色
私は小さな村で育った。人口約300人。自給自足の生活をしていた私たちには、この村だけが世界だった。
村は平和だった。いつもみんなの笑顔があふれていた。笑顔が。笑顔だけが...
私はいつも不思議だった。なぜ、村のみんなは笑顔しか見せないのか。なぜ、他の感情を持ち合わせていないのか。
幼いころ、私は母に聞いたことがある。
「なんで、みんないつも笑ってるの?この前の村長のお葬式。僕、悲しかった。村長さん、いい人だったのに... でも...でもみんな笑ってた。笑ってた。なんで?僕の目からは涙が止まらなかった。他のみんなは... なんで?」
「シン。前にも言ったでしょ。笑顔よ。笑顔を忘れてはいけないの。私たちは笑うことしかできないの。そう決めてきたのよ。笑顔が平和を生んできたのよ。争いをなくしてきたの。ほら見て。この守り神様の像。いつもきれいに笑ってるわ。」
笑うことしかできない。子供の純粋な心では、笑顔よりも、感情の赴くままに表情を変えていくことの方が美しいと感じていた。大人になると、その考えすらも消えゆくものだと思っていた。
だが、私にも気持ちを理解してくれる存在がいた。マリ。そんな名前だった。彼女は顔で様々な色を作った。怒りの赤。期待の橙。信頼の緑。恐れの深緑。驚きの空。悲しみの青。嫌悪の紫。なかでも、喜びの黄色。その輝きは、村人の張り付いた笑顔をくすませるほどだった。彼女が笑うと、なぜか人々は表情を失った。失ったように見えただけなのかもしれない。灰色の顔。光のまぶしさのせいで顔に影ができたかのように、皆灰色の顔をしていた。
私はその例ではなかった。むしろ、鏡の様だった。彼女の輝くような笑顔を見ると、自然と笑顔になれた。彼女が怒ると、その怒りを一緒に感じた。彼女が悲しむと、無性に悲しくなった。彼女のあふれんばかりの感情を受け止めることが私の役目であり、受け止めることでこのすさんだ村でも生きていけた。
人は、たとえ人形のような人でも同じ。マリの異常さを村人たちが知り、嫌うことに時間などかからなかった。人々はマリを暗闇の中へ閉じ込めた。二度と黄色を作れないように。二度と自分たちを灰色にしないために。私の母も、父も。彼女の両親もその行為を笑顔で認めた。
私にも止められなかった。村人全員を止めるにはあまりにも幼かった。恐怖。ここで何かしたら、自分さえもつかまってしまうかもしれない。その恐怖に動くことさえできなかった。
彼女が影に送られる前日、私は彼女に会いに行った。
「ごめんなさい...」
口を開くとともに、この言葉が溢れ出た。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい.........」
口を伝って出てくるのはこの一言だけ。目から流れ落ちるしずくと共に、その言葉は止めどなく流れ落ちた。
「いいのよ。私がいなくなれば、この村はまた元に戻る。元の笑顔の村になれる。私一人、大したことは無いわ。」
彼女は笑っていた。またその笑顔で救われる。そう思っていた。許してくれとは言わない。でも、その笑顔で少しは楽になれる。笑顔になれる。ただバカみたいに、子供のように、あの村の住人のように、自分の事だけを考えていた。
口は止まらなかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい.........」
不思議だった。なぜ、謝ることを辞めない。なぜ、口は止まろうとしない。なんで、涙が止まらない。
彼女の顔は黄色だった。輝かない黄色。くすんだ、黒みがかった黄色。よどんだその顔は、もはや笑みとは言えなかった。
私は、もう顔をあげなかった。その顔を見ないために。
次の日、彼女は抵抗することなく、暗闇に姿を隠した。村の地下。古き伝説で、村の守り神がこの村の悲しみや絶望、負の感情を閉じ込めたと言われる場所。村人は近づくことを許されない。中に入った者は、出てくることを許されない。その中に入ることはすべてとの別れ、すなわち死を意味した。
彼女が暗闇に送られるところを見たくはなかった。その日、私は寝床から一歩も出なかった。そして、ただひたすら謝り続けていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい......」
