第六十話 意図に気付く
終わったら須藤は柊に土下座ですな。
1560年 六月上旬 京
「……そうか。随分余裕があるらしいな」
松永弾正少弼久秀のいない後を継ぎ、大和を任されると同時に、摂津の調査を命じられた松永久通からの書状に眼を通した信長は、寝所でポツリと漏らした。
その隣では、お濃の方が酒の入った徳利から、酒を杯に注ぎ、信長へと手渡す。
「上総介様。どうぞ」
「応」
信長はたった一言言って、杯を受け取ると酒を飲み干した。
「……何が書かれていたのですか?」
「ん? ……あぁ。松永の倅……久通に摂津に探りを入れさせているんだが、荒木勢が随分と兵糧の消費が多いらしくてな。商人達から米やら何やらと色々買いこんでいるらしい。ただでさえ大所帯のくせして、連日連夜お祭り騒ぎだそうだ。この文には、城ごとにどれだけ豪勢な酒宴を開けるか競い合っていると書かれている」
信長の言葉に、お濃の方は「まぁ」と驚いた様子で眼を見開く。
「それは……摂津とはそれほどまでに潤っているのですか?」
支配下にある地域が多い織田であっても、そんな事はしない。
お濃の方の問いに、信長は首を振った。
「いや……幾ら周囲を家臣に固めさせているからと言っても、他勢力の援軍が無い。頼れるとしたら阿波の三好とかだろうが、それも動いたっていう報告が無い。……兵糧を無駄に消費してるとしか思えん。士気を上げる目的ならもしくは…………いや、戦にはまだ時間があるし……」
そこまでをつらつらと言った信長だが、何かを考える様にして黙ってしまう。
「……? どうされたのですか?」
そんな信長に、お濃の方は心配そうに訊ねた。
「……いや……お濃、柊を呼んできてくれんか?」
「え? あ、はい。畏まりました」
お濃の方は頭を下げ、柊を呼びに行き、暫くして柊を伴って戻って来た。
「……殿、何か御用でしょうか?」
婚姻を須藤に拒絶された後には暫く落ち込み、更に須藤が離反したと聞いてただでさえ雪の様に白い肌を更に白くさせ、まるで病人が如く様子だった柊であるが、仕事や勉学に打ち込む事で、落ち着きを取り戻していた。
「……柊。須藤は内政が苦手だったよな?」
信長の問いに、柊は首肯する。
「はい。少なくとも当人はそう仰っておられました。……とはいえ、内政に関わる人間の会話についていける程には嗜んでいたかと」
柊の答えに、信長は同意する様に頷く。
現に、尾張や美濃の内政を考える際には、助言をして貰っていたのだ。
「……なら、おかしい」
そう断言して、信長は柊に久通からの書状を見せる。
それを読んだ柊も、信長の言葉の意味を理解する。
「……確かに。幾ら内政が苦手と仰っていた須藤殿でも……いえ、軍事に通じている須藤殿なら、この様な愚かな事はしないでしょう」
内政の事を含め、自分に多くの事を教えてくれた須藤が、戦の前に大事な兵糧を浪費する様な手段を取るはずがない。
越後の上杉などでは、戦の前に豪勢な飯を用意し、兵士達の意気を高め、戦への心構えを促すと須藤殿から教えられたが、それでもこれ程までの浪費はしないだろう。
それ程までに、異常なのだ。
恐らく、荒木配下の中でも、幾人かはこの異常さに気付いているはずだ。
そこまで考え、柊は口を開く。
「須藤殿はあえてこの様な下策を取っているのでしょう……と、私は考えます」
「そうか。……なら、そのていで動いてみるか。……しっかし」
信長は改めて柊を見る。
「……どうか致しましたか?」
「いや何。……手前が男ならなぁ……と」
そう言って柊の頭から爪先までを見回す。
良く回る頭に、内政にも軍事にも通じ、武芸にも秀でている。
男ならば、さぞ名のある将となっただろう
そんな事を考え――
「婚姻していない乙女の身体を嘗め回す様な視線を向けるものではありませんよ上総介様?」
ゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうなお濃の方が信長の後ろに立っていた事に気付く。
「あ、いや、お濃……俺は下心があってそんな事を言った訳じゃあ――」
そこまで言った信長の着物の衿をむんず、と掴み、
「少し、お話を致しましょうか」
と、にこにこと上品な笑みを浮かべ、驚く程の腕力で信長を引き摺っていく。
そして部屋を出る間際、柊を振り返り、
「呼び出して御免なさいね柊。今日はもう帰って良いですよ」
と言うと、信長を掴んだ儘、部屋を出て行った。
その時の信長の表情は、まるで借りてきた猫の如く、大人しく、情けないモノだったが、柊はそれを頭の中から消去し、
「……あぁ、勉学の続きをしなければ」
と呟くと、柊も部屋を出て行った。
この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
そちらも宜しくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n6524ee/




