動くことのない人の前で
入って目についたものは階段。正面の大階段。他に進めるような場所はなく、上ってくれと言わんばかりに構えている。どうにも進む方向が一つしかないため、一段目に足をかける。すると、上の方から一枚の紙きれが降ってきた。
『ナニゴトモ、書キ換エルコトハ許サレナイ。』
そこにはそう書いてあった。
意味が分からない。書き換えるとは何のことなのか。アーサーのような存在のことを言っているのか。彼らは、サクシャと言うそうだ。意味合いとしては『作者』ということなのだろう。じっくりと考えたことがなかったが、サクシャとは何者なのか。物語の語り手。神とは異なる特異な力を持った存在。どこからともなく声を出し、化け物を一撃で倒すことができるほどの力を持ち、難解な術式を片手で解く。人知を超えた存在。なるほど、神では無い神だと言われたが、これが一番納得のいく説明かもしれない。
紙をたたんでポケットに入れ、正面を向きなおす。一段目で止まった足をもちあげ、上り始める。20段ほど登ると、階段に横たわる影が一つ見えた。明かりを高く掲げ、近づいていく。二つの腕に二つの足。宝石が埋め込まれたかのように、光り輝く目。今にも動きそうな口。
人。そう、見えた。だが、本当に人なのだろうか。白すぎる肌。肌色の暖かい色身はない。今にも動き出しそうだが、どこも動かない。瞬きもしていない。呼吸すらも。死んでいるのか。しかし、死んでいるとも言えない。光り続ける眼光。みずみずしい唇。老いや弱弱しさを見せない、丸みを帯びた若々しい体。ほんのりと暖かい体温。どれも死んだ人間からは見ることができない、生を感じさせるものだ。
「人...ではない人...か...」
オレは小さく独り言を吐き、段を進んだ。
どれほど進んだだろうか。一向に先が見えない。「もしや、進んでないのでは」と思い振り返ってみるも、後ろに続く凹凸はどれほど進んできたかだけを示している。外から見た時も高い塔だとは思っていた。木の枝のように細く高い塔。それほど広いはずはない。では、なぜ次の層につかない。オレが上がっているのは螺旋階段ではなく、直進階段。塔の幅を考えれば、無理がある。
すると、また一枚の紙が落ちてきた。
『書カレタ事柄ヲ、疑ッテハナラナイ。』
疑うとは?何を疑うのだ。書かれた事柄というのは、サクシャ関係の事だろう。いまいち彼らの役目がわからないため、内容がつかめない。では、疑ってはならないというのは?サッパリだ。
紙から目をあげる。そこにはさっきまでなかった道ができていた。不思議なことだが、驚けない。どこともわからないこの場所のほうがよっぽど不思議だと思ったからか。平地に足を置き換え、描き出された道に沿って進む。
ある程度進むと、扉が見えてきた。壁には見たことのない文字の表札が立てかけてある。開ける必要のない部屋だったかもしれない。しかし、頭で考える前にオレは扉を開けていた。
扉が開くと同時に、体中の毛が一斉に逆立った。視界に入ったのは椅子...とそれに座るさっきの人。
両脚は震えていた。恐怖を感じたからではなく、その理解できない現象に体が危機を感じていた。対して、頭の中は別のことを感じていた。
<美しい>
その言葉一色に染め上げられていた。真っ白と言っていいほどの体に着せられた、赤と黒のゴシックドレス。風でも吹けば飛ばされてしまいそうな体が、一本の芯に刺さっているかのように真っすぐ座っている。その情景一つが、まるで中世の絵画の様。ただ、知らぬ間に服が着せられ、真っ赤な口紅が塗られており、目の色が青くなっていることが気にかかった。
同時に、頭はもう一つのことを考えていた。人ではない。これは人ではない。人形と言えば間違いだが、人形のように中身が空っぽに感じられた。目が合っているのに、にこりとも笑わない。イヤそうな顔をしない。泣いたり、怒ったり。そのすべてを顔にも、しぐさにも出さない。じっと。ただじっとこちらを見つめていた。
