洞窟からの旅立ち
<では道を示してしんぜよう、勇者よ。ここからが真の旅の始まりだ。魔王を倒し、この世界を救うのだ!ま、ガンバってちょ。>
何回聞いただろうか。この世界を救おうと、魔王を倒そうと何回思ってきただろうか。魔王にまだ微塵の恨みもない。というより、魔王を本当に倒す必要があるのか?魔王よりも何よりも、強大な敵がすぐ近くにいた気がするのだが... この世界にきてどれくらいの時間が経ったかわからないが、ベッドで目が覚めた時が遠い昔のように感じられる。なんだか懐かしい。それから自分の状況に気付いて、母親に閉じ込められ、必死の思いで逃げ出して、そして、そして...そして.........
何があったっけ!? あれ? そういえばオレはなんでこんなところにいたんだ? そうだった。化け物に襲われて……って化け物ってなんだよ。どんなやつだった? 襲われたんだろ⁉︎ じゃぁ…ここって………
思い当たる事はある。だが、考えたくない。考えていられない。全身の鳥肌が立つ。背筋が凍りつき、冷や汗が頰を伝う。ここは、あのモンスターの巣だ。
「おい、声‼︎ 早くここから出せ‼︎ おまえ、ここがどこか知ってるだろ‼︎」
<なんのことかなぁ。さっぱりわかりませーん!>
あいつ‼︎ 舐めた口聞きやがって…
<まぁまぁ、落ち着きたまえ。君は本当に短気なやつだなぁ。そんなんじゃ、モテないよ。リアルワールドでバッドエンドだよ!自分が変わらないと、周りは変わりませんからね!>
なんだよ...お母さんみたいなこと言いやがって! 殺してぇ。アイツを血祭りあげてやりてェェェェ‼︎‼︎‼︎
<前見なって。ちゃんと線書いておいたよ。これ辿れば出られるから。マジだから。>
ふと前を見ると、道しるべのように足元から光る線が伸びている。これを辿っていくのだろうか。
「コイツを辿っていけば出られるってこと...だよな...?」
さっきからの仕打ちのせいで、声の主に対する信頼度が低くなっている。確かに役に立つことはしてくれてはいる。だが、いつもその先に要らぬおまけをつけてくれるせいで、どうも快く受け止められない。そんなことを考えているせいか、疑いを声色から隠しきれていない。
<心配しなさんな。この私を誰だと思っている。天の神様、仏様、声様だぞ!まかしんしゃい! 透明な壁も取っ払っておいたから。目前に広がるは新たなる旅立ちよ。>
まだ遭遇したモンスター数は一体なのになんだこのもう終わっていい感は。エンディングロールでいいよ。それこそ、『俺たちの戦いはまだまだこれからだ!』みたいな投げやりエンドでもいいから。帰りてぇ... この世界、魔王にあげていいから俺だけ帰らせてェ‼
オレのそんな弱気な気持ちを感じたのか、声が強く訴えてくる。
<何を弱気になっているんだ。別に進まなくても、こっちで無理やり話し進めるから。君がいやいやでもこの先のストーリー展開は決まっているんだ。でも、たとえロクな展開じゃなくても、勇者として戦い抜かなきゃダメだろ。どんなピンチでもあきらめずに突き進む。それが勇者だろ。ここで戦い辞めてもいいけど、帰れないよ。新たな世界にハローワークだよ!『DHKにようこそ』だよ。だったら、ちょっとでも早く帰るためにガンバろ!みんな働きたくなくても働いてるんだから。イヤな上司はねのけて週末目指してガンバってるんだから。やるしかないんだよ!>
こんな奴に励まされていることにイラつくと言うより、こいつに励まされている自分にイラ立つ。確かにそうだ。みんな辛くても働いてるんだ。何のためかは人それぞれだけど、一生懸命、うざい上司に耐えながら頑張っているんだ。こんな状況でうろたえている場合か。立て、オレ。こんな安っぽい励ましでも無いよりましじゃないか。洞窟に一人取り残された。そんな息も詰まる中でもここまで来れたのは、なんだかんだであの声の主がいてくれたからかもしれない。感謝しなくては。そして、進もう。ここまで舞台を作り上げてくれたんだ。だったら、もうやるしかない。
壁があったところに手を伸ばす。さっきの固い感触はない。アイツの言うことだからとまだ疑ってはいるが、そんな必要はないようだ。足を前に踏み出す。気持ちが前に向いているせいか、足取りも軽い。足元の線に沿って右に曲がったり、左に曲がったり、また右に曲がったり。くねくねと洞窟を突き進む。線は蛇のように滑らかに曲線を描き、そして、大きな扉の前で途切れた。
この扉の向こうにおそらく日の輝く世界がある。この扉を抜けると、真の旅が始まる。
オレは扉に手をかけた。鼓動がだんだんと大きくなる。まるで心臓が耳の横にあるように、ドクドクと響く。重い扉。これからの試練を象徴させるかのようだ。地面をグッと踏みしめ、両手で扉を押し開ける。
ゴッ
重い音と共に、扉が動き始める。
ゴゴゴッ
もう少し。あと半分。
ゴゴゴゴゴゴゴーーッッ!!!
