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第三十九話 北畠攻め

 1559年 三月



 信長、正親町天皇より副将軍職を勧められるが、これを無視。

 ……天皇の言葉を無視とか、スゲェなぁ。


 更には使われている貨幣の需要が増えた事で、粗悪なモノや悪質な私撰銭が流通しており、それを民衆が取引において悪銭を嫌っていた為に良銭を撰ぶ撰銭が行われており、円滑な流通が阻害されていたのを止める為、撰銭令を発令、それを破った者に対して厳罰を与えるなどして円滑な流通を促した。





 さて、上洛が一段落付いた信長は、一時美濃へと戻り、次に手を付けたのは滝川殿に調略を任せていた伊勢の調略である。

 先に北伊勢の有力者である神戸城城主である神戸具盛を降伏させていた信長は、残る伊勢国国司、北畠具教を攻め、伊勢国の完全攻略を目指していた。


 そんな中、1559年の五月、信長に朗報が舞い込んだ。

 南伊勢、木造城主であり、国司北畠具教の実弟である木造具政が、信長が上洛後に南伊勢を攻める事を先に知っており、信長への帰順を願い出たのだ。

 これは、滝川殿が具政の家老である柘植等を調略し、織田方に付くことを具政に献策させたのだ。


 これを聞いた北畠は激怒、具政の家老の娘を処刑すると、籠城していたのにも関わらず、具政のいる木造城へと軍を差し向けた。

 これを聞いた信長は七万もの兵を率いて伊勢国へと向かい始めた。


 史実においては、武田の動きがあり、更には徳川と今川が争っていた為、北伊勢調略に対して中々大軍を差し向ける事が出来なかったのだが、この世界においては今川と徳川が争っておらず、武田もおいそれとは動けない状況であるが故、拙速を以て伊勢調略を行う事となった。


 史実では八月から、しかも一か月以上もの時間をかけた北伊勢を、俺達は朗報が舞い込んで翌月の六月には伊勢へと攻め入った。





「……北畠のクソッたれめ。義昭公なんぞに和睦の使者を送っていたとは抜かったぜ」


 信長の悪態がすぐ横に聞こえるが、あーあー……聞こえなーい。

 北畠のおっさんも中々に考えてやがる。

 北畠具教の籠る大河内城を囲んでの兵糧攻めを行うも、あともう一歩のところで、現公方である義昭の阿呆から「和睦せよ」とのご命令。

 この時点で信長と義昭との仲は悪いのだが、無視したくても、上洛を助けた身では無視できず、それでも強引に史実通り、信長の次男である茶筅丸様を北畠の養子として迎えさせ、大河内城を茶筅丸様に明け渡すことで和睦を合意した。


 だが、この件で更に両者の確執はより表立っていくことになる。

 そして更に追い打ちをかけたのが、信長による殿中御掟(でんちゅうおんおきて)の制定による、将軍権力の制限である。






 1559年 二条御所 



 七十日という異例の短さによって建設された二条御所の一室で、煌びやかな衣服を纏った男が、ダンダンと床を蹴り、唇を血が出んばかりに噛み締め、憎らし気に呟いていた。


「忌々しいっ! たかが尾張の田舎大名如きがっ! この余のっ! 足利十五代将軍たる余をっ! これ程までに軽んじるかっ! 余が、余こそがっ! この日ノ本の主ぞ!」


 第十五代将軍――足利義昭、その怒声は宮内中に響き渡る程であった。


「――っ! 与一郎! 与一郎はおるかっ!!」


 義昭が苛々を隠そうともせず、大声で己の家臣を呼ぶ。

 暫くして、と、と、と歩く音が聞こえ、


「――細川与一郎藤孝、御前に罷り越して御座います」


 若くも無いが、老いてもいない、そんな男が現れた。

 顔には胡散臭さを纏った満面の笑みを浮かべる男の名は、細川与一郎藤孝。

 幕臣として先々代将軍義輝の時代から仕え、義輝の改名前の名である義藤より偏諱を受け、藤孝と名乗ることを許され、義輝の死後は義昭に付き従い、幕府の忠臣として義昭上洛を助けた忠臣の一人である。

 義昭は藤孝の姿を視認するや否や、


「――与一郎っ! 朝倉、浅井、本願寺、武田、六角、三好、雑賀に書状を出せ! 『将軍としての勅命である! 織田を討て!』とな! 尾張の大うつけに、一泡吹かせてやるわっ!!」


 そう命じる。

 藤孝は内心うんざりするが、それを表に出すことはしない。

 これでも権謀術数渦巻く幕府に仕える臣下として、公家や武家と渡り合ってきた藤孝である。

 その様な事は簡単であった。


(……無茶を仰いますなぁ公方様は。……朝倉、浅井は兎も角、本願寺とは利害関係を結んでおりますし、”雑賀”に至っては既に織田の家臣なのですが……いやいや、公方様は知らないのでしたか。……それとも、見ない()()をしているのか……)


 頭を下げながら、藤孝は考える。


 これまで、細川家は幕府の重臣として仕えてきたが、共に滅びるつもりは無い。

 家を残すが武家の頭領としての務めだ、と藤孝は思っている。

 それには目の前の公方(義昭)様では、最早ダメなのだ。

 この方では幕府の復権など出来るハズがないし、共倒れは御免である。

 この方は亡き義輝様と比べ、精神的な幼さと、野心が隠さんばかりであり、しかも、人を取り纏める才も、周囲を引き付ける魅力も無い……のだが、


 (そのくせ、外交(嫌がらせ)の手腕は義輝様より格段に高いのだから、厄介な事この上ないですなぁ……。現在は敵対している上総介殿も、上洛時にはこの方の我が儘に振り回されておりましたし、この細川与一郎、上総介殿には同情の意を表したいですぞー)


 と、義昭が聞いていれば、即刻打首になるであろう程に非常に無礼な事を考えている最中も、目の前で義昭は信長の悪口を捲し立てている。

 それを遮って、藤孝は口を開く。


「――委細承知、速やかに各方へ書状を送りましょう。公方様は、今暫くは織田の掌の上で踊る演技をしておいて下さいませ。――では、拙者はこれにて」


「――うむ、苦労である」


 何時までも悪口を聞いていたくはない。

 いや、既に耳に胼胝(たこ)が出来る程には聞いている。

 藤孝はそう言って会話を打ち切って平伏し、ゆらりと立ち上がってその場を辞し、御所の廊下を厳めしい表情で、堂々と、ゆっくりした足取りで歩いていく。


(……上総介殿にこの話を持っていけば、喜ばれましょうなぁ。考えれば考える程に織田の優勢。多少は苦戦しましょうが、織田の勢いは止められぬでしょうしなぁ)


「……………………降るか」


 誰にも聞こえない声で、そうポツリと呟いてから、藤孝は先程とは真逆の軽い足取りで廊下を歩いて行った。



この作品とクロスしております、ナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。

其方もご覧いただければ幸いです。


http://ncode.syosetu.com/n6524ee/


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