ!」
1番最後に準備ができたネリーが、元気な声で隠し通路のドアを開けて部屋に入ってきた。
楽しみでしょうがないって感じの声色だ。
分かる分かる。
オレも楽しみでしょうがない。
アレクやベイラもずっとそわそわしていた。
「全員揃ったな。じゃあ、さっそく行くか!」
オレはみんなに声をかける。
「いよいよなの!」
ベイラがオレの周りをクルクルと飛び回りながらガッツポーズをとる。
ベイラはライリーが何とか作り上げてくれた、緑色のチャイナ服っぽい装備を着ている。
さらに、薄い赤色の天女の羽衣みたいなものを上から纏っていた。
よくぞ妖精サイズの小さな装備をここまで美しく作り上げてくれたものだ。
さすが王都で1番の防具職人だな。
ただし、あの素材群が何ゆえにこうなったと思わなくもない。
「どうやって行くつもりなんだい?」
ワクワクした様子のアレクが尋ねてくる。
アレクの装備は、黒のハーフパンツに白のブラウス、そして燕尾服のように後ろ側が長い灰色のベストといった感じに仕上がっている。
靴は、艶のある黒の革靴のようだ。
何て言うか、子供が可愛い執事服着ちゃいましたって感じになっていた。
ただでさえ天使のアレクが、この装備を着てしまうのはヤバい。
新たな扉が開いてしまう…。
いや、どうしてあの素材群がこうなった…。
出来そうなの革靴だけなんだが。
「まさか、ここにダンジョンが出現するって言わないわよね?」
ネリーが顎に右手を当てて、少し不安そうに言う。
ネリーの装備は、黒のニットっぽい太ももまであるロングシャツに、上に白を基調としたパーカーを羽織る感じに仕上がっていた。
黒のショートパンツを履いてるようだが、丁度ロングシャツがギリギリそれを覆い隠すくらいの長さになっている。
フードのあるパーカーにも関わらず、シャツと似たような黒のニットっぽい猫耳が付いたようなデザインの帽子を被っていた。
靴は白を基調としたスニーカーっぽいものだ。
他と同じように、あの素材をどう使ったらこうなるのか謎ではあるが、さすがプロって感じだな。
アカシャに聞けば詳しく分かるだろうけども。
ちなみに、どうでもいいけどオレの装備は、黒のTシャツの上に焦げ茶色のレザージャケットを羽織ったものだ。
下は黒のデニムっぽいもの。
靴は茶色の革靴だ。
オレのも何であの素材がこうなったとは思ったけど…。
見比べてみると、オレだけ個性薄すぎない!?
オレは自分の装備と皆の装備を3度見くらいして確認し、驚愕を内心に留めながら落ち着いて説明を続けることにした。
こういうとき、学生服はいいと思う。
差が出ないからな。
「これを使う」
オレは用意しておいた、"集団転移"の魔法陣が書かれた大きな木の板を"空間収納"から取り出す。
「これは…。異常なくらい複雑な魔法陣だね」
アレクが感想を言う。
もう覚えたんだろうな。羨ましい。
「"集団転移"の魔法陣だ。これで目的地に飛ぶ。さぁ、皆ここに乗って」
オレの言葉に従って、皆がいそいそと木の板に乗っていく。
「今から行くのって浮遊大陸なのよね? あたち、行くの初めてなの!」
どこに行くか知っているベイラが、目を輝かせて言った。
「浮遊大陸!? とっても楽しみだわ! どんな見た目なのかしら?」
それを聞いたネリーが、期待に胸をふくらませる様子を見せた。
「ふふ。今から見れるぞ! 最高の景色を!」
オレはいたずらっぽく笑って、ノリノリで言葉を放って"集団転移"を発動させた。
「えっ!? それって…」
オレの言葉の意味を一瞬で理解したのだろう。
アレクが転移前にわずかに声をこぼした。
アレクは賢いなぁ。
そうだよ。
浮遊大陸の上に立っているときはさ、浮遊大陸の見た目なんて見れないよね。
次の瞬間、オレ達は浮遊大陸近くの上空にいた。
「あはははは! ほら、見ろ! 最高の景色だ!!」
自由落下が始まり、風圧で髪が逆立つのを感じながら、オレは皆に叫んだ。
この世界に来て1番の絶景だ。
正面から少し下を見ると、くり抜いた地面がそのまま浮いているような浮遊大陸の全貌と、そのずっと下に広がっている大地が一望できる。
前世で、飛行機の中から大地を眺めたことはあるけれど、生だとやはり迫力が違う。
スカイダイビングにハマる人達は、やはりこれが魅力なのだろうか?
それに、このファンタジーのような世界では、こんな浮遊大陸なんていう絶景スポットまで存在している。
最高だ。最高としか言いようがない!
「きゃああぁぁぁ!」
「わあああぁぁぁ!」
「すごいの! 最高なの! こんな景色、初めてなの!」
オレと同じように盛り上がっているベイラとは対象的に、ネリーとアレクはまるで絶叫マシンに乗ったかのような余裕のない叫び声を上げている。
あれ? そうか。2人は高度からの自由落下は初めてか。
「2人とも、夏休みの修行で1番最初に教えたろ? "浮遊"の魔法だ。自由落下が怖かったら、あれを使うといいぞ」
オレは一緒に落下している友人達にアドバイスをした。
この高度では、そうそうすぐには地面に到達することはないけど、怖ければ魔法を使えばいいのだ。
そもそも、この後あの少し遠くにある浮遊大陸に飛んでいくために"浮遊"教えたんだし。
「先に言いなさいよ!! このバカぁ!!」
この後、落ち着いて"浮遊"を使ったネリーとアレクに、オレはメッチャ怒られた。




