第四十三話 朝倉・浅井侵攻前夜
恋愛話は苦手です。
何故かって?
察してください。
1560年 四月上旬 京 【視点:須藤惣兵衛】
近衛前久、細川藤孝と幕府の重鎮達と会い、細川藤孝へはとある策を授け、二条御所にいる義昭や近江の六角、阿波の三好衆には顕如や、幾人かの家臣で睨みをきかせ、甲斐の武田には今川を充てる事で、反織田勢力の動きを封じる事が出来た。
加えて、三河より徳川軍が織田軍と合流し、これで近江と越前に攻め入るのみとなっており、翌日には出陣する事となっていた。
そんな夜に、俺は信長に呼ばれた。
「おぅ、来たか須藤」
珍しく、信長は飲んでおらず、白湯を飲んでいた。
「……酒を飲んでないなんて珍しいな」
「出陣前で身体が熱くてな。酒を飲んでこれ以上身体ァ熱くしたくはないんでね」
まぁ分からなくもない。
俺も出陣前故に、気分が高まっていて、身体が熱くなっていた。
「で、俺に何の用だ? ……戦支度は既に整え終わっているはずだが?」
朝倉、浅井に対してどう対応するかは、既に”軍監衆”で決めているし、それを信長や家臣達にも伝えてある。
「あぁ、そんなんじゃねぇよ」
俺の質問に、信長は笑みを浮かべて否定する。
俺は信長が何を考えているのかわからず、仕方なく信長の前に座る。
「……で? じゃあなんで俺を呼んだんだ?」
信長は、白湯の入った杯を置くと、俺の顔をジッと見て、
「おう。……須藤、手前――嫁、いらねぇか?」
突然、そう言った。
「………………はい?」
……コイツハ何ヲ言ッテルンダロウカ?
俺が嫁を貰うとか何の冗談だ?
「……お前、やっぱり酔っぱらってんじゃねぇのか?」
俺は信長の顔をジト目で見るが、信長はいたって普通だ。
「無礼な奴だ。俺は勿論本気だぜ? そもそも、手前、今何歳だ?」
俺の年齢?
……そう言えば何歳位なんだろうか?
師匠も、山で倒れていた俺を見つけたって言ってたから何歳かってのは詳しくは分からないんだけど。
……そうだなぁ。
「……多分二十七位か?」
俺は首を傾げながら答える。
「……なんで手前自身の年齢がわからねぇんだよ?」
「いや、幼い頃に山で倒れてたのを師匠に拾われてさ。で、育てられたから詳しくは分からないんだ」
「……ま、細けぇ事ァいいか」
そう言って、一度咳をすると、
「手前、二十七歳にもなって独り身だろ?」
「……そうだな」
……いや、だって仕方ないじゃん。
出会いなんて、浪人の身にあるわきゃねぇだろ。
信長と出会うまでは放浪してたし、客将だった時も、戦やら奇妙丸様達に兵法教えたり、鍛錬したりと忙しかったし。
女との出会いなんてある訳ない。
……前世――と言っても良いのかは知らないが――も縁なかったし。
多分そういう星の下に生まれてるんだろう。
最早、最近は諦めてたし、というか、そんな事を考える暇なんて無かった。
「そんな手前に、俺が手前の嫁になってくれるっつー酔狂な女を紹介してやろうと思ってな」
「……マジで?」
「? ……その”マジ”ってのが何なのかは知らねぇが、”軍監衆”に名を連ねる人間が、独り身なんざぁ恰好つかねぇだろうが」
……おっと、思わず口から出てしまった。
でも、信長の言い分も一理ある。
この世界では十代前半での婚姻なんて珍しくも無い。
寧ろ、俺の様に独り身の人間の方が少ないし、珍しいだろう。
農民出の秀吉は、二十代中盤で結婚したらしいが。
「んで? 俺に嫁いでくれるっつー酔狂な女って誰よ?」
俺が信長に尋ねると、信長はしたり顔でニヤリと笑い、
「応。……入って来な」
と、部屋の外に向けて声を掛けた。
そして、静かに障子が開き、そこに現れたのは――
「……柊殿?」
俺が兵法や武芸を教えた弟子的存在、古出家長女の柊殿だった。
……え、もしかして柊殿が?
柊殿は入室すると、きびきびとした仕草で座り、三つ指を付いて、
「……古出家が末子、柊に御座います」
……うん、知ってる――じゃなくて!!
「――おい信長。俺、武家でもなんでもないぞ? 普通、もっと格式のある、織田や古出の力になってくれる武家に嫁がせるのが普通じゃねぇのか?」
この時代の婚姻は、つまりは伝手や同盟関係を結ぶ為の、所謂政略結婚が基本だ。
それに当てはめれば、俺は武家でも無ければ、家も無く、しかも立場も”軍監衆”の一人という、決して高い立場とは言えない。
俺と結婚するメリットが、柊殿には無いのである。
「柊殿程の女性なら、もっと他に相応しい家があると思うんだが?」
「……いや、まぁ、うむ。俺もそう思っ――ヒッ!!」
信長の驚く声に、信長の視線の先を追うと、そこにいたのは、
「奥方様?」
信長の妻、お濃の方様であった。
その顔に浮かんでいたのは、美しい、見惚れそうな笑みであったが……あの、奥方様? 何故眼が笑ってないんですかね?
というか、何故奥方様と柊殿がこんなところにいるんだ?
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