扉の向こうにいつも求めている世界があるとは限らない。人が成し遂げることはいつも裏目に出る。人を助ける薬を作りたくても人を殺す薬ばかりできてしまう。環境をよくするシステムを作り上げても、また別の環境問題が生まれる。世界はそんなふうにできているのかもしれない。人の思いを裏目に裏目にとしていくのが、世界の心理の一つなのかもしれない。
オレの目の前に広がるのはだだっ広い空間だった。人口の空間だが、もちろん人はいない。かがり火がちらちらと光っているが、明るいわけではない。壁面は石レンガでできており、ところどころに何かがひっかいたような跡が見える。
ふと足元を見ると、光る線がまだどこかにつながっている。まっすぐ。自分の足から直線状に伸びている。まだ先があることに失望して進むと、入り口の扉の反対側にまた扉があった。
「あの扉が出口だろうなぁ!」
声の主に向かって叫ぶが、部屋の中をオレの声が反響するだけだった。返事はない。さっきまでペラペラと頼んでもないのに話していたヤツが急に黙り込むと、不安を感じてしまう。
「おい、聞いてるんだろ!? さっさと答えろよ!」
何も聞こえない。誰も答えない。水滴が滴る音が、一人不安がるオレをあざ笑うかのように...
水滴の音なんかしてたか? この部屋に入ったときはしてなかったぞ。ずっと音がするならまだしも、突然滴り始めるなんておかしい。それに、さっきから不規則すぎる。音の間隔がどんどん狭くなっている。待て。音の大きさもだ。大きくなってきている。近くなってる。
オレの足が止まる。鼓動が今までの倍の速さで鳴り響く。体全体が危険を察知し、筋肉をこわばらせる。
フー...
今度は風の音。それも荒い。隙間風なんてものでは無い。
ブフー...
頭の上から聞こえる。それに、生臭い。
ブァフーー
首筋に風が当たる。生温かい。間違いない。ここにはオレ以外に何かいる。それも、頭上に...
上を向くと同時に右手の鉄パイプを構える。案の定、その生物はいた。人何人分の大きさだろうか。天井からぶら下がっている。オレは、その生物をじっと見つめる。向こうも様子をうかがっている。できれば、このまま何も起きないでほしい。目線を変えずに、ゆっくりと足を動かす。まだ、こちらの様子を見ているようだ。
化け物の手は二本。足も二本。生き物で例えると猿だ。尻尾を天井に突き刺してぶら下がっているようで、オレが歩き出すと同時に地面に降りてきた。足を進めるごとに、どんどん近づいてくる。体調は10m。こんな奴に殴られでもしたらひとたまりもないだろう。
後ろも振り返らず下がり続けるオレの背中に壁が当たる。左手には扉がある。化け物はどんどん近づいてくる。そして、とうとう目と鼻の先にまで来た。鼻をぴくぴくと動かしてオレのにおいを嗅ぐ。
ここでオレは終わるのだろうか。目の前の生物に対して、おそらく勝ち目はない。左にある扉。あとちょっとだ。どうにかして、どうにかしてここから逃げ出さなければ...
この度も、お読みいただきありがとうございます。第7話、お楽しみいただけましたでしょうか。
まず、前回の前書きに5話と勘違いして書いてしまったことをお詫び申し上げます。だって、そんなにやってると思わなかったんだもん。皆さんの中で、作者の私が土下座している姿を想像していただくことで、謝罪とさせてください。
では、他の話題。最近、友達とゲームしてると若者言葉(?)を使われて困ります。「なんJ語」や、「淫夢ワード」と言うらしいのですが、難しすぎてわからないのです。ちなみに、いまだに「卍」の意味も分かっていません。自分もまだまだ若いと思っていたのですが(;´д`)トホホ
そんな言葉を小説の中で使おうとは思っていませんので。でも、キャラクターを作り出すうえでは良い味付けになると思うので勉強していきます。