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第四十一話 今川の動きと対本願寺の為の策

 古出屋敷 【視点:柊】



 夜も更け、酒盛りをするという須藤殿の部屋に私が酒と肴を届けに行くと、須藤殿は何を考えているのか、月を見ていた。


「如何なさったのですか須藤殿」


 私がそう訊ねると、須藤殿は笑みを浮かべて振り返った。

 ――今まで私が見た事も無い、暗く、深い、宵闇の様な笑みを。


「柊殿か。……いや、少しばかり考えている事があってな」


 恐らくは近くあるであろう公方様との戦の事を考えているのでしょうが、私には須藤殿が何を思ってそんな笑みを浮かべているのか、わからなかった。


「……須藤殿、何か悩み事ですか?」


 私がそう訊ねると、須藤殿は首を横に振った。


「いや、そうではない……が、柊殿に話すような事でもない。……今日は独りで飲ませてくれ」


 その言葉には、拒絶の意味が込められていた。

 これ以上話す事は何もない、そう仰っているようだった。

 私は結局何も言えず、部屋を辞した。








 数日後 駿府 駿府館 



「……殿、織田はなんと仰せられておりまするか?」


 居城である駿府館の上段の間にて、織田からの書状を受け取った今川家現当主今川氏真に、その家臣達を代表して、忠臣である朝比奈(あさひな)泰朝(やすとも)が訊ねた。


「ん? あぁ……足利公方の書状に従い上洛せん武田の、その背後を突け、と」


「――上総介殿は将軍家に刃を向けろと仰せなのですか!?」


 家臣の内の一人が声を上げ、家臣達もざわつき始める。

 今川は足利分家の吉良家の分家であり、家紋である”足利二引両紋”を使う事を許された家柄である。

 今川からしてみれば、足利は主家だ。

 だが、その中で泰朝は氏真の顔を見つめ、


「……殿、某は殿のお考えに従う所存。それが、例え将軍家に弓引くことになろうとも、殿と共に」


 そう言って平伏すると、家臣達も揃って平伏する。

 己の家臣に、氏真は努めて明るい笑みを浮かべて笑いかける。


「……うむ。その忠心、真に大儀。……さて、皆、公方様につくか織田につくか、考えを申してみよ」


 家臣達の意見は、織田に付く方に傾いていた。

 織田とは経済面において協力関係にある事もあり、既に同盟関係とも言える程に両家の関係は深い。

 織田が今川と結ぶ事を拒否していれば、今川は崩壊していただろうことは、家臣達も容易に想像出来た。

 その関係性を重視する人間の方が多かったのだ。


「皆の言、あいわかった。……北条の義父上や義弟は現在上杉との戦で忙しい。援軍は頼めぬだろうが、今川が武士(もののふ)の強さ、今一度天下に響かせるとしようか」


「「「「――はっ!!」」」」


 家臣達が解散し、誰もいなくなった評定の間で、氏真は一人思案に耽る。

 父ならば、あの偉大なる義元ならば、どう判断しただろうか。

 父のいない今川で、戦国最強とも名高い武田の軍勢を打ち破れるのか。

 公方を、主家を裏切って良かったのか。

 裏切ってしまえば、”御所が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ”とまで言われた今川家の名を、貶める事になってしまうのだろう。

 本当にそれが正しいのか――


「いや、詮無き事か。……主家に反逆せし裏切り者の汚名など、後世に家を残す事とは比ぶべくも無い。……私には私の出来る事をするまでよ」


 後世において”暗愚”と評された若き当主は、自嘲する様な笑みを静かに浮かべた。







 1559年 八月 石山御坊近くの村



 そこらかしこから聞こえてくる悲鳴と怒声。

 鎧を着た兵士達が、村を襲撃したのだ。

 彼等が掲げているのは――”足利二引両紋”だ。

 一番豪華な鎧を着た男が前に出てきて、大声を張り上げる。


「――我等は将軍様の直属の軍である! 鋤や鍬など、鉄になるものは全て、没収する! これは将軍の上意である! 逆らう者は根切りにして良いとのお達しだ! ――おい、運べ!!」


 そう部下に命じ、運ばせる男に、村民達が縋り付く。


「儂等が! 儂等がなにしたというのですか!?」


「俺等ぁそれがなきゃ畑が耕せねぇ!! 返してくれ!」


 縋り付いてくる村民を蹴散らし、男は怒鳴る。


「――黙れ!! この地の者は織田方に通じた本願寺に与している事は承知済みだ! 本来なれば根切りも止む無しだが、公方様からの『逆らわぬ者は殺すな』という有難い慈悲に感謝するのだな! 」


 そう言って、鉄になる者を根こそぎ奪い、逆らった幾人かを切り殺して、足利軍は去っていった。

 事実、この村の若い男達は石山御坊に詰めており、ここに住まうのはその家族達で、本願寺に協力していた。

 だからといって、こんな仕打ちを許せるはずもない。

 村の人間はすぐさま石山本願寺の法主顕如に泣きついた。

 だが、この村だけではなく、周囲の本願寺への協力を約束していた村が、幾つも同様に襲われており、その村に住む人々も、本願寺へと泣きついてきたのだ。

 これを受け、本願寺勢力は公方への憎悪を滾らせた。

 これによって、本願寺勢力はより織田方へと偏っていくことになる。






「……ふぅ」


「やれやれ……必要ごととは言え、心に来るもんだ」


 先程まで村を襲っていた兵士達は、深い山奥で休憩していたが、既に鎧を外し、”足利二引両紋”の軍旗も取り外され、その姿は町民風の装いとなっていた。


「ご苦労さん。……悪かったな。後味の悪い事をさせて」


 そんな男達に声を掛けた、村で声を張り上げていた隊長格の男――足利の兵士に変装していた惣兵衛が声を掛ける。

 そんな須藤に、兵士に変装し、須藤に従っていた”雑賀衆”の男達も「気にしなくて良い」と苦笑いを浮かべる。


「須藤の旦那ァ。こりゃあ必要な事だってのは俺達だってわかっとりやすよ」


「……ま、卑劣な策だってのは思いますがね」


「こんな事、今まで経験してこなかった訳じゃねぇですしね」


 男達の言葉に、須藤も苦笑いを浮かべるが、直ぐに気を取り直し、


「よーし、じゃ、とっとと撤退するぞ! バレるのは不味いからな」


「「「「うーっす!!」」」」


 気の抜けた返事をしながら、”雑賀衆”と須藤は山奥へと消えて行った。



ブックマーク、評価有難うございます。

次回からはシナリオの時期をナカヤマ様と合わせる為に閑話を幾つか挟ませて頂きます。


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