第45話 スラムの掌握
前回の感想で初めて気付きましたが、今回は記念すべき101話目となります!
皆様のおかげでこれまで頑張れました。
これからもよろしくお願いいたします!
「いやいや。恩人に金なんて貰えねえって! 報酬は、スラムを救ってもらったことで充分だぜ」
ライリーさんが手をブンブン振って、オレ達が差し出した防具の代金の受け取りを拒んだ。
あれからしばらくが経ち、今日オレ達は完成した防具を受け取りにライリーさんの工房を訪れていた。
ちなみに、オレ達の防具の質にも関わるので、風が吹けば崩壊しそうだったライリーさんの店は、強制的に魔法で改築させてもらった。
「いやいや。貰ってもらわないとオレ達も、スラムも困るんだよ」
オレは頑なに代金の受け取りを拒否しようとするライリーさんに、この金の意味を伝えることにした。
「スラムが? どういうことだ?」
ブンブン振っていた手をピタリと止めて、ライリーさんはオレの言葉の意味を聞いてきた。
笑いながら拒否していた表情も、真剣なものに変わる。
「いいかい? ライリーさんが手に入れた金で、新しく作った飯屋で飯を食ったり、商会で買い物をしたりする。そしたら、飯屋や商会に金が入る。今度は飯屋や商会の従業員が、その金でまた買い物をする。こうやってスラムに金がまわっていくんだ。今こそ、しっかり金を受け取って、しっかり使って貰わないとスラムが潤わない」
スラムには新しく色々な店を作った。
まずは生きていくために必須の物を中心としている。
だが、そこで金を使うものがいなければ店は立ち行かない。
今までスラムにまともな店が無かったのは、そのせいだ。
金を循環させなければならない。
組織のヤツらに給料を払っているのも、それが1番の理由だ。
あいつらには、給料をスラム内で使い切ることを強制してさえいる。
喜んで使い切ってるけど…。
「な、なるほど…。それなら、ありがたく頂戴しねぇとな…」
「どうしても自分で使うのに抵抗があるときは、まだ仕事がない子供とかに分けてあげて、一緒に使ってよ。もちろん、スラム内でね」
オレはいたずらっぽく笑って、恐縮するライリーさんに改めて金を差し出した。
それを震える手で受け取ったライリーさんは、両手を前に出した体勢のまま泣き始めてしまった。
「ど、どうしたのよ!? まだ何か辛いことがあるの?」
ネリーがあたふたしながら、ライリーさんに手を差し伸べる。
「ありがとう…。ありがとう…! オレ達を救ってくれて。酷いことも言ったのに、見捨てないでいてくれて…」
ネリーの手をとって、下を向いてボロボロと涙を流すライリーさん。
感極まって、声はかすれてあちこち裏返っていた。
「貴族が民を守るのは当然のことよ。今度こそ…。今度こそ、あなた達を守れて良かったわ」
ずっと、前にスラムで何もできなかったことを気にしていたのであろうネリーも涙目だった。
「お主のような貴族がいること、フィリプも誇りに思っていることじゃろうな」
スルティアがネリーを見ながら、感慨深げな表情で呟いた。
オレはそれに静かに頷く。
オレ達はしばらく、ネリーとライリーさんを優しい表情で見守った。
ネリーは間違いなく、ガエル・トンプソンの意志を継いでいる。
いずれ、ネリーが『貴族の中の貴族』と呼ばれることもあるかもしれないな。
ガエルさんには、オレも会ってみたかった。
昔、もしあの時、できる限り全ての人を救うと決めていたとしたら、ガエルさんやアレクの家族に会えたりしたんだろうか…。
いや、それは考えまい…。
それを深く考えるのは、辛すぎる。
まだまだスラムの住人全てが職を手にしたわけではないけれど、スラムはすでに変わりつつある。
生まれ変わった組織の人間達はスラムのために働いている。
警察組はスラムの治安を守り、消防組は災害への対応と怪我人や病人の搬送などを行う。
そして、厚生組は怪我人や病人の治療や炊き出しなどを行っている。
