幕間 桶狭間の戦い前夜
本日二話目。
《視点:柴田勝家》
儂の名は柴田権六勝家。
今は亡き信行様に仕え、今は尾張国主である織田上総介信長様に仕えておる。
信行様の臣下として、一度は殿に弓引いた儂だが、殿は儂を家老となる事をお許し下さった。
以降、儂は”織田信長”が筆頭家老として、日夜練兵に政にと”鬼柴田”の名に恥じぬよう精進してきた。
そして今、儂が仕える織田家が最大の危機とも言える事態に直面しておった。
駿河、遠江、三河の三国を統べる”東海一の弓取り”の呼び声名高き、今川治部大輔義元公が、この尾張に攻め入ろうとしておるのだ。
兵力差は圧倒的。
三国を統べる今川と尾張一国の織田。
更に尾張の兵は”弱兵”とまで呼ばれておる程。
既に今川方に近い三つの城は落とされ、その侵略の手は向城として築城された砦にまで及ぼうとしておる。
正しく、青天の霹靂。
尾張統一という”晴れ渡った空”を手にした我等に対して、突然今川の尾張侵攻という”雷鳴”が降りかかって来たのだ。
儂はその日の評定を終えた後、儂と並ぶ家老である宿老、丹羽五郎左衛門尉長秀と酒を呑んでおった。
儂は杯を傾け、五郎左に問う。
「のう五郎左よ。……殿は……織田はこの戦、勝てるであろうか?」
五郎左は、首を横に振り、
「分かりませぬ。……しかし、殿には何か考えがあるのでしょう。……此度信長様が連れてこられた客も、その”お考え”の一端を担うのでしょうな」
そう答えた。
「……奴か」
殿が連れて来た、須藤と名乗った浪人風の男。
風体としては、五郎左の様に端正でもなければ、”攻めの三左”の様に強者の風格がある訳でも無い。
身体は出来ておるようだが、戦場に立つ武士としては些か細い身体つき。
じゃが、何処か得体の知れないモノを相手にしている様な感覚を、あの者から感じておった。
あの者の身のこなしは飄々としておりながら隙が無く、武芸にも通じておる様に見えた。
それにあの眼よ。
あの人の良さそうな笑みの奥底に、巧妙に隠れた儂等と同じ”人殺し”が持つ独特な殺気を宿しておった。
それも一度や二度ではなかろう。
少なくとも十以上の戦場を渡り、人を殺し、生き残って来たに違いない。
だがそれを感じさせない程、奴はそれを上手く隠しておる。
殿が気に入ったのも、それを見透かしたからやもしれぬ。
五郎左が、杯に酒を注ぎながら口を開く。
「彼のお人は信長様から聞かれた事に対し、我等にとっても”最善手”を言い当てて見せました」
「……うむ」
五郎左の言う通り。
儂や五郎左が評定の後、どの砦に向かうか、敵がどう動くかを酒を呑みながら考えてみた結果、奴の言った通りとなった。
「信長様の人を見る眼は確かです。恐らくは、彼の人は今川勢を破る”策”を、お持ちなのでしょう」
「そうじゃな。……そう願いたいものだ」
儂は五郎左と杯を献杯すると、一気に飲み干した。
同時刻 古出長屋 《視点:古出惣五郎》
「……須藤殿は、その……どこぞの武家出身なのですかな?」
某は出陣の日を前に、殿の客人である須藤殿と酒を酌み交わしていた。
話題は須藤殿の来歴。
殿は「拾って来た」というばかりで、何の説明も無い為、気になっていたことを聞いた。
先程の評定において、某の眼には殿からの難題を簡単に答えている様に見え、ただの浪人ではないと感じていたからだ。
だが、須藤殿は首を横に振った。
「……いえ、自分は十数年程前に尾張と三河の境で倒れているのを師に助けられました。それ以降、師の元でこの戦国乱世で生き抜けるよう、剣術、弓術、馬術。……茶や蹴鞠、公家の仕来りや武家の仕来り等ありとあらゆる事を学びました。数年前に師が死んでからは各地を回り浪人の真似事を」
「ほぉ、……では軍略などもその師とやらに?」
某が気になっていたことを聞くと、須藤殿は何故か少しばかり複雑な笑みを浮かべ、
「……えぇ、まぁ。……兵法書を読まされるばかりでしたが」
そう言って杯の中の酒を飲み干した。
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