第六話 軍議 ”桶狭間の戦い” 2
漸く登場オリジナルキャラです。
尾張国 清洲城 上段の間 《視点:須藤直也》
「じゃ、軍議を始めようじゃねぇか。――五郎左!」
「――はっ!」
信長の呼びかけに、臣下の一人である優男風の男が立ち上がった。
この人が”鬼五郎左”、”米五郎左”と呼ばれる柴田勝家と並ぶ家老、丹羽長秀か。
戦での功績としては柴田勝家や森一家に比べて一歩劣るが、武勇に優れると同時に、安土城築城の際に総奉行を務めた事等を含め、内政などでも功績を残した、知勇兼備を地でいく人物である。
異名の”米”というのも、『米の様に無くてはならない存在』という事からつけられたのだ。
「――先の報告にもありました通り、鳴海、大高、沓掛の三城は今川方に落とされ、現在鳴海城には今川家家臣岡部五郎兵衛元信が、大高城には鵜殿長照が入城、そして二日前に今川義元が二万の兵を率いて沓掛城へと入城したとの事。義元入城の翌日……昨日には松平元康 (後の徳川家康)に命じ、大高城へと兵糧を運び込ませました。其々の城に対して向城は築城してありますが、何時までもつか……」
圧倒的な不利的状況に、家臣達からも不安そうな囁きが聞こえてくる。
それはそうだ。
俺は史実を知っているから、奇襲が成功してこの戦に勝つことを知っているが、彼等にとっては大軍を相手取るというかなりの無茶難題なのだ。
……俺も知っていても無茶無謀だとは思ってるけど。
「そうか……須藤、手前はこの状況、どう見る?」
長秀の報告を聞いた信長は、此方に視線を向ける。
俺は史実での桶狭間の戦いの経過を思い出しながら、口を開く。
「……そう、ですな。……恐らく明日にでも大高城に対する向城として築城した丸根砦と鷲津砦を攻め、尾張攻略の足掛かりとするかと。加えて、兵糧を大高城に運び込ませたことから、義元公は恐らく大高城へと進軍すると思われます」
「……で、あるか」
俺の考え――というか史実での経過――に、淡々と頷いた信長は、
「よし! 明日、此方も動く! ――須藤、俺等が拠点にするには何処が良い?」
マジで俺任せかよ!?
えっと……ここからどうなったっけな?
確か――、
「……位置から考えますに、鳴海城の向城として築城した丹下砦に入り、その後善照寺砦に入られるが宜しいかと」
織田軍は明日、道中にある熱田神社を戦勝祈願にと詣でてから丹下砦に入り、その後近くの善照寺砦へと向かう。
その時の織田軍は総勢二千。
二万の兵に対して二千の兵で勝ったのだから、凄いと言うべきか狂ってるというべきか……。
皆、俺の案の正しさを理解しているのだろう。
将達は此方を見て驚きと納得を混ぜた様な視線を向けて来た。
それもそう。
史実にて信長が行った事が、状況が史実と同じこの状況であれば”最善手”なのだ……と俺は思っている。
「――良し! 明日明朝、善照寺砦へと向かう! ……その道中に熱田に寄り戦勝祈願でもするとしよう」
お、史実通りになるらしい。
俺は熱田神社とは言ってないのだが、信長の口からその単語が出て来た。
やはり、幾ら『史実との相違点が多い』とはいえ、史実に沿うように動けば史実通りになるみたいだな。
「――皆、戦仕度をせい! 明日、善照寺砦にて出陣前の最後の軍議を行う! ――解散!」
信長の指示に従い、将達は思い思いに立ち、仕度をするために部屋を出て行った。
これで終わりかと俺は溜息を吐くが、信長は帰ろうとする家臣の内の一人に声を掛けた。
「――古出、少し待て」
「――はっ! 何ですかな?」
古出と呼ばれた男が振り返る。
気の良さそうな笑みを浮かべた、三十代後半位だろうか。
一見すれば武士には見えない柔和そうな男が名前を呼ばれて近付いてきた。
すると信長は、古出と呼ばれた男を前にして俺の肩を掴み、
「お前には此奴の面倒を見て欲しい。……俺の客だ。丁重にもてなしてくれ」
「……え?」
「承知致しました」
急な発言に俺は驚くが、さも当然だと言わんばかりの信長と、それをにこやかに笑いながら引き受ける古出。
古出は信長に頭を下げると、俺の方を向いて頭を下げる。
「――織田家家臣が一人、古出惣五郎道隆と申します。須藤殿、宜しくお願いいたしまする」
「此方こそ。……須藤直也と申します。宜しくお願い致します」
俺は動揺を表に出さす、努めて冷静な風を装い、言葉を返す。
「じゃ、明日な」
「――はっ! 失礼致しまする」
「――(ペコリ)」
俺は機嫌が良さそうな信長に頭を下げ、古出惣五郎について清洲城を出て行った。
……あれ?
”古出惣五郎”なんて武将、織田家臣にいたっけ?