ポーションや食料など必要な物資は、今はオレとワトスン商会が提供する形だ。
ちなみに、ちょろまかしたヤツがいればアカシャが教えてくれる。
すでに2人が指を詰めることとなった。
犯罪組織が1番最初に職にありつけたことを、オレは正直良く思ってはいない。
あくまで、元あった組織をそのまま活用できる効率の良さからそうしただけだ。
本当は善良なスラムの民から救いたいところなのに。
だから、ヤツらの不正は厳しく取り締まる。
とはいえ、飴と鞭の使い分けは重要だ。
不正を罰すると同時に、最初の脅し以降とても従順に働いてくれている組長達の指は治してあげた。
飴か鞭のどちらかが効いて、これ以上の不正がでないことを願っている。
それぞれの組織のバックにいた貴族達は、何とか組織の人間に接触しようと試みているが、それは全てオレ達で防いでいる。
オレ達の頭数は少ないので、同時に多方向から大量の人員を送られると苦しいのだけど、今のところそうはなっていない。
貴族達は、公にはスラムとの繋がりを隠していることが仇となっているらしい。
こちらとしては好都合だけど、愚かなことだ。
王が最初から知ってて見逃していたということも知らずに、未だに暗躍しているつもりになっている。
---------------------------------------------------------
「未だスクワードどころか、ブーブリック組の誰とも接触すらできず…。というより、全ての者がスラムへと足を踏み入れた瞬間に気絶してしまうようで…」
ブーブリック組のバックにいた貴族、ジョーダン・デミノールは屋敷で部下から報告を受けていた。
ジョーダン・デミノールはノバク王子の腰巾着のテイラー・デミノールの父親でもある。
「もうよいっ!! 役立たず共め!」
そのジョーダン・デミノールは怒っていた。
「も、申し訳ございませんっ!」
部下が地面に頭を擦り付けて謝る。
「くそっ。麻薬の製造や販売など、スラムでしかできぬ稼ぎは山のようにあるのだぞ。手放してたまるか」
ジョーダン・デミノールは頭を掻きむしりながら、苛立ちを言葉にした。
「いっそ、大規模な実力行使に出ては?」
別の部下が提案をする。
「貴様はバカなのか? それでは我が家がスラムに関わっていたことが露呈するであろう」
「はい…。申し訳ございません…」
そこはすでに露呈しているのだが、それを知らない部下は恥じ入る様子で謝った。
「それに、知らんのか? セイ・ワトスンという平民はな、試合とはいえ『大賢者』といい勝負をしたそうだ。業腹だが、我が家の全戦力を使っても返り討ちだろう」
「は?」
ジョーダン・デミノールは息子に聞いた情報を、苦虫を噛み潰したような表情で話した。
実力行使に出ることを提案した部下の顔が引きつる。
「…仕方あるまい。関係ない他の貴族を唆し、王にアポをとる。スラムを私物化しようとする輩を看過できないという話に持っていくのだ」
ジョーダン・デミノールはスラムのことに関して、そういう対策をとることに決めたらしい。
邪魔をするまでもなさそうな対策だった。
「も、もう一度よろしいですか?」
王に謁見を許されたジョーダン・デミノールが、王の言葉を信じられない様子で聞き返す。
他にも共にやってきた貴族はいたが、ジョーダン・デミノールがその中心にいるのは明らかだった。
「アレクサンダー・ズベレフ、ネリー・トンプソン、セイ・ワトスンの3名によるスラム再生計画のことならば、余が許可を与えた」
王が静かに、かつ威厳がある様子で、改めてピシャリと言い放った。
「スラムの私物化を許したというのですか!?」
ジョーダン・デミノールの驚いた声が響く。
「私物化? それは貴様のことを言うのではないのかね? ジョーダン・デミノール」
王は静かに鼻で笑って言った。
「何のことですかな? 全く記憶にございませんが」
