白色
「なんだ、お前は!」
マリが叫ぶ。目は大きく開き、この状況が理解できていないように見えた。
「私は、この物語を終わらせに来た。この黒く染まった一つの物語を...」
「何を言っている!」
私にもわからなかった。たった一つ。この男が、彼女を救う力を持っていると言うことだけはわかった。
「たす...て...く...あ...い...」
たった一つの言葉しか吐かなかった私の口が動く。うまく言葉にできなかった。それは恐怖からか。罪の意識からか。はたまた、自身が衰弱していただけなのか。何度も、呪文のように唱えた。唱えるたびに、言葉は形を作り、力を得た。
「助けて...ください...」
アーサーはじっとこちらを見ていた。薄汚い布切れのような私が、かすれる声で出した一言に彼はじっと耳を傾けていた。
「まだ、自分を守ろうとするか!まだ、自分では何もできないか!謝り続ける次は、他人に助けを請うか!まるであの頃のままだな。他人から許しを得なければ歩き出せない。誰かに慰めてもらわなければ、泣き止めない。自分からは何もしない。ただ、私の顔を映すだけ。ただ、他人の顔を映すだけ。うんざりするのよ!他人に依存して、自分からは何もしようとしない。あなたは鏡よ。ただの鏡。人のやることだけを映す。自分に意思はなく、他人の意思を映すだけ。だから、自分では笑顔も作れない。結局残ったものは、他人の顔から映し取った笑顔。かりそめの笑顔。作られた笑顔。その顔をメチャメチャにしてやりたい。二度と誰の顔も映すないようにしてやりたい。バリバリに壊してやりたい!」
悲鳴と怒号の混ざる奇声は、あたりをより黒く染めた。あの暗闇の如く。
もう、何も見えなくなる。彼女をこんな目に合わせたのは、私なのかもしれない。いや、私だ。私なんだ。ならば、私なんてどうなろうとかまわない。でも、お願いだ。せめて... せめて、あの純粋なマリを...マリだけでも、この暗闇の中から...
「たすけてください!!」
またも、私の体から光らが溢れ出た。その光は、今度は私の周りにとどまらず、広くあたりを照らした。
「女よ。そなたはこの男を『鏡』と言ったな。鏡とはなかなかにいい例えだ。だが、彼にも色はある。彼は、まさしく『白色』だ。白という色は色を持たない。白単体では、どんな色をしているのか分からない。それは本人もだ。ただ、白色の特徴は何色にも染まること。そして、その色をより淡く光らせること。黄色と混ざれば黄色くなる。赤と混ざれば赤くなる。青と混ざれば青くなる。だが、その色はもとの色とは異なる。淡く、混ざった色に光を持たせる。そなたも、その淡い色に魅せられたのではないのか?」
アーサーの言葉にマリはうろたえていた。
「それが何だと言うのだ!そこに転がる無力な男は、今も自身のために助けを請い続けているのだぞ!そいつは白色なんかじゃない。私と同じ『黒』よ。自分を守れるために、他人と同じ色になることを拒む黒色よ!」
「本当に、そうか?そなたは知らぬだろう。そなたが暗闇にいる間、彼がどれほどの思いをしていたか。あの食事は誰が届けていたと思う。暗闇という場所になぜ穴があったと思う?」
私は驚いた。なぜ、この男がそのことを知っているのかと。
「彼は、そなたを助けることに必死だった。彼は、そなたが暗闇に送られることを知り、先に暗闇に出向いて意思を削り、穴を作った。幼い彼の力では、パン一つ通すほどの大きさを開けるのが精いっぱいだったのだろう。本来、暗闇は四方を囲まれているから暗闇と言うのだ。そこにパン一つほどの穴があることはおかしいと思わんか。」
明らかに、マリは動揺していた。その姿を見て、アーサーは続けた。
「彼は、その後も夜になるとその穴からパンを届けた。誰にも悟られてはいけない。そう思ってか、昼間は村人に怪しまれないよう過ごし、だれもが寝静まった真夜中に毎日毎日届けていた。いつか、そなたを連れ出そうと。そなたを助け出そうと。誰も、そなただけが罰せられていたわけではない。そなたが入れられる前から、この男は苦渋を飲んでいたのだ。この男を怖がった両親は、ロクに飯も与えなかった。一日に水一杯とパン一つ。もう、言わずともよいな...」
語り部は静かに口を閉じた。
「恨み違いだと言うのか...私の見当違いだとでもいうのか...」
空気がまた震えだす... 彼女の体から、増幅した黒、絶望が滝のように流れ出る。
「私が。私が間違っていたとでもいうのか!!私は十分苦しんだ!私は人に耐えられないほどの苦渋を飲んだんだ!そんな私が、私が... もういい。絶望させてやる。この黒の中におぼれさせてやる!」
