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第七十一話 美濃へ

という訳で動き始めます。

 1560年 八月 美濃 【視点:須藤惣兵衛元直】



「いやいや、お久し振りです佐久間殿」


「……須藤殿、来られるなら、先に言ってくれぬか。此方ももてなす仕度が出来ぬではないか」


 妻である柊殿を残して京を離れ、俺は一路岐阜城へとやってきていた。

 対武田の事前準備をする為である。

 気分は単身赴任する新婚のサラリーマンだ。

 武田の草”三つ者”対策に、同伴した伊賀衆、甲賀衆に索敵させ、”三つ者”を排除しながらであり、しかも城の守りを任せていた佐久間殿にも内密にである。


 何故内密だったかというと、美濃の西部を任せている西美濃三人衆の一人である安藤守就と同様、佐久間殿にも武田からの内応の書状が送られてきていたからだ。

 最近の佐久間殿が手柄が無く、戦の無い美濃を任されていることから、不満があると思ったのだろう。

 ……もしかしてあれか?

 安藤、佐久間って織田勢を追放された組み合わせだし、この世界ではこれが追放の原因となるのだろうか?

 安藤……は正直言ってそこまで大勢力でもないのだが、佐久間殿は不味い。

 幾ら最近手柄がなく、重鎮としての立場を丹羽殿や柴田殿に譲っているとはいえ、佐久間殿は”退き佐久間”と呼ばれる程の実力と、織田家に古くから仕えており、信頼も厚い武将である。

 そんな人間を追放するのは惜しいので、それを未然に防ぐ事も俺の役目なのである。


「……して、この度はどの様な用件で」


 それを理解しているのだろう。

 どこか俺の心情を窺う様な態度で聞いてくる。


「無論、武田との戦支度の為に御座る。……それと」


 さて、ここからである。

 俺はニコリと柔和な笑みを浮かべ、


「佐久間殿、最近壮健ですかな? 殿もご心配にしておりました故。佐久間殿が書状も出さず、城に籠っている様で、もしかすると佐久間殿に、()()()()()()()()()()()、と」


「――っ!!」


 佐久間殿は息を飲み、眼を見開く。

 知っていたのか、と声には出さなかったが、その口が動いていた。

 勿論、知っているとも。

 俺は佐久間殿にだけ聞こえる様に顔を近付け、


「……某には殿より優秀な草――甲賀と伊賀の忍が与えられております。織田家中の事で、某が知らぬ事などほぼありませぬよ」


「――っ! ……拙者は織田を裏切りは致しませぬ。未だ返答もしておりませぬ」


 返答を保留しているのは、つまり少しは武田と内通する気があった、と捉えられかねないのだが……まぁ良い。

 俺は笑みを張り付けた儘、


「――それは重畳。では、その様に殿にはお伝えいたしましょう。佐久間殿は壮健で、武田への対処に余念がない、と」


「……はっ!」


 ……正直言ってしまえば佐久間殿へ武田の書状が送られた事は信長は知らないんだけどねぇ。

 これで佐久間殿も動けないだろ。

 ま、俺も岐阜城に居座る気満々だし、これ以降も忍達に調べさせるけどな。

 俺もやることがあるし、その間を縫って忍達に透破乱波の技術でも教えて貰うかね。

 さて、じゃ、次は――




【視点:竹中半兵衛】



 須藤殿と共に京を出た私は、須藤殿と別れて舅である守就殿が城主を務める北方(きたがた)城へと来た。

 此処に来た理由は一つ、北方城城主安藤守就の『武田内通の疑い』を調べる為である。

 須藤殿率いる甲賀衆がもたらした情報であり、その正確性は非常に高い。

 故に、娘婿である私が守就殿の考えを聞く事になったのだ。

 もし、守就殿が武田と内通しているとするならば、私は――


「良く来てくれた半兵衛!」


 評定の場に現れた私に嬉しそうな表情を浮かべる守就殿。


「お久しゅう御座います守就殿。壮健そうで何より」


「うむ、半兵衛もな。……して、殿の”軍監”として忙しい筈のお主が何故美濃に?」


「はい。武田との戦、ここ美濃で行おうかと思いまして、その下見に。あちこち回ろうかと」


 私の発言に、守就殿は大袈裟に頷く。


「おぉ、そうかそうか! 美濃手に入らば天下を取れると言うからな。武田もここを狙って来よう」


 そこまで言ってから、守就殿は自信あり気に笑い、こう言った。


「何にせよ。この北方城は儂の城。万が一にも傷一つ付けさせぬわ! 武田()()、な」


 何故この方はこれ程までに自信があるのだろうか?

 武田の騎馬隊は天下一と名高い精強な軍勢。

 幾ら織田であっても苦戦する可能性も高い。

 だと言うのにこの自信。

 ……いや、それを考えるのは後だ。

 今は須藤殿と合流しよう。


「そうですか。なんとも頼もしいお言葉です。……申し訳ございませぬが、これより岐阜城に参らねばならぬ身、これでお暇させて頂きます」


「おぉ、そうか。また顔を見せてくれ」


「――はい。では、失礼致します」


 私は頭を下げ、部屋を辞した。




ブックマーク、評価して下さると嬉しいです。



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