ジョーダン・デミノールは、まるで本当に分かっていないかのように白を切る。
「余が知らないとでも思っていたか? 今まで何も言わなかったのはな、スラムを国で管理するコストを考えると、見逃したほうが得と考えておったからだ」
王は特に感情を感じさせない調子で、淡々と語った。
ポーカーフェイスを続けているジョーダン・デミノールの顔に、わずかに冷や汗が流れる。
「…もし、我が家に連なる者が、私の預かり知らぬところでスラムに手を出していたとすれば、それは由々しき事。至急調査し、万が一そのようなことがあれば処分いたします」
ジョーダン・デミノールは、誰かは知らないが部下に全ての責任を負わせて切ることに決めたらしい。
恐ろしいほどのクズっぷりだ。
「ほう、貴様は知らんと申すか。…まぁ、良い。余が奴らに許可を与えた理由だがな、3ヶ月以内にスラムの住人全てに職を与え、半年以内に税を国に納める体制を整えるそうだ」
王はジョーダン・デミノールを始めとする訪れた貴族達に、簡単に説明をした。
「まさか、そんな絵空事…」
スラムの状況をそれなりに知っているジョーダン・デミノールは、思わずという様子で呟いた。
「はは。これまで最低限の治安の維持さえ出来れば良しとしていた場所だぞ。ダメで元々よ。奴らが約束したことは、それだけではないがな…。さて、分かったか? 下がれ」
最後の『下がれ』だけ、やや王の感情が感じられた。
やはりというべきか、怒りを感じる響きだった。
「宰相よ。余の判断は、間違っていたと思うか?」
スルト王、ファビオ・ティエム・スルトは、宰相と2人だけになった玉座の間で疲れた様子で話しかけた。
「まさか。歴代のどの王でも、同じ判断をするでしょう。3つの約束、そのどれもが国が喉から手が出るほど欲していたものです」
宰相が口調でも王を全肯定するように答える。
王は先日、『賢者』ロジャー・フェイラーを通してオレ達、つまりセイ・ワトスンとその仲間達からスラムのことに対して交渉を求められた。
「そうだ。だから余は約束の1つでも守られればセイ・ワトスンを叙爵し、取り込みを図ることと決めた。しかし、得体のしれない不安がどうしても拭えぬ」
そして、王はその内容を見て、スラムのことに対しての許可を出すだけでなく、セイ・ワトスンへの今後の対応を会議で結論付けた。
それを、後悔とは言えずとも気にしている様子が王の言葉からは強く感じられる。
「まるでこちらの事情を全て把握されているよう…ですか? 同様の思いはありますが、杞憂でしょう。ダンジョンのことはギルドならば、戦争のことは商人ならば、スラムのことは見れば分かることです」
宰相は、自分自身確かめるように話す。
この人や学園長は要注意だ。
オレの能力について、いずれ気付きそうな雰囲気がある。
「1年以内に新ダンジョンを発見し国に献上。ヘニル国との戦争でのワトスングループを含めた全面協力。そしてスラムの再生。スラムの利権を手に入れるためだけにどれだけの功績を積む気だ。狂っておる」
王はオレ達がスラムに関して好きに手を出す代わりにした約束を列挙して、ため息を吐いた。
『ちょっと交渉に出した対価が大きすぎたみたいだな。狂ってるだってさ』
スルティア学園の自室でアカシャを通して情報を集めていたオレは、アカシャに感想を念話した。
『ご主人様に対して何ということを。粛清するならばいつでもお申し付けください』
アカシャはオレのことになると少し狂ってしまうときがある。
いつもは頼りになる相棒なのに。
『いやいや。しないって。ジョーダン・デミノールも完全に頭にきたらしくノバクの陣営に骨を埋めることに決めたし、やっぱり感情面は読み切れなくて厄介だな』
ま、仕方がないことではあるけど。
それが楽しみでもあるし。
スラムを掌握したもう1つの理由に気付いたら、皆どんな顔するかな?
 




