第五話 軍議 ”桶狭間の戦い”
※指摘を受けまして修正。
遠江云々→いくつかの国。
これで良いよね? ね?
尾張国 清洲城下町 食事処 《視点:須藤直也》
「……ほぉ、浪人の真似事を」
信長と俺は清洲の城下町にある、信長行きつけの食事処に来ていた。
一国主がこんな庶民染みた食事処を行きつけにしているのは驚きだが、”大うつけ殿”ならばさもありなん、だろう。
「はい。師を亡くしてより幾つかの国を回り、幾つかの戦に参戦して、一年程前に尾張に」
俺が少年の姿でこの世界にやってきて、それを引き取って育ててくれた師匠。
剣術は勿論、軍略、馬術、情勢、仕来り等、俺が食っていける様にと自分の持つありとあらゆる知識を俺に与えてくれた。
その人が亡くなってから、俺は各地を放浪しながら傭兵の様な暮らしをしてきた。
元は平和な世で、ただ戦国の事を学んでいた俺がここまで生きてこれたのは師匠の教育のお陰だ。
「ほぉ、では俺が弟を殺した事も」
「はい。存じております。……それと今悩まれている今川の事も」
食事の席にしては偉く物騒な会話だが、目の前には肴と共に酒が並ばれている。
昼なのに、それを互いに傾けながら、話は進む。
「そうか。……お前なら、今川にどう対処する?」
ふと、信長がそう聞いてきた。
信長が浮かべていたのは”第六天魔王”などと呼ばれて恐れられた乱世の英傑ではなく、『危機に瀕し、どうすれば良いのか分からない』一人の人間の”顔”だった。
だからこそ、俺は自信を持って答えた。
「……戦いまする」
「――っ! で、あるか。だが敵は俺等より強大だ。どう立ち向かえば良いのか、てんで浮かんできやしねぇ」
だが、史実においては信長は今川を打ち破っている。
それがこの、色々とあべこべな世界でも出来ない訳が無い。
「……寡勢によって多勢を破った事など、歴史を見ても大して珍しい事では御座いませぬ。そして、その多くが――」
「奇襲、か」
どうやら信長も理解しているらしい。
「はい。精鋭を率い、敵の油断を突いての奇襲。それこそが今川を打ち破る唯一の策かと」
「……そう、か。……そうだな」
そう呟いた信長は杯に残った酒を飲み干し、立ち上がる。
その顔には既に迷いは無かった。
「……お陰で覚悟が出来たぜ須藤。……お前、少しの間でも良いから俺に力を貸してくれや」
そう言うと俺の肩を掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「――はい?」
「俺の周囲には武勇に優れる者は多いが、知恵者ってのは余りいねぇ。だから手前の頭、俺が買う――ほら、行くぞ!」
そしてズルズルズルズルと、俺を引っ張って行った。
あの、町の人がすっごくこっちを見てるんですけど。
無茶苦茶恥ずかしい。
……ま、いいか。
この世界が『史実通りに進む』のか、それとも『あべこべな世界である故、思わぬ方向へと変化していく』のか。
それを見極めなければならない。
だからこそ、今はまだ史実通りに歴史を進めよう。
”田楽狭間の戦い”における”織田軍の勝利と今川義元の討死”という史実通りの結果に向けて。
――織田信長の元で。
数刻後 清洲城 上段の間
「良し。じゃ、評定を始めるとすっかね」
清洲城では、再び織田家家臣総出の評定が行われていた。
上座には当主織田三郎信長が、背を伸ばし、堂々とした佇まいで胡坐を掻いて座っている。
その前で、家臣達は平伏していた顔を一斉に上げた。
「……さて、先の評定で、今川の上洛に対し、俺等がどう対処するか。それで意見が分かれたが――」
信長は家臣達に、獰猛な笑みを浮かべる。
「今川とやり合う事に決めた。これは尾張国国主、織田家当主としての意志であると心得よ!」
「「「――はっ!!」」」
一部の者達が一瞬驚きを、別の者達は信長と同様獰猛な笑みを浮かべるが、直に表情を戻して一斉に頭を下げた。
「で、だ。……此度の戦。ただ真正面から戦うってんじゃ勝てねぇ事は明白。……つーわけで、客将を連れて来た。――入れ」
評定下座の障子が開き、入って来たのは着物の上に襤褸を纏った青年だった。
青年は家臣団に向けて頭を下げ、
「……須藤直也に御座います。少しの間、織田上総介様に与力する事とあいなり申した」
家臣達は須藤を警戒の色濃い訝しげな眼で見る。
だが、それを見て、
「……俺の客だ。文句は言わせねぇ。……で、だ。とっとと今川への対策を練ろうじゃねぇの」
信長の一声で家臣団達は直也から眼を離し、信長を見る。
その顔には、先刻浮かべていた思案の表情はなく、有り余るほどの自信と、やってやろうという覚悟からの笑みが浮かんでいた。