届くことのない、祈りのように。
この時、彼女を止めていればすべてが変わっただろう。私は自信の無力さをひたすらに恨むこととなる。
彼女が消えても、村は相も変わらずっだった。私は笑顔を覚えた。張り付いた笑顔。取れない笑顔。この村で生きていくためにはこれしかないんだ。そう、自分をだまして。
月日は流れ、私は18になっていた。マリのことは心の奥底に忘れ去り、張り付いた笑顔のまま、張り付いた笑顔の妻を持ち、張り付いた笑顔の家族がいた。朝起きて、畑仕事をし、村の仕事を終えて眠る。その繰り返し。退屈という感情も捨てた。流れるようにすべてをこなす。雑念なく、身を任せて。まるで何かに操られているかのように。
その日は突然やってきた。暗闇。その中から、黒い煙が立ち上っていた。今まで、一度もそんなことは無かった。その煙は一瞬にして村中を覆い、昼間を夜に変えた。
人々の顔から、張り付いた笑顔がなかった。一日中笑うような村人全員がだ。その煙に触れた瞬間、すべての生気を奪われたかのようだった。私もそのうちの一人になっていた。煙に当たった瞬間、顔にこびりついた面が外れた。
そのあとのことは一瞬だった。人々は刃物や鈍器を持ち、目に見えるものを壊し始めた。皿、家、木。油に火が付き、村は火の海と化した。すべてのものを壊した後、人々が目を付けたものは人間だった。お互いを殴り、切り裂き... 広がるのは赤一色の世界と、聞いたことのない悲鳴。
私は呆然としていた。立ち尽くしていることしかできなかった。何がどうなってこのような結果になってしまったのか。思いつく限りの考えもなく、突き刺さったかかしのように棒立ちになっていた。
ヴァゥグァーーー!!!
獣のような声に後ろを振り返ると、私の妻が我が子に刃物を突き付けていた。ギラついた眼は野獣のそれに近く、食い物を見つけた猛獣の目をしていた。
その情景でとっさに我に返った。
「やめろー!」
私は妻にとびかかり、押し倒した。ギラつく眼光がこちらを向く。その瞳の中に、私を夫と認識する部分はなかった。馬乗りになっている私を振り払おうと、刃物を振り回し続ける。その手をつかみ、刃物を取り上げると、今度は手で私の首を力いっぱいつかんできた。いつもの妻とは異なる力に、こっゆうができなくなり、意識が遠くなる。
今まで、張り付いた笑顔と言っていたが、そんな笑顔でもいいから返してくれ。
私は、ただそう祈った。祈り続けた。
ギャァァァァァァーーー!!!
暖かい液体が顔にかかる。手の力が緩み、意識が戻ってきた。
目に入ったのは、頭に柄の生えた妻と止まらない血。その柄を握る我が子。子供の目にも、ギラギラと輝く黒い光があった。
私以外に正気の者はいなかった。だれもが狂人と化したこの村で、私の生き残るすべはない。
自分の人生を走馬灯のように見た。
その中で一際輝く少女。この少女...マリ...この子は...
「そうよ... 私よ...」
後ろから声がした。この状況の中で話すことができる人。少しの希望を感じ、振り返る。
そこにいたのは、この村の中で一番人からかけ離れた存在だった。
足先まで伸び切った髪。全身の骨が浮き出た顔。なぜ歩けているのか分からない程細い脚。血色のない真っ白な肌。腐った布着。そして、体から出る黒い煙。
「久しぶりね...シン」
マリだ。長い月日がたったが、あの姿はマリだ。
人には見えない彼女に声も詰まった。再会の喜びなどという甘い言葉も浮かばなかった。目に見えたものを理解するだけで精いっぱいだった。
目に見えたもの。それは、真っ黒な顔だった。
第十五話、お読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。
物語がブラックな方向にしか進みませーん!!!たーすけーてー!!
物語のタグからコメディーを消そうか迷っていますが、たぶん消します。いままでコメディーだと期待してついてきてくださった皆様。ありがとうございました。さよなら、我が理想... こんにちは、さえない現実⤵
書きながら、心がブラックになりそうです。もう、鬱です。部屋から出たくありません!!(それはいつもの事なのですが...)




