危機からの旅立ち
洞穴か、洞窟か。目が覚めたオレは必死に頭を回転させる。だが、考えたところでこの現状が変わるわけではない。さらに、急激な眠気が俺を襲う。思い返せば、転送されてからロクなことがない。まともに会話できないわ、年甲斐にもなく長々と説教されるわ… 挙げ句の果てに見てもない化け物に襲われる始末。体も頭も劇的な変化に動揺を隠せず、意図的に整理する時間を作ろうとしているのだろう。目を瞑るのが得策だ。よく頑張った、オレの頭、オレの体。しっかり休んでくれ。
どれくらい経っただろう。1、2時間?それとも10分ぐらいだろうか。目を開けて、すべて夢でした的なことも期待したが、案の定そんなことは無い。さぁて、ここからどうする。体はどうやら調子を戻したようだ。思うように動く。頭もはっきりしている。どうやってここに来たのか。なぜこんなところで目を覚ましたか。気になることは多いが...
グゥ~
そう、腹が減った。それも、露骨に腹の虫が泣き叫ぶレベルで。でも、こんな洞窟の奥地で食べ物なんて手に入るのだろうか。見た限り、人は住んでいそうにない。人どころか、生物がいる気配もない。物音ひとつしないのだ、水の滴る音以外。いや、待て。水はあるのだ。生物は水のある所に住み着く。何かしらの生物、最悪モンスターでもいい。住みついていることだろう。そいつをいただこうではないか。
もたれていた壁に手をついて立ち上がる。そういえばと思い、持ち物を探すが、何もない。使えそうなものはあるかと探すと、石ころが三個落ちていた。服を脱がされていなかったことは唯一の救いだろう。拾った石をポケットにいれ、一個だけ手に握りしめる。
洞窟は思いのほか明るい。夜目が効かないのに、向こう3メートルはハッキリ見える。これはありがたい。洞窟などで一番の問題は、あたりが暗いせいでモンスターとの会敵率がはね上がることだ。洞窟、言わばダンジョンでは、いかに敵を避けていくかが重要となる。回復スポットやショップが周りにないのは当たり前の事。準備不足だと、回復アイテムや攻撃アイテムの乏しさが攻略の障害となる。また、ダンジョン内は基本的にモンスター数が多い。人が住み着いていないせいか、独自の生態系を構成している種が異常繁殖している。それこそ、一歩歩くごとに敵に出会うというわけだ。こちらも、レベルアップ目当て以外で無駄な戦闘は避けたい。なにせ、戦闘を起こすと他のモンスターに気づかれてしまう。他にも、「仲間をよぶ」を連発され可能性があるのでやりあいにくい。視界がはっきりしていると、こちらから先にモンスターを見つけられる。また、洞窟に住むモンスターは視力を重視していないため、音さえ立てなければ容易に突破できる。
しかし、行き先がわからない以上、とりあえず道なりに進むしかない。道が続く通りに歩を進める。これまた幸い、一本道だ。どうあがいてもこの道を進むしかない。迷わずに進むことができるのは非常にありがたい。
道なりにくねくねと進んでいく。右に曲がり、左に曲がりと曲がり角が多い。ところどころに柱もある。どうやら、人工の洞窟の様だ。だったら、このまま行けばいずれ出られるはず。案外、簡単に出られそうで一安心だ。まだ、モンスターにも出会っていない。一時はどうなることかと思ったが、無駄な心配の様だ。
気持ちが楽になると、忘れていたかのように空腹感がやってきた。できればまともなメシを食いたい。
そう勇者が思い起こす中、読者の皆様は覚えているだろうか。一応、この勇者には<はい>と<いいえ>しかしゃべれないという縛りがある。 え!? 作者そんな設定忘れてただろって? まぁ、そう言うなって!忘れてないよ! ほんとだよ! もうこのネタ使い道無いとか思ってないよ!というわけで、この勇者には<どこかの食事処で暖かいご飯を食べる>なんて選択肢が選べない。店に入っても注文できないからね。でも、勇者だったら自給自足できるだろって思ったそこのあなた。気持ちはわかる。でも、ナンセンス。勇者だって人だよ!うまいもん食いたいじゃん!料理テクニックはスキル習得できません。勇者はたいてい、丸焼きしかできないから。豚の丸焼きから、果ては魔王の丸焼きまで。食べれるものは食べていかないと。勇者って今気づいたけど、食の勇者だね......って、話がそれてきたから、そろそろ空腹の勇者ギンの話に戻ろう。
なんでもいい。口に入れたい。あぁ。手元の石ころがナゲットに見えてきた... 口の中がよだれであふれかえりそうだ。なんでもいい。メシ、メシ、メシ、メシ、メシーーーッ。
空腹で前も見えていない勇者の目が止まる。ごそごそと動く影。明らかにアレは生き物だ。もうすぐ食べ物にありつけると思うと、勇者の体に力がみなぎってきた。あれが何の生物でもいい。腹に入るならそれでいい。勇者はあふれる食欲を抑えつつ、うごめく影へと向かう。
恐る恐る近づくにつれ、次第に生物の形が見て取れる。伏せている…いや、地面を這っていると言う方が正しいだろうか。高さはないが、横に大きい。這いずり跡に触れると濡れている。コイツの体が濡れているのか。今のところ、食べれる生物を想像できない。
もう一歩近づくとようやくソレが何なのかわかった。ミドリの蛍光色の体。足はなく、手もない。ぶよぶよの体。誰もが一度は聞いたことのある生物。そう、スライムだ。
食えない。いや、食えなくはないが食いたくない… あんなドロドロの生物をどうして食わねばいけないのだ!あんなもの人の食べるものではない!
