館の主
「さて。参りましょうか。」
カップをソーサーの上に置き、席を立つ。
今まででこれ以上ないほど清々しい気分だった。一つの物事にキリが付いて、次に向かう。この紅茶一杯に心を清められた...そんな心地になった。
「こちらへどうぞ。主がお待ちです。」
執事の男の手が示すほうへ足を進める。
オレは気になっていた。あの男は誰なのだ...と。アーサーが警戒しないことからしたら、この男は知り合いなのだろう。ということは、これから会う人とも知り合いなのだろうか。では、オレがここにいることは偶然ではないのか。来るべくして来た。そういうことなのか。
少し長めの廊下をアーサーと執事の男が先導して歩いている。二人は話しているようで、口を挟むタイミングがない。
知りたい。自分がなぜここにいるのか。知っているのなら、なぜ教えてくれなかったのか...また茶化されているのではないか?
あまり大きくない脳みそが、巡り巡る思考でねじ曲がってしまいそうになる。思考のもつれがだまになってしまいそうなその時...
「到着いたしました。こちらの部屋でございます。」
指示された部屋は、またも石壁には見合わない真っ白な部屋だった。真っ白な空間に真っ白な机。清潔感溢れる会議室。そう言った方が分かりやすいだろうか。
テーブルの奥に、一際背もたれの高い椅子が背を向けている。大抵、こういう場合はあの椅子がぐるりと回ってこちらを向くものだ。
「ようこそ、お越しくださいました。」
図太い声が椅子の向こうから聞こえる。
「やぁ。待たせましたね。」
「そのようなことはありません。」
アーサーとの会話を一通り終えると、予想通りその椅子は180度反転した。
声に似合う中年代の顔付き。座っているままなため、いまいちわからないが、とても肉付きの良い体をしている。
しかし、一番に驚いたことは、見られただけで死んでしまいそうな鋭い眼光でも、人なのかを疑ってしまうような体毛でもなかった。
邪気。それも、とびっきりの強さのもの。よくオレは気づかなかったものだ。これほどまでの威圧感を持った邪気が、なぜ近くにあるのに気づけなかったのだ。
「そろそろ、その無粋なものを出すのを辞めていただけはしませんか?私の連れが今にも卒倒しそうで...」
「申し訳ない。癖でして。初めての方にお会いすると、どうも警戒心が強くなる性分でして。」
「その癖はまだ治っていらっしゃらないのですね。なんとも、懐かしい限りです。」
「アハハ。これでも努力しているのですが、どうも、治る気配がないものでして。」
アーサー。なぜ、こんな危険度500%みたいなやつと平気で話せるんだ?オレの体が危険信号がビンビンに出して、近づくなと叫んでいるのに。知り合いなのか?そいつはホントにいい奴なのか?
「最近調子はどうです?」
「おかげさまで...と言いたいのですが、例の件でどうしてもうまく行かないことがありまして。」
「そうですか。私の力が及ばないせいで...申し訳ありません。」
アーサーは、そう言って深々と頭を下げた。
「何をおっしゃいますか。頭をあげてください。アーサー様は十分頑張られておられます。むしろ、その手伝いもできない自分が悔しいばかりです。」
主の男はそう言って、席を立った。体長は2mもあろうかというほどの巨体。立ち上がると、上からの視線でより強い気配を感じる。自分が、肉食動物に壁に追いやられた草食動物になった気分になった。
「さぁ、お座りください。長い旅路をお疲れさまでした。お腹は空いておられませんか?何か手べるものでも用意させましょう。ジーコ!食事の支度を!」
「了解しました、ご主人様。」
「お気遣い痛み入ります。」
ジーコと呼ばれた男は背を向け、コツコツと音を立てながら部屋を後にした。
執事が廊下の暗闇に消えると、話をつづけた。
「さて、アーサー様。本日は何用でこちらに?」
「あら、気づいておられなかったのですか。」
そう言って、アーサーはオレの方を見つめた。
「この方に何かあったのですか?」
「ま、そういうことです。そういえば、なぜ勇者様はここにおられたのですか?」
オレがなぜここにいるかだって?それは...それは...変な化け物に襲われて...ん?変な化け物ってなんだっけ?
