第五十九話 高山右近
……間違いがありそうで怖い。
びくびくする。
1560年 六月上旬 摂津 【視点:須藤惣兵衛】
荒木の配下として認められた俺と松永は、ある程度の自由を認められた為、周囲の幾つかの城を訪れていた。
安部仁右衛門と能勢頼道が詰めている大和田城、荒木重堅の三田城、茨木城の中川清秀と順々に訪れ、兵の訓練情報や兵数、武器の数や兵糧の量等を聞いて回る。
荒木へと報告する為だ。
そして最後に訪れたのは、高槻城の高山友照、右近親子の下であった。
「此度荒木様の家臣とあいなり申した松永弾正少弼久秀に御座います」
「……同じく、須藤惣兵衛に御座います」
俺と松永が頭を下げると、上段に座った高山右近も慌てて頭を下げる。
「……これはこれは……高槻城主高山右近に御座います。お二方の噂はかねがね」
高山右近。
史実においてはジュストの洗礼名を持つ、代表的なキリシタン大名の一人だ。
父親は友照、母親はマリア、正室もジュスタの洗礼名を持つ敬虔な教徒である。
秀吉によるバテレン追放令が出た際は、信仰を守る変わりに城や財産を捨てる程に信仰深く、その後は小西行長に庇護された後は前田利家の下へと身を寄せた。
徳川の治世の中で加賀で暮らしていた右近であるが、徳川家が禁教令を出したことから、正室のジュスタ、母マリア、キリシタンであった内藤ジュアン等と共にマニラへと国外退去させられ、そこで死んでいる。
哀れな人生であると言えるが、熱心な布教により領国内の多くの者がキリスト教を信奉した事もあり、マザーテレサ等も列福している、死後その徳と聖性を認められた者の称号である福者として認められている人物である。
真面目かつ誠実な人柄として知られ、バテレン追放令を出した秀吉でさえその才能を惜しみ、茶道の師である千利休を遣わし、棄教を促している。
そんな彼は、後世では利休の高弟である利休七哲として数えられる一人であり、その腕前も優れている。
今はまだ利休に出会ってないから違うけど。
という訳で、堅苦しいのも無しに、俺と松永、高山右近の三人で茶を飲むために茶室へと移動した。
俺と松永はいたって普通なのだが、どういう訳か高山右近は緊張しているらしく、所作の一つ一つが固い。
「高山殿、そう硬くならずに。……茶は楽しむモノ。そう硬くなられては、楽しむモノも楽しめませぬよ」
「ククク、左様左様。茶室においては身分や立場など些末な事。皆が平等に御座いましょう」
「は、はぁ。……して、わざわざ茶室で話とは、どういった用ですかな?」
茶室は、周囲から隔絶された空間である。
その為、秘密話にはもってこいだ。
俺と松永は視線を交わし、頷き合い、二人してニヤリと笑う。
「高山殿は此度が主君が謀反、どう思っているのかと思いましてなァ。……幾ら将軍足利義昭様からの要請であったとて、朝倉・浅井を下した織田は今尚その勢力を拡大しております。拙の様な裏切りを華とする悪人や、其方の須藤殿の様に不遇されている訳でもない。信長公の側近と不仲であるとは聞き及んでおりまするが、謀反をする程なのか、と」
「――っ。……」
松永の言葉に、高山右近は黙ってしまう。
それを気にせず、松永が続ける。
「信長公は普段は抑えておりますが、時と場合によっては大地を屍で溢れさせる人修羅にもなれましょう。そういった気性をお持ちのお方です。もし、信長公が動き、貴殿が大事にしている”きりしたん”なる者共に被害が及ぶとするならば、貴殿は如何するか。それを知りたいのですよ。織田方につくのか、それとも荒木勢として戦うのか、を」
高山右近の心の中を見透かす様に、松永は高山右近に視線を向けた。
松永の視線に射抜かれた高山右近の眼は、動揺し、迷っている心情を分かりやすく表していた。
その後いくつか話をした後、俺と松永は伊丹城へと帰城した。
その途中、商人風の恰好をした男がすれ違い――
「……」
俺の袖の中へと二つの書状を差し込んだ。
男はすぐさま驚いた顔をして、地面にひれ伏す。
「――おぉ、お武家様、ぶつかってしまい申し訳ありませぬ!! 下を向いていたら気付かなかったのです! どうか、どうかお許しを!」
「良い。行け」
俺の一言で、「有難う御座います」と男は頭を何度も下げ、早歩きで去っていった。
その光景を黙ってみていた松永が、俺の隣に立って、
「……今のは草、ですな?」
そう訊ねてくる。
「応。報告を持ってきてくれたらしい」
俺はその書状の内の一枚を片手で器用に開く。
「………………へぇ」
「何が書いてあるのです?」
俺は松永へと書状を投げ渡す。
松永はそれを読むと、その表情は次第に笑みへと変わっていく。
「ほォ……成程成程。思った通りに動きよりますなァ」
書いてあったのは、荒木勢の兵糧が少ない今の内に攻めるという織田勢の動きや、それに参戦する武将の名前などが並んでいた。
「さて、戦が近くなりそうだな。……クックック」
「では、此方はゆっくりと致しましょうか。茶でも飲みながら。……ククククク」
俺と松永は、顔を見合わせて笑い合ったのだった。
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この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
此方の作品よりもほのぼのかつ和気藹々としております。
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