マリは、自分を見失っていた。自分の考えていたことが、自分の信じていたことが否定されてしまった。そんな彼女の中に残された思い。すべてをつぶして、なかったことにする。そうすることですべてを忘れ去りたかったのだろう。
「立て!立つんだ、少年!彼女を救えるのは、君だけだ!その祈りの矛先を、しっかりと彼女に向けろ!白色ができるもう一つの事。それは、黒を染めることだ。すべてを飲み込む黒を包み込むことができるのは『白色』ただ一つ!彼女を救えるのは君だけだ!」
立ち上がる。体を覆う白も勢いを増す。
マリが黒を出し続けるのなら、私はそれを包み込むぐらいに白を出そう。彼女を包もう。二度と、絶望しないように、二度と黒くならないように。
この目で、しっかりと彼女を見つめる。
なんて姿なんだ。なんて、真っ黒なんだ。どれほどつらい道のりだったのだろう。長く、険しい道を歩いてきたのだろう。
そして、この目は彼女の目を伝うしずくをとらえた。輝く、透明の雫。まだ、彼女は染まり切ってはいない。
ゆっくりと彼女に近づき、抱きしめる。
「ごめんね... 助けてあげられなくて...でも、もう大丈夫 絶対...もう絶対...君を一人にしないから...」
マリの体から黒い結晶が一気に吹き飛んだ。目からは涙が止まらなく溢れ、私の肩を濡らした。そのまま、彼女の体は力なく崩れ動かなくなった。
「ありがとう」
そう聞こえた気がした。その言葉が空耳だったとしても、今はかみしめていたかった。
「きれいな顔じゃないか。」
アーサーがそう言った。
本当にきれいな...きれいな笑顔だった。
「さてと。想定外の事態に時間を食ってしまった。この物語が突然黒くなったから来てみたものの、もう手遅れのようだしな。それに、もう一つの収穫もあった。」
「助けてくださってありがとうございます。」
「礼には及ばないよ。それは君の力だ。君がなしたことだ。私は何もしていない。」
「ところで、あなたは誰なのですか?」
この時の私は、まだアーサーを知らなかった。サクシャという存在を。
「君は、マリオネットではないようだね。この世界はもうすぐ崩れる。黒の力に耐えられなくなったみたいだ。ついてきなさい。君という存在にも、まだできることがある。」
アーサーはそのまま私を連れ出し、ある部屋に連れてきた。
「私はアーサー。サクシャという、この世界を管理している者だ。私の役目は、この世界を守ること。<ヒーロー>と<マリオネット>を管理し、君が見たような黒を消す。最近はあるトラブルのせいで、忙しくなってしまったんだ。君の力を貸してはくれないかね?」
突然の出来事で、何が何やらわからなかった。でも、これだけは言えた。マリと同じように、黒に侵された世界がある。ならば、その世界を黒から守ることこそ、今の自分にできる最大限の事ではないだろうか。
私に断る理由はなかった。彼と共に様々な世界を回り、黒を消し、世界を元に戻した。
だが、黒は止まることを知らなかった。どんなに白で包み込んでも、黒はすぐに現れ、人を、世界を、物語を壊していった。
そして、ある時アーサーは言った。
「この黒は止まらない。原因は様々だが、マリのような人々が世界には多すぎる。白を見れなくなった者は、黒に落ちようとする。すべてが黒に染まることに時間はかからないだろう。これが、私からの最後の頼みだ。『糸繰の塔』。そこには<マリオネット>と呼ばれるものがある。君自身は特別な存在だ。君の村に住んでいた人々。彼らは<マリオネット>といい、物語を形成するモブの存在。だが、彼らがいなければ物語は成立しない。逆に、君やマリのような特別な存在を<ヒーロー>と呼ぶ。ヒーローの動きで、物語は動き、ヒーローの状態で世界は変わる。<ヒーロー>と<マリオネット>この二つがいないと世界は成り立たないが、マリや今まで見てきた世界のように、ヒーローが黒く染まると、その世界は終わる。『糸繰の塔』。そこには、<ヒーロー>になり得る<マリオネット>が保管されている。それらを守ってくれ。私がまた訪れるまで。もしかすれば、私はもう戻れないかもしれない。その時は、代わりに来た少年にすべてを伝えてくれ。君の見たものを。彼は、おそらく最後の希望だ。」
何もわからなかった。やらなければいけないということ以外は。
「わかりました。必ず、成し遂げます。」
それが、私とアーサーの最後だった。
第17話、お読みいただきありがとございます。いかがだったでしょうか。
数字も数えられない作者ですいません。前回の後書きは正しくは16話でした。申し訳ございません。
やっと、シンの話が終わりました。結局わかったことがあったのかなかったのか… 冒険の先が私にもわかりませんが次回から元の世界に帰るはずです。




