第六十一話 摂津調略の為の軍議
1560年 六月中旬 京 二条御所
将軍足利義昭が槙島城へと逃げた事で、織田軍は本営を二条御所に置き、そこで対荒木勢の軍議を開く事となった。
二条御所の一室に、織田家臣団の半数が集まっていた。
いないのは、浅井を見張る為に横山城城主として詰めている秀吉や、武田の動きを見張る為の美濃勢等だ。
上段の間に座る信長は集まった家臣団を上段の間より見渡し、満足気に頷いて口を開く。
「皆、良く集まってくれた。既に承知しているだろうが、荒木勢が毎夜豪勢な宴会を繰り返し、油断しきっている今、此方から動く。そこでだ……入れ」
信長の言葉に従い、入って来たのは、信長の嫡男である奇妙丸だ。
「……此度が荒木攻め、何れは俺の跡を継ぐ奇妙丸を大将とすることにした」
その声に、織田の古くからの将達からは感嘆の声や溜息が出る。
それは、まだ若い奇妙丸への不信感や、不安からくるものではない。
幼い頃より父信長に従い、戦場を見てきた織田の次代が、とうとう大将として自分達を率いるのだ。
織田に忠誠を誓う家臣として、奮わない訳がない。
「……さて、これからの戦略を”軍監衆”。皆に説明してくれ」
いつも通り、半兵衛が”軍監衆”を代表して説明を始める。
「――はっ! 先ずは荒木勢を調略によって崩します。大和田、三田、多田、そして茨木と高槻の各城を調略し、敵本城である伊丹城を孤立させます。特に、要衝の地である高槻城の高山右近は、荒木の家臣団の中でも人徳の人として高名であり、彼を引き入れる事が出来れば、多くの家臣も此方に傾きましょう。最も良いのは荒木村重等の降伏ですが、謀反に動いた手前、許されるとは考えないでしょうから、ある程度の抵抗は想定するべきですね」
信長は半兵衛の説明に頷き、
「つー訳でだ。大将を奇妙とし、滝川、森、明智、津田、斎藤、蜂屋、池田、丹羽。手前等と凡そ五万の兵で摂津に向え。わかったか!」
「「「「――はっ!!」」」」
名前を呼ばれた諸将が声を上げる。
――が、
「殿! 某も軍勢に加えて下され!」
と声を上げる者がいた。
松永の長子である松永久通である。
久通は信長の前まで出ると、深く深く平伏する。
「親が謀反を働いたのなら、せめて子である某がケジメをつけとう御座いまする! どうか、どうか戦列に加えて頂きたく!」
その必死な様子に、
「分かった。なら、今の戦列に松永を加える。奇妙、良いな?」
信長は横の奇妙丸へと視線を向けると、奇妙丸は真剣な様子で頷いた。
「良し。それと半兵衛と官兵衛を本陣に控えさせ、”雑賀衆”を下につける。率いている鈴木重秀には話を付けてある。”軍監衆”は半兵衛の指揮の下、調略を開始せよ。手段は問わん。場合によっては苛烈な手段や、俺の名を使っても構わん。朝倉や浅井、公方との戦の為に兵を残しておきたい。此方の被害を最小限に留めろ。良いな?」
「「「「――はっ!!」」」」
一同が平伏したのを満足気に見て、
「――以上だ。解散!」
そう言うと、信長はとっとと退出していった。
【視点:奇妙丸】
「……ふぅ」
ほぼ初めての軍議で、私は緊張していたらしく、大きく息を吐きだすと、身体が緩む様な気がした。
軍議の場にいるのは、揃いも揃って織田のみならず、他国にまで名が轟く様な猛将勇将知将達だ。
彼等から放たれていた緊張感は、とてつも無いものだった。
思わず、身体が強張ってしまう程には。
「若ー!!」
そこに、勝三が声を掛けてきてくれた。
彼も此度が初陣であるのに、気負う様子も無く、軍議の場でも堂々としていた。
……私も見習わねばならぬな。
「俺も初陣だけどよ。今回は本陣で若の守りをしろって殿と父から言われてんだ! だから、若の身は俺が守ってやるから、安心してくれ!」
ニカリと快活な笑みを浮かべる勝三。
此奴は、私が幼い頃より共に育って来ており、”私の一の家臣”と自称してくれる頼もしくも、気心の知れた奴だ。
それに、共に須藤から兵法や武術を学んだ学友でもある。
「…………須藤、か」
何故、あれ程までに父と仲の良かった――それも父が唯一家臣団で呼び捨てを許可した程の――須藤が、荒木側へと寝返ったのか。
確かに、須藤の功績からしてみれば、決して論功が妥当だった訳では無い。
だが、私の目付として従軍し、補佐してくれていた須藤にどうして評価されずとも平気なのかと訊ねた際には「名が上がらぬ方がやりやすい事もあるのですよ」と笑っていた。
それに、私には常々、「地位や名誉など一瞬で変化してしまうもの」と諭し、当人も地位や名誉などには横着していなかった。
”軍監補”から一衆へと引き下げられた際にも、「人にはそれ相応の立場があります故」と気にする様子も無かった須藤が、「功績にも関わらず、不当な扱いを受けた」からという理由で離反するのは、どうにも違和感を感じるのだ。
「――勝三!」
「応よ!」
「――須藤に会いに行くぞ」
直接会って、確かめるしかあるまい。
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