「化け物...に襲われたんだ。たぶん... そいつのか分からないけど...甘いにおいで眠って... それで、気づいたらこの屋敷につながる洞窟にいたってわけだ。って、それがどうかしたのか?」
「その生き物を見ましたか?」
「いや。気づいた時には背後に回られてたから、全然見てねえ。でも、どこからかlv65だって言ってた気がする。悪い。いまいち覚えてなくて。」
「いいえ。それだけの情報があれば、おそらくは絞り込めるでしょう。どうです?わかりましたか?」
男が答える。
「少々お待ちください。」
そう言って、電子端末を取り出すと何やらカタカタと打ち込み始めた。
「わかりました。たぶん、コイツです。管理種コードA-714。ヒュノプス。よくこれに追われて無事でしたね。」
「やっぱりそうですか...」
深く肩を落とす二人。
「なんなんだ?そのヒュなんとかってやつは。」
「ヒュノプスです。勇者様のおられた地区、A区分地区に生息する中で最強を詠われる生物。サイズは野犬ほどですが、その素早さと生物すべてを眠らせると言われる催眠ガスから強者としての地位を築いた生物です。」
「そうです。でも、不思議ですねぇ。滅多に人里には現れない生物のはずなのですが。一体なぜ。」
不思議そうな顔で頭を悩ませる二人。それほどに不思議なことなのだろうか。畑の作物を狙ったとかその程度じゃないのか?
「勇者様。それは違います。」
「人の頭の中を勝手に覗き見るな!!」
「それはすいません。ですが、ヒュノプスはそれほど獰猛な生物ではないのです。一言で言えば臆病。基本的には一匹で行動し、日中は自身の巣穴に隠れて過ごす生物です。その強さからは想像できない程、無害な生物として有名なヒュノプスが人里に唐突に現れるなんてことは、ここ数百年聞いたことがありません。」
「ここ数百年って...お前いくつだよ。」
「さぁ?いくつでしょう。年齢なんてもう数えてませんから。」
「談笑中の中、失礼いたします。食事の準備ができました。」
廊下には、さっき料理を作りに行ったはずの執事が、カート一杯の食事と共に立っていた。
「では、食事にしましょう。アーサー様。勇者様。血なまぐさい話は食事の後ということで。」
男がまた席に着く。それを見て、オレたちも席に着いた。
忘れていたかのように空腹が訪れる。
いつから何も食べてないのだろう。いろいろあったせいで、いまいち時間の間隔が取れていない。
机の上に並べられた料理の数々。油滴る肉。香ばしい香りの魚。湯気立ち昇るスープに色とりどりの新鮮な野菜。見ているだけでよだれが止まらない。
「どうぞ。冷めないうちにお上がりください。」
その言葉が聞こえると同時に、目の前の食べ物に手を伸ばした。味を感じる時間を与えすに、食べ物を流しこむ。
食べ物で腹が満たされるということがこんなにも幸せなことなのか。繊細な味までは分からないが、ただうまい。この調子ならいくらでも食べられる。どれだけ詰め込んでも、腹が満ちない。まるで、腹にブラックホールでもあるみたいだ。
目の前の皿が次々に空になっていく。
「見事な食いっぷりですな、勇者様。」
「ここ最近口にしたのがスライム一匹ですからねぇ。それにしても下品ですよ。」
「かまいません。それより、スライムを食されたのですか...あれは、味のしない生物として有名ですが、よく食べられましたね。そのお姿。さしずめ、『食の勇者』とでもいったものですかな?」
次第にオレの腹も満ちはじめ、腹の虫が音を上げ始めた。
腹九分目。もう何も入らない。
「豪快な食事ももう終わりですか、勇者様?」
「ふぅー。食った食った。久々にまともなものを食べたよ。ジーコさん、ごちそうさまです。」
「お粗末様でした。」
「ジーコ!片付けてくれ!あと、食後の飲み物も頼む。」
「わかりました、ご主人様。」
ジーコさんが、テーブルの上に乱雑に積まれた皿を片付け始める。その皿すべてをカートにのせ、また廊下の奥へと消えていった。
「では、先ほどのお話の続きをしましょう。」
「ちょっと待て。良くしてくれた人に不躾な質問をしてしまうけど、あなたは誰なんですか?」
男はオレの顔をじっと見つめた。そして...
「ウッ...ククッ...アハハハ!!!」
と大笑いし始めた。
何か、オレは可笑しなことでも言っただろうか。
「大笑いされるのも間違いありませんね。まぁ、勇者様はまだ見たことすらありませんから。」
「お前は知っているんだろ、アーサー。この男は誰だ?何者なんだ?」
「いずれ言おうと思っていたのですが...」
「誰なんだ?もったいぶらずに、早く言ってくれ!」
「彼は『魔王』です。」
オレは言葉を失った。
第二十話、お読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。
やっと、二十話行きました!!長い道のりでしたねぇ。約一か月かかりましたから。文字数的には65000字程度ですね。10万字に到達したら、Twitterでよくやられている、「他作者様の小説を読んで行く企画」をしたいと思います。遠い日の話でしょうがね...
あ、そうだ。Twitter始めました。『オニオンスープナイト』で検索してくだされば、見つけられると思います。面白いこと言うつもりないので、フォローなんてしなくていいです。何もないはずなのですが、何かしらがあるかもしれないのでその時はご覧ください。




