幕間 裏では
恋愛話……になる予定。
……苦手なんだよなぁ。
時期的には主人公が旅に出た後。
1556年 岐阜城
その日、信長は奥方である濃の方と、古出惣五郎と柊親子を部屋に呼び、酒を飲んでいた。
このメンバーでの話題は勿論、旅に出た須藤直也改め、須藤惣兵衛の事だ――というか愚痴を披露する場所になっていた。
「……アイツは理想が高すぎるんだっての。……ったく、今のアイツでも十分だろうに」
自分で行ってこいなどと言っておきながら、未練たらたらな信長である。
「まぁまぁ……須藤殿に『行ってこい』と仰ったのは上総介様では無いですか」
それを慰めながら、酒を注ぐお濃の方。
その姿は非常に仲睦まじく、正に『おしどり夫婦』といった様子だ。
「惣五郎、手前にも苦労を掛けたな。突然客を住まわせろなんて」
「いえいえ、余り欲の無い御仁でしたので、此方も大した苦労や手間などしておりませぬ。寧ろ、娘に様々な事を教えて頂いて感謝すらしておりますよ」
のぉ? と惣五郎が隣に控える柊に顔を向ける。
惣五郎にそう訊ねられた柊は、
「はい。……本当に様々な事を教わらせて頂きました」
と噛み締める様に眼を瞑り、ゆっくりと頷いた。
その姿を見て、お濃の方がニコリと笑みを浮かべ、
「……柊は須藤殿をお慕いしているのですね」
と、突然そう言った。
「「……はい?」」
驚きと困惑の声を上げたのは男二人。
対して柊は、ポカンとした表情を浮かべている。
三人の表情を見てクスクスと笑い、
「……強き男に惹かれるのは女の性。柊殿が須藤殿に懸想していたとしても何らおかしな事ではありませんでしょう? 」
お濃の方の言葉に、
「……本当なのか?」
「……柊?」
信長と惣五郎が呆気にとられた様子で柊の方を見る。
だが、当の柊は、
「私が……須藤殿を……懸想……私が、ですか?」
と自分に問う様に呟いており、信長と惣五郎からの視線には気付かない。
確かに、柊は須藤の事を好意的に感じている。
戦場においての素早い決断と臨機応変な対応力。
竹中半兵衛には劣るが、効果的な策を立て、武芸の腕も確かだ。
だが、一方で普段の須藤は温和で、面倒見が良く、思慮深い。
それに戦に出る前の、普段の表情とは違う緊張感を孕んだ顔は凛々しく――
そこまで考えて、須藤の顔を思い出した柊の頬が少しだけ赤くなる。
それを目敏く見つけたお濃の方は、艶やかに笑う。
「……どうやら、心当たりがあるようですね」
「…………はい」
お濃の方の問いかけに、幾分かの時間が経った後、消えかかりそうな程の小さな声で、柊が同意した。
それを聞いたお濃の方は、手をパン、と鳴らし、
「愛する者を得た事、真に良き事――上総介様」
と信長に顔を向け、
「須藤殿と、柊を、契らせては頂けませんでしょうか?」
「……いや、うむぅ。…………しかしなぁ」
困ったのは信長である。
須藤当人がいない間に勝手に決めて良いモノか。
また、古出は武家であり、客将とはいえ、出自不明な須藤と婚姻させても良いモノか。
迷う信長に、お濃の方が意地悪そうな、妖艶な笑みを浮かべる。
「……上総介様、須藤殿は浪人。いつ他国より乞われ、その国に手を貸すとも限りません。須藤殿を手中に留めておきたいのであれば、柊と結ばせ、織田との繋がりを作っておくが宜しいと思いますが?」
お濃の方の言葉に、呆気にとられた信長であるが、
「……成程。確かに須藤を手放さない為にはそうするのが手っ取り早い、か。……濃よ。手前、流石”蝮の娘”だな」
そう言ってニヤリと笑ったのだった。
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