時間がないことを思い出し、オレは人形のような人に背を向けた。「この背を向けた瞬間に後ろから襲ってくるのではないか」と考えもしたが、何も起こらなかった。
扉を出ると、目の前には見覚えのない階段が出来上がっていた。何も疑うことなく、一段目、二段目と足を動かす。その階段も永遠に続くように思えた。
また、どれほど歩いたものか。何かのサインかのように、頭上から三枚目の紙がヒラリヒラリと舞い降りてきた。
『書キ替エルコトハ許サレド、書キ換エルコトハ許サレナイ。』
「書き替える」と「書き換える」。この二つに違いはあるのか?何が違うんだ。なぜ「替える」ことは許されて、「換える」ことは許されない。自身の言語能力の低さをこんなところで感じた。
頭をあげると、もう道が出来上がっていた。その道を進む。言いたいことは無い。超自然的現象でも、頭はそのことを大事だとは思わなかった。そして扉が現れ、その中に人人形があることまで理解していた。
ただ、扉の向こうのに以前のような美しい姿はなかった。
地面には六つに分かれた人形。手が二つ。足が二つ。胴が一つ。頭が一つ。赤い塗料の水たまりの上に浮かんでいた。着ていたドレスは真っ赤に染まり、未使用の画用紙のように純白だった素肌は、暖かさを感じさせない褐色で乱雑に塗りつぶされていた。
部屋の中を包み込む鉄の匂い。目の中に映りこんだ映像に、ただ目を離せずにいた。さっきまで人形だと言っていたのに、不意に現れた人らしさ。
頭のパーツがゴロリ転がり、その表情を見せた。笑顔。真っ赤に汚れていてもわかる。無邪気で陽気な、花畑の中の少女の様な笑顔。恐ろしかった。それこそ、怖かった。さっきまで表情一つ見せなかったのに、ここにきて人の顔を見せた。この状況。明らかに、今見せる顔ではない。どうすれば、ここまでの顔ができてしまうのか。考えるだけで、腹の中から込み上げてくるものがあった。
これ以上直視していられなかった。目に映らないよう、上の方を見る。椅子の上。さっきまで人形が座っていたと思われる場所にカードが置いてあった。
『マリオネット — イヴ』
マリオネット。操り人形。イヴというのは名前か。
目の前でバラバラになっているモノが『マリオネット』であると分かり、少し恐怖が去る。人形では見せられないような人らしさがあったことは、出来ることなら忘れ去っておきたかった。
人形のすべてを見終えたオレの頭上から、紙切れが舞い降りる。
『書キ換エラレタモノハ、元ニ戻ラナイ。』
思わず人形をまた見てしまった。書き換えられたものは、元に戻らない。バラバラになった人人形は、あの形にはもう戻らない。この紙に書かれたことだけは理解できた気がした。「書き換えられる」の部分はいまいち理解しきれていないが、あの人形のように壊れたものは二度と元と同じには戻らないことはわかる。
「そうさ。その人形はもう戻らない。」
どこからともなく、声がする。
「誰だ!どこにいる!」
「マリオネットは筋書き通りに踊る。そして、糸が切れたら用済みだ。」
その声は近くで聞こえたり、遠くで聞こえたりと声のもとを悟らせない。
「近くにいるんだろ! 姿を見せろ!」
「君は、マリオネットかい?それとも...聞くだけ無駄か...」
「どういうことだ! お前は何者だ!」
「君のよく知る人間に<色付け>された者だよ。」
第十三話、お読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。
本日のお詫びです。今回の話に過激なシーンが含まれていたことを深くお詫びします。不快感を与えてしまいましたら、本当に申し訳ございません!
さて、私、作者は悩んでおります。シリアス展開から抜け出せないと。これじゃァ、ジャンルで嘘ついたことになってしまう。シリアス展開なんて望んでないんだぁ~!でも、どうやっても抜け出せない、このデスループから。たすけてください。
この先の展開も、シリアスムードがバチバチになってます。新しくコメディー路線を発掘しようかなぁなんて... 責任取って頑張ります。




