幕間 竹中半兵衛と信長
以前投稿し、削除したものを、編集し、再投稿します。
ちゃんと意図があっての事です。
例えば主人公の異名とか。
1556年 美濃国 岐阜城 【視点:竹中半兵衛】
「来たか半兵衛」
もう日も暮れ、夕闇が辺りを覆った頃、信長殿に呼ばれた私は城の一室へと来ていた。
そこには信長殿ともう一人、若い女子がおり、表情を浮かべぬ儘に膳を二つ用意していた。
少女は此方に気付くと、小さく頭を下げる。
その手に持つ膳の上には徳利、そして肴。
「手前と飲もうと思ってな。柊、今日は下がって良い」
機嫌良さそうな信長殿は柊と呼ばれた少女にそう言うと、少女は頭を下げて出て行った。
「……側室殿ですか?」
私がそう訊ねると、信長殿は苦笑いして「よせやい」と言った。
「ありゃ古出の末の娘でな。兵法書を嗜み、剣や弓の腕も立つ賢明な娘だ。……時折酌をさせては話をするのだが、的確な回答が返ってくるので面白い」
そう言いながら、既に杯に入っていた酒を呷る。
私は古出、古出……と頭の中で人物を一致させる。
柔和な笑みの、お人好しそうな男が浮かんできた。
「あの優しそうな御仁のご息女、ですか?」
「ハッハッハ! そう思うよなァ。……ま、アイツにゃ懸想してる相手がいるからなァ。俺は他人に懸想してる奴を側女にする程外道じゃねぇよ――さ、飲めや」
声を出して笑った信長は、嬉しそうに呟き、私の杯に酒を注いだ。
私はそれを一度掲げ、そして一気に呷る。
「……おぉ良い飲みっぷりだ。アイツぁどうやら須藤に懸想してるらしくてなぁ……ま、当人がいなくなっちまったんだが」
須藤?
あの文を書いた人物か。
「須藤殿はいらっしゃらないのですか?」
「ん? ……あぁ、もう七日程経つか? 手前と、播磨の小寺官兵衛って奴を『部下にしろ。絶対に天下を制する為の力になる』つって出てったよ。”新加納”で手前に負けたのが意外と堪えたらしい」
そう言って信長殿は心底愉快だと言うようにククク、と笑う。
……ふむ、私と小寺官兵衛殿を推挙した、と。
小寺官兵衛の名は聞いた事がある。
城の普請や軍略にも優れる知恵者であるとか。
それまで主君に知恵を授けるも、陣営を去り、知恵者を授ける、か。
「……まるで徐福ですな」
私は自然とそう口にしていた。
「徐福? 誰だ?」
「徐福……字を元直。またの名を徐庶、単福などとも呼ばれておりますが、蜀王劉玄徳が”伏龍鳳雛”を手に入れる前に劉玄徳の軍師として戦に貢献し、また劉玄徳の陣営を去る際に劉玄徳に”伏龍鳳雛”の事を教えた人物です。知略に通じると同時に、撃剣の使い手であったとか」
それを聞いた信長殿は再び声を上げて笑った。
「成程成程。手前等が”伏龍鳳雛”なら、手前等を推挙したアイツは”徐福”か! なら、俺はさしずめ劉玄徳ってところか?」
何方かと言えば、信長殿は、才ある者を身分関係なく登用した魏王曹孟徳だと思ったが、別にここでいう必要も無いだろう。
私は、信長殿に提言する。
「これよりは個人の武勇ではなく、鉄砲を使った集団戦が主となりましょう。確かに、武勇に長けた者がおれば心強いですが、知恵者の役割が重要となります。須藤殿の言う通り、小寺官兵衛殿が”伏龍鳳雛”に能うのならば、手に入れる他ありません」
織田軍の所有する鉄砲の数に比べれば、越後の龍、甲斐の虎の持つ鉄砲の数など塵と言っても過言ではない。
それほどに、織田軍の鉄砲の数は多いのだ。
尾張が越後や甲斐に比べ、堺に近く、鉄砲が手に入りやすく、その値段も半分程であるが故、数が揃え易いのだ。
そして、その鉄砲を使った織田軍の戦い方は、この日ノ本においても最も先を行く戦い方だ。
それ等を効率良く、上手く運用し、その能力の全てを発揮してこそ、策略家だ。
「……須藤は絶対に戻ってくる。その時に小寺官兵衛が俺の臣下になってくれてりゃ、俺の下には”伏龍鳳雛”に加えて、徐福が揃うって訳だな」
「私が”伏龍”と例えられるのは過大評価だと感じますが……で、あれば官兵衛殿が”織田の鳳雛”、須藤殿が”織田の徐福”ですか」
信長殿がそこまで信頼する須藤という人物、そして、その須藤殿が私と同じく推挙した小寺官兵衛。
早く会ってみたいものだ。
そして、兵法について、話し合ってみたいものだ。
私は機嫌の良さそうな信長殿を見ながら、そう思った。
ブックマーク、評価有難うございます。




