第四十五話 暗躍するのは
拒絶した理由はちゃんとあります。
「……失礼致しまする」
立ちあがり、退出していった須藤を見送って、信長は深い深い溜息を吐いた。
目の前には、勇気を出したにも関わらず拒絶された柊と、断られると思ってもいなかったお濃の方が、見つめ合っている。
その表情に、断られたが故の悲哀さは浮かんでいない。
何方かというと、どういう意図なのかを計りかねている様な顔だ。
「何を考えてやがるやら。……てんで分かりやしねぇな」
思わず口からそう漏れる。
悪い話では無かったはずだ。
だが、須藤は柊との婚姻と、何かを、何方が重要かを比べ、結果として何かの方を取ったのだ。
「……須藤殿の様子では、柊との婚姻が嫌で断った訳ではありませんね。……上総介様、何か聞いておりませんか?」
お濃の方が訊ねてくるが、信長とて何故断ったのかがわからない。
「……いや、何も聞いてねぇよ」
「……ならば”軍監衆”で何やら考えておるのでしょうか?」
今し方須藤に断られた柊が、冷静な面持ちで問うてくる。
……あり得ない話ではないな、と信長は考える。
調略や軍略の殆どを任せている為、俺が知らないところで策が実行されていても不思議ではない。
……国として、臣下としての在り方としてはどうかと思うが。
「だとするなら、別に気にする必要はねぇ。此度は断られたが、何れ機会もあるだろ」
普通ならば、ここで断られた柊は他の者に嫁がせるべきなのだろう。
柊も既に数え年で十七となる。
女子に対していう事ではないが、この年では行き遅れである。
親である古出惣五郎が、女であり、跡取りでないことを理由に好きにさせているが、普通の武家の子女は生まれながらにして政略結婚に使われる運命にある。
今の状況では柊が他の女共に馬鹿にされるだろう。
「やはり女子が武芸武略を覚えるのは間違っております」等と言う者もいるだろう。
それから柊を守る為には、どうすれば良いか……。
「……ま、まだ決めるにゃ早いか」
考えに考えた信長は、結局は考えるのが面倒臭くなった為、お濃の方に酒を用意させ、遅くまで飲んだ挙句、二日酔いに苦しんだとか。
【視点:須藤惣兵衛】
柊殿殿との結婚を拒否した俺は、その場に居辛くなったので退出し、蝋燭の明かりだけが照らす薄暗い廊下を歩いていた。
既に夜も更けている為、人気は無く、俺の足音だけが響いている――と、
「――これはこれは、惣兵衛殿」
俺以外の人気が無い筈の廊下で、突如声を掛けられた。
その人物は――
「弾正殿か。この様な夜更けに珍しいな」
大和一国を信長より任せられている”乱世の梟雄”こと松永弾正少弼久秀だった。
突然声を掛けられたが、俺も驚かずに応対する。
言葉遣いも、適当で良いと言われたので、それに従っている。
「いやいや、須藤殿こそ。……如何なる用で?」
飄々とした態度で訊ねてくる松永に、俺は訳を話す。
「……柊殿との縁談が上がってな」
「ほぉ……それはそれは目出度う御座いますなァ」
「……断ったよ」
俺の言葉に、松永は驚かない。
ただ「左様ですか」と言って笑うだけだ。
だが、ふと今思い出した、と言う様に手を叩き、俺の耳に顔を近付け、
「……そう言えば須藤殿、近頃、家中の心無い者等から、この様な話が流れておるそうですよ。――『須藤惣兵衛が”軍監補”より”軍監衆”に落とされたのは、殿への諫言により、殿の機嫌を損ねたが故らしい』と」
ククク、と喉を鳴らす様に笑う松永に、
「そんなもの、言わせとけば良い。――そんな事より、あの件については進んでいるか?」
俺は周囲に聞かれない様に、声を潜めて松永に聞く。
「……無論。既に拙の家中の者を動かしております。現状、事は上手く進んでおりますよ」
松永も、同じ様に顔を近付け、小声で答える。
ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべて。
良し、こいつがそう言うのならば、成功したと言っても良いだろう。
「そうか。……俺は朝倉浅井攻めで動けない。……件については弾正殿に任せて良いか?」
「えぇ。ただ将軍やらを見張るだけですからなァ。……委細全て、拙にお任せを」
頷く松永に頷き返して、俺と松永は分かれた。
俺と松永の口元には、知らずの内に笑みが浮かんでいた。
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この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
其方もご覧いただければ幸いです。
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……別作品投稿したいグギギギギ!