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第八十一話 公方勢力との決戦 近江・越前攻略 2

 1561年 八月 近江 田上山 朝倉軍本陣



「――なんと!? 大嶽と丁野が奪われただと!?」


 翌日、大嶽砦、丁野砦が陥落し、織田方に奪われた事を、そこから逃げてきた兵に聞いた朝倉家当主朝倉義景は慌てふためいた。

 それまでは自信に満ち溢れた笑みを浮かべていたが、一変して弱気な表情で怯えの表情を見せている。

 元々、義景は戦が得意と言う訳では無い。

 何方かと言えば、芸術を愛でる事に秀でた数寄者――というよりは、それを支援する側の人間である。

 軍事や内政等は苦手な類であるが故に、側室達の言うが儘に贅沢を繰り返して財政を圧迫し、天下を手に入れる機を逃しているのだが、その自覚もないのである。

 まんまと織田の策に嵌り、織田恐るるに足らず、と自信満々に攻勢に出た朝倉義景であるが、この短時間で二つの砦が奪取された事で、すっかりその気勢を落としていた。


「て、撤退だ! 撤退するぞ!」


「――義景殿! 此の儘逃げるおつもりか!!」


 止めようとする長政の言葉も義景には響かず、家臣達には撤退だ、撤退だと言い放つと、自身も仕度をする為に評定の場を出て行った。

 これには長政も肩を落とすしかない。

 だが、だからと言って自分だけ残っても勝ち目がある訳では無い。

 結局、この二万という軍勢は朝倉の将兵達が殆どなのだ。

 従うしかなかった。





 仕度を整えた朝倉義景率いる朝倉・浅井軍は、その翌日、撤退を開始した。

 横山城や月ヶ瀬城、山本山城等の奪取した城からも全ての兵を退かせた。


「――逃しません。ここで朝倉を討ち果たします」


 一方、事前に追撃を知らされていた織田軍は半兵衛の指揮の下、柴田・滝川・前田・木下・丹羽等、歴戦の将達を先手に配置し、追撃を開始した。

 織田軍三万余での猛追の開始である。

 大将である信長も、我慢ならないと先手達と共に前線に出張り、士気も上がり、織田軍は朝倉の兵達を散々に追い散らした。



 朝倉義景は、越前と近江の境にある要衝である疋田城への撤退を目標とし、余呉を通過し、その途上にある刀根坂を通る事にした。

 そしてここでも織田軍の追撃を受ける事になった。

 朝倉軍の一部も転身し、踏み止まろうとするも、その悉くが殺された。

 更に、それだけではない。


 須藤が事前に伏させていた”雑賀衆”や”根来衆”等のゲリラ戦法を得意とした伏兵達が朝倉軍を奇襲、朝倉軍に更なる混乱を齎し、その数を減らす事となった。

 それを何とか突破した朝倉軍であったが、敦賀に至るまでに何度も伏兵による急襲を受け、敵の戦力を見極めるまでも無く、蜘蛛の子を散らすが如く、這う這うの体で逃げ出した。


 織田軍本隊及び合流した別動隊は翌日になるまで朝倉軍を徹底的に追撃。

 これにより、朝倉軍は壊滅まで追い込まれ、義景は、僅かな手勢と共に居城である一乗谷城へと帰還したのだった。

 朝倉軍は北庄城主朝倉景行、十五といった若さだった朝倉道景等一門衆を筆頭に、殿として奮戦した山崎吉家(やまざきよしいえ)、朝倉家家臣団の中でも最高位であり、”一人奉行人”と称された朝倉家の行政全般に関与していた河合(かわい)吉統(よしむね)、そして美濃より逃れていた元斎藤家当主の斎藤龍興等朝倉家の軍事の中核をなしていた武将達の多くが、この撤退戦で散っていった。

 結果は織田軍の圧勝であった。





 一乗谷城に帰還した朝倉義景は、すぐさま国中に一乗谷へ兵を寄越す様に命じた。

 しかし、


「何故だ! 何故誰も兵を寄越さんのだ! 朝倉の、主家の危機であるのだぞ!?」


 越前及び若狭の家臣達から兵が送られてくる事等無く、その兵数は近習含め僅か五百であり、三万の大軍を誇る織田に勝てる見込みも、既になくなっていた。


「殿、ここは大野郡まで退くべきです。大野郡は守るに堅く、勇猛な平泉の僧兵達がおります。一度そこまで退き、態勢を整えるべきかと」


 そこに、朝倉家同名衆筆頭であり、従弟である朝倉景鏡が進言してきた。


「お、おぉ。景鏡か。……そうだな。そうだ。一度、大野まで退こう」


 すっかり弱気となった義景は、景鏡の言う通りに、大野郡へと撤退する事になった。

 義景は、その場に今まで静かに控えていた長政に向き直り、


「――長政よ。お主等も共に逃げようぞ。まだこれで終わりではない。ここは退き、再起を図るのだ」


 そう提案する。

 だが、長政は首を横に振った。


「何故だ? 織田軍は三万を超える大軍だ。お主等では太刀打ち出来なかろう」


「――いえ、勝機はあります。当主である信長を討てば、織田軍は容易く崩れましょう」


 その顔に浮かぶのは、憎悪と復讐心だ。

 故郷を、家族を、家臣を失い、思い通りにならない状況、朝倉に頼らねばならないという現状、それに加えて敗戦に続く敗戦で、長政には最早正常な判断力など無くなっていた。


「……そうか。お主がそう言うのなら、止めはせぬ」


 そう言うと、義景は景鏡を伴い、評定の場を去っていった。


「……最早、信長を討つ事でしかこの戦況を引っ繰り返せぬ」


 義景や景鏡等が去った評定の場で、自分の家臣達を前に決心する。


「――これで逃げては浅井の名が泣く。この一乗谷城を死地と定め、織田に一泡吹かせてやるのだ!」


「「「「――はっ!!」」」」


 若さ――『勇敢さ』にも繋がるなるそれは、『蛮勇』とも紙一重だ。

 この時、その『若さ』と、家臣達の『忠誠心』は完全に悪い方向へと働いていた。



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ナカヤマジョウ様の『分枝世界の戦国記譚~蒼の章~』(旧題:謙信と挑む現代オタクの戦国乱世)も宜しくお願いします!

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