幕間 織田の若者達
時期としては須藤が旅に出た少し後の設定。
1556年 美濃 岐阜城
「……ふぅ」
須藤が奇妙丸、柊、勝三に兵法等を教えていた部屋で、奇妙丸は一人、読んでいた兵法書を畳み、一息吐いた。
須藤が旅立ってから早数日経っていたのだが、つい癖でこの部屋に来てしまっていた。
「……若様、お茶をお持ちしました」
そこに、柊が声を掛ける。
「おぉ、柊か。……お主もつい此処に来たのか?」
奇妙丸の質問に、柊が苦笑いで答える。
柊も、いつもと同じ様に須藤に教えを乞う為に来たのだが、奇妙丸が一人で書を読んでいる姿を見て、須藤がいないことに気付いたのである。
その後、奇妙丸が書を読み終わるタイミングを見計らい、茶を用意したのだった。
「どうぞ」
奇妙丸の前に茶を置き、奇妙丸より人一人分の間を開けて畳に座る。
「うむ、すまんな」
そう言って茶を一口飲み、一息吐く。
「……そう言えば、須藤はどこに行くと言ってたのだ?」
「そうですね。……確か京や大和の方へと向かうと仰っておりました」
「京か。……どの様な場所なのだろうな?」
京へと行ったことのない奇妙丸がそう思いを馳せる。
幕府の将軍のお膝元、日ノ本の中心地。
日ノ本随一発展していると言っても良い場所が、どの様な場所なのか、気になった。
「近頃の京は公方様が身罷られた為に荒れ果てておるそうですよ。大和の雄、松永弾正少弼、三好三人衆の軍勢が京を闊歩しているとか……」
「ほぉ~……そのような事になっておるの――」
「お~、若に柊じゃねぇか! 何してんだ?」
そうして二人で話しているところに、今度は勝三もやってきて、縁側に腰掛ける。
その肩には槍を担いでおり、汗を掻いているところを見ると、どうやら鍛錬の後らしいが、その顔には疲れなど見えず、寧ろ溌剌としていた。
「勝三殿、若に対してその様な言葉遣いは無礼では……」
「良い良い。勝三の織田への忠義は知っておるし、それに家臣にはこの様に接してくれる者などおらぬ故、逆に心地良い」
柊が嗜めようとするが、奇妙丸が笑ってそれを制する。
その姿に、須藤と接する際の信長がダブって見え、やはり親子なのだなと柊は思った。
「して、勝三は何故ここに参った?」
「おー、さっきまで柴田の小父貴や佐々の小父貴や前田の小父貴等と一緒に仕合っててよー。で、須藤の旦那を探しに来たんだけどさ。途中でもういねぇんだって気付いちまって」
そう言いながらカラカラと笑う。
それに対して、奇妙丸も柊も苦笑いを浮かべる。
この三人は一年程の短い期間であったが、須藤に兵法や内政の基礎、武芸等武士として、武将として学ぶべきあらゆることを学んでおり、心の中では須藤の事を師として尊敬していた。
特に、奇妙丸にとっては、”桶狭間”において自身を庇いながら戦ってくれた人物だ。
”新加納”で須藤が負けた際には、あり得ないと驚いた程である。
それ程、この三人からしてみれば、須藤という人物は強者であり、知恵者であった。
「ふむ。……では、勝三。久方振りに私と仕合おうではないか」
須藤がいた時の事を思い出し、暫し瞑目していた奇妙丸は、そう言って立ち上がる。
それに対して、
「余りご無理をして怪我など成されませぬよう。若様の身は織田の玉体が一つなのですから」
と柊が忠言する。
「怪我なんて武士にとっちゃ珍しいモンじゃねぇだろ? 戦場に立てば切り傷擦り傷なんてあたりまえじゃねぇか。――さ、若は得物は何を使うんだ? 刀か? 槍か?」
「そうだな。……良し、此度はお主と同じ、槍で仕合うとしよう」
「よっしゃ! 絶対勝つぜ! 主君より弱い家臣がいてたまるかってんだ!」
そんな柊の言葉にそう反論する勝三と、勝三に対して嬉しそうに応じ、部屋を出て行く奇妙丸。
そして、自分の前で仕合い始めた二人を、呆れた様な、心配そうな表情で見つめる柊。
須藤が教えた若き者達は、日々健やかに成長していた。
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この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
其方もご覧いただければ幸いです。
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