さあ、読者の皆様。本日二度目の登場だ。勇者は今、目の前のスライムを食べるか食べないかで迷っている。当然、私なら食べない。気持ち悪いし、あんなものを人が食べられるのかと言う気持ちが食欲を減滅させる。だが、彼は勇者である前に主人公。勇者である前に読者様を楽しませるエンターテイナーであるべきなのだ。ダ○ョウ倶○部は「押すなよ、絶対押すなよ」と言いつつも最後は熱湯風呂に落とされる。エンターテイナーという人種は本人の意思どうこうではなく、やらねばいけないのだ。食わねばいけないのだ。さぁ、勇者よ! 場は整えてやった。食え! 別に吐いても書面上だから分からん! 一思いにいくのだ!
<さぁ、生きるために目の前のスライムを倒し、食らうのだ!>
また、声だ。なんだ!? 食えってか、アレを。いや、その前に倒せるのか?そういえば、武器とか持ってないぞ。
コンッ
足にさっきまでなかった感覚が生まれる。音からして、どうやら軽い棒の様だ。どこから出てきたのかはわからないが、こいつはありがたい。だが、いまいちどんな棒かわからない。手触りからして鉄でできているようだ。こんなに序盤から鉄製のアイテムを持てるなんてラッキーだ。ヒノキの棒よりよっぽど役に立つ。これなら、あのゲル野郎もイチコロだ。
鉄の棒を構え、スライムとの距離を詰める。スライムは動きが遅いため、そんなに苦労はしない。棒を振り上げ、スライムの背中に勢いよくたたきつける。
会心の一撃!!
スライムはこちらを振り向くまでもなく動かなくなった。
初戦闘から会心の一撃をたたき出すとは。我ながら、今までの勇者人生も無駄ではなかったようだ。さらにこの棒。意外と使える。なんだか先が曲がっているが、使えるのだから良しとしよう。それにしても、まだこいつを食うのに抵抗があるのだが...
<おっ。倒したか。さすが勇者といった感じだな。それに、私からのプレゼントもしっかり使ったようだな。>
また、声が話しかけてくる。
「あぁ。誰か知らないけどありがと。ていうか、いい加減誰なのか教えてくれてもいいだろ!」
あれ!? しゃべれるぞ‼
<今、「あれ!? しゃべれるぞ‼」とか思っただろ。単純な奴だなぁ。>
「コイツはお前がやったのか、声さん。なんかしらねーけどスゲェな。助かるぜ。」
やった!これで普通の勇者だ!やっとスタートラインだ!ラストまでこの調子だったらどうしようとか思ってたけど、もう安心だ!
<そう簡単に物事が変わらないとだけ言っておこう。あと、人を呼ぶのに『声さん』はないだろ。それより、今手に持ってる棒。何か書いてあるぞ。>
その声が聞こえたとたん、目の前が少し明るくなった。固い棒は灰色をしている。丸い筒状。先端は美しい曲線を描いている...
鉄パイプだ。しかも普通の。ていうか、この世界に鉄パイプなんてものがあるのか?
<いや、だからそんなものを見てほしいんじゃないって!もっと持ち手の方。その手で隠れてるところ。>
手をゆっくりと開く。そこには見慣れた言葉でこう書いてあった。
『※注意
この武器は一度装備した場合、装備解除できない仕様となっております。あらかじめご了承ください。』
<アッハッハッハ‼ おめでとう‼ これで君は無口な勇者改め、鉄パイプ勇者だ‼>
えっ!?
to be continued
今回もお粗末な内容でしたが、お読みいただきありがとうございます。
さて、最近は異世界系が人気ですが、同時に異世界での食事系のストーリーも人気になってきています。恥ずかしながら、この作者も一口甘い蜜を吸えないかと、手を出してしまいました。どうせうまくいくとは思いませんが...
食べ物ついでにもう一つ。ポケモンの世界では、ポケモンを実際に食べているそうです。コイキングやミルタンクなどを食べているそうなのですが、どうもその設定が気に入りません。というか、考えると気持ちが悪くなります。バトルで戦わせているやつを食うのってどうなのかなぁ...みたいな。ミルタンクはさておき、ギャラドスを使うトレーナーたちはコイキング食べんのかなって気になります。赤いギャラドスの話もありますし...
ではでは次のお話でまたお会いしましょう。