第五十三話 小谷城攻城戦
今回は主人公初の自ら大軍を差配しての作戦です。
まぁやることは文字通り攻城兵器を使いながらの火攻めなんですが。
「……焼き払う? まぁ珍しいことじゃねぇな」
思ったよりも普通の案だったからか、信長は拍子抜けした様子だ。
信長の反応は正しい。
城自体を焼き払う事は少なくとも、城下町を焼き払う事など大して珍しくも無い事だ。
だが、今回は違う。
「はい。ですが、此度は女子供も関係無しに、小谷城にいる人間の悉くを焼き殺します。城一つ……いえ、最悪山一つ丸ごとを焼き払う事も想定しておりまする」
俺の言葉に、軍議の場がシンと静まり返る。
美濃調略時も、城下を焼き払った事もあり、火計は使われていると思われがちだが、実際に使用された例は少ない。
火を付ければ、その土地に住む人間からの不満は免れないし、何れ自分の土地となる場所を焼野原にしようと思う人間は少ないだろうからな。
城を如何に損傷無く奪い取るかも、この時代の戦では重要なのだ。
そういった意味で、城を燃やしてしまうのは戦術としては下策と言わざるを得ない。
だが、武勇に優れた浅井家は、織田にとっての脅威だ。
しかも、関係上味方になる可能性は低い。
史実でも、織田よりも朝倉との縁を取り、滅亡したのだから。
それを排除するには、ここで根絶やしにする以外にない、と俺は思っている。
ま、実際には大抵の城ってのは燃えにくいようになっているのだが。
勿論、そこら辺も考えてある。
「……殿、ご決断を。ここで久政と長政を殺さなければ……浅井の血を絶やさねば、後の脅威となりましょう。それを防ぐには、城ごと焼き尽くすのが最善手なのです」
真剣に、信長の眼を見る。
信長もまた、俺から眼を反らそうとはしない。
「……わかったよ。だが、差配は手前がやれ」
信長は諦めた様に吐き出した。
……ホント、我が儘で悪いね。
その日の夜、織田軍は横山城を出陣、小谷城へと迫った。
それと同時に、幾つかの部隊を小谷城の城下へと派遣し、燃やす様に指示を出す。
浅井久政・長政親子と家臣達は城門を固く閉ざし、籠城の構えを見せた。
織田軍は小谷城を包囲、城攻めを開始した。
「――投石器で投げ砲烙を投げ入れよ! 破城槌を出せ! それ以外の者は火矢や焙烙火矢を撃ち掛けよ! 蟻一つ逃すな!」
俺は馬上から大声で矢継ぎ早に指示を出す。
本来なら使う事を想定していなかった攻城兵器を、惜し気もなく使う。
破城槌は有名な攻城兵器の一つなので説明は不要だろう。
投石器ってのは石を飛ばす攻城兵器で、今回は昼に使った炮烙玉を投石器で城内へと飛ばす。
炮烙火矢は炮烙玉と同じモノなのだが、これは大筒から放たれる。
玉が割れる音や、火が上がる音が絶えず聞こえてくる。
そして、浅井家の者の悲鳴も。
……思ったのだが、ここまで攻城兵器を使い、火攻めをしている戦なんて滅多に無いのではなかろうか?
海上戦では、船が木製の為、火矢はよく使われた手法だが、城に対してここまでするのは珍しいだろう。
そうこうしている内に、破城槌が城門前に設置され、威勢の良い声と共に、ズシン、ズシンと地鳴りの様な音が夜空に響く。
反対側からも、半兵衛や官兵衛が差配を取り、同様に仕掛けている為、逃げる事など不可能だろう。
縦しんば逃げたとしても、待っているのは死だ。
弓で射殺されるか、銃で射殺されるか、刀で切り殺されるか、槍で突き殺されるか。
そこに大きな違いは無い。
結局、彼彼女等に待っているのはなんら変わらぬ”死”なのだ。
ズウウゥゥゥンン!!
そして、一際大きな音が鳴る。
破城槌が城門を壊した様だ。
「良し! 突入組は城内へと侵入し、城内を制圧して火を放て!」
「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
戦場の気に当てられ、気分が高揚している織田軍の兵士達が、壊れた城門に殺到する。
一方的な虐殺劇が始まった。
城内 とある一室
「……まさか城に火をつけて来るか。織田は余ほど我等を滅ぼしたいらしい。……最早浅井もここまでか。呆気無いものよ」
浅井家先代当主である浅井久政が、息子であり現当主である長政を前に諦観の表情で溜息を吐いた。
そんな父に、まだ若く生気に溢れた長政が食って掛かる。
「父上! 浅井が元当主が何という弱気な! 浅井が精鋭は未だ顕在! 撃って出れば、勝機もありましょう!」
だが、久政は力無く首を横に振るだけだ。
「……確かに、お主は武勇に優れ、軍を率いる才もある。……だが、お主はまだ若く、その勇敢さは蛮勇と表裏一体だ。……現状を見よ」
そう言って外を見やる。
引っ切り無しに飛んでくる火矢や炮烙玉。
突入してきた織田が、籠城している浅井が兵士と戦闘を始め、そこらかしこから金属の打ち合う音が聞こえてくる。
だが、そこらかしこから火の手が上がっており、既に趨勢は決まった様なモノだ。
「……聞こえるか長政。浅井が将兵の叫声が。女子供の悲鳴が。この小谷を、我等が愛すべき国を燃やし尽くす炎の音が。そして見よ。敗れた浅井の末路を」
久政の言葉に、長政が漸く気付いたかのように耳を澄ませ、城下を見る。
「――っ!!」
長政は言葉を失った。
長政は故郷を、近江を、この小谷を愛していた。
それが、今では将兵や女子供の血肉で溢れ返り、血肉や屋敷が焼かれる独特な臭いが充満している。
愛すべき故郷が、いつの間にか地獄へと変貌していた。
それを絶望の表情で見下ろす長政に、久政が声を掛ける。
「……長政。お主は此処より逃げ、同盟者である朝倉殿の下へと逃れよ」
「――っ! ち、父上は!?」
驚き振り向く長政の目に映ったのは、刀を片手に、覚悟を決めた表情の久政であった。
「……武芸に拙い儂では、城より抜け出す事は出来ぬが、武勇に優れたお主にならば、抜け出せる可能性はある。現当主であるお主が生き残れば、浅井は滅びても血筋は絶えぬ。何れ浅井の名を再び天下に轟かせる事も出来よう。精鋭を連れ、逃げるが良い。……達者でな」
有無を言わさぬ久政の様子に、長政も久政の覚悟を知り、眼に涙を浮かばせながらも、しっかりと頷いた。
「――父上も、ご武運を!!」
そう言って退室していく長政を、久政は複雑な表情で見送る。
「……今の儘では長政が越前に逃げたとて、恐らくは朝倉と共に滅ぶだろう。……口惜しい事ではあるが、それは先に逝く儂にとってはどうにも出来ぬ事よな」
そう呟いた久政は、ゆっくりとした足取りで、死地へと歩み始めた。
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この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
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