第三十五話 敵を増やさない為の
勢いで書いたので、間違っている部分が多くあると思いますが、気にしないでください。
1557年 芥川山城 【視点:須藤惣兵衛直也】
三好衆を追い払い、阿波へ撤退させた信長は、芥川山城に入城。
そこを本営として、そこに足利義昭も入城させた。
そして信長、それに加えて柴田殿、丹羽殿の両名、そして信長の軍監として側に控える半兵衛、そして俺は、芥川山城の評定の場で、降伏してきた松永久秀と対面していた。
なんで俺がいるのかと言うと、俺が松永が信長にあてた文に名前と『松永を味方に引き入れてくれ』と書いているからである。
こんだけの面子に見られているのに、その姿は堂々としており、流石としか言いようがない。
「……で、手前からの書状、読んだぜ? 要件は降伏で良いんだな?」
信長の質問に、松永久秀が頭を下げる。
「――はっ! この松永久秀、織田の傘下に加わりとう御座います。――されば、我が命より大事にしております”九十九髪茄子”、それと吉光の太刀を証として献上させて頂きます」
そう言って後ろに置いておいた桐箱と、刀を己の前に置く。
やっぱりそう来るよな。
俺の助言通り……というか史実通り、松永久秀は大名物である茶入、”九十九髪茄子”と、吉光の打った刀を降伏の証として差し出してきた。
これは、信長も茶を好む事から、適当だと判断したのだろう。
史実を知っている俺からすれば、現状松永久秀は決して心を許せる相手ではない。
幾ら俺の知っている”松永久秀”という人物が、後世の人物達が都合良く生み出したモノだとしても、信長を裏切った事は間違いないからだ。
だが、信長達からしてみれば、足利義輝を弑したものの、知勇兼備で、数寄にも明るい敵方の有力武将が織田に臣従しようとしている、としか見えないだろう。
現に、信長は機嫌良さそうに、
「おぉ、良し。……松永弾正少弼! 天下からの眺め、俺が見せてやる」
そう言って笑い、松永久秀も、
「おぉ、それは楽しみで御座いますなぁ……この松永弾正、上総介様の天下の為、粉骨砕身、働きまする」
と、胡散臭さ前回の笑みで、笑って答えてみせた。
「……どう思う?」
松永久秀の去ったのを見計らい、さっきまで笑っていた信長が表情を一変させて俺達に意見を求めてくる。
「個人の考えは兎も角、情勢を見るならば良い事かと。松永殿の名は広く知れ渡っておりまする。松永殿を引き入れた事で、恭順してくる者もおりましょう」
とは半兵衛の意見。
一方で、丹羽殿は、
「ですが、義昭様から見れば松永弾正は兄の仇、味方に引き入れた事が知られれば、何か言ってきましょう」
と慎重な意見。
柴田殿も、
「あれは悪い噂の絶えぬ男、心を許すは危険かと」
三好三人衆と共に、主君であった三好長慶を殺したのは彼ではないか、という噂が、広まっているのは事実だ。
……実際のところは知らんが。
知るのは本人ばかりなり、である。
だが、敵が増えるのは信長にとって悪い事にしかならない。
松永を反逆させないようにする必要がある。
ならばどうすれば松永が心から従ってくれるのか。
俺は頭の中で考えてを纏め、信長を真っすぐ見て、
「……松永の件、某に任せて頂けないでしょうか?」
あえて臣下として、信長に提案した。
数日後の夜、俺は松永久秀を茶室に呼んだ。
何時ぞやのお返しである。
使う茶器や茶道具は、信長から借り受けたモノだ。
いや、俺は茶の勉強はしても旅をしていた身で、茶器なんて持ってても邪魔にしかならないから持ってないだけだ。
「須藤殿からのお誘いとは……嬉しいですな」
表面上はそう言いつつも、眼は俺の真意を測ろうとしている。
「……いや何、松永殿は数寄者として高名故、某程度の腕、見るに堪えぬと思いまするが、多聞山のお返しと言う事で……」
そう言いながら、俺は茶を淹れる仕度を進めていく。
師匠に必要だからと叩き込まれたので、緊張もせずに手を動かせる。
有難う師匠。貴方の教えてくれたこと、本当に役に立ってます。
「いやいや、見事なモノですよ。……しかしながら智謀に長ける須藤殿の事、それだけではありませぬでしょう?」
松永久秀は、にこやかに笑った儘、そう口にする。
表情と言葉の内容が合ってないっての。
茶の場は、言ってしまえば腹の探り合いの場だ。
松永久秀も、俺も、それを良く理解している。
俺は仕度を進めながら、世間話でもしているかのように、爆弾を投下する。
「ハハハ、流石弾正殿、お見通しですな。……上総介様並び、家臣一同、心の内では思っておるのですよ。『松永弾正は心から織田に臣従し、尽くしてくれるのか』と」
それを聞いても、松永久秀の表情は変わらない。
にこやかな笑みを浮かべた儘、俺の事を興味深そうに見ている。
だが、その眼の奥は――笑っていない。
「それはそれは……まぁ致し方無いのでしょうなぁ。……君主殺し、将軍殺し、裏切りを重ねた拙ですからな」
事実はどうあれ、松永は冗談でも言う様に、そう話す。
そして俺の眼をジッと見て、
「して、織田が欲しいのは金ですかな? それとも大和の領土ですかな? それとも茶器でも? 信頼していただけるのならば、拙はありとあらゆるものをご用意し、献上致しましょう」
「……いえ、その必要はありませぬ」
俺は、松永久秀の位置からは見えないように置いておいたそれ等を松永久秀の前に並べる。
すると、それを見た松永久秀の表情が、笑みから驚きへと変化する。
「……これは、”九十九髪茄子”!? 何故此処に?」
俺が松永に見せたのは、松永が献上したはずの”九十九髪茄子”と、高価なのが分かる茶器の数々。
「確かに、これは貴殿が上総介に献上した”九十九髪茄子”に御座います。しかしながら、信長公は松永殿と茶を飲むと言う某に、こう仰せられました。……『もし、松永殿が心より俺に臣従してくれるのならば、”九十九髪茄子”を返し、俺自らが選んだ茶器も僅かながら譲ろう。更には大和一国を与える事を約束する故、それを伝えよ』と」
実際には嫌だ嫌だと駄々を捏ねる信長に、『敵が増え窮地に陥るか、茶器一つを失うか何方が良い?』と脅は――ゴフン、聞いたのだが。
松永久秀は現在でも後世でも、数寄者として高名だ。
特に、お気に入りだった”平蜘蛛”を渡したくないが為に、茶器を割って自爆した、などという逸話が残されている位だ。
それからしても、この手は悪くない筈。
「…………これはこれは。……まさか、そのような手を……」
思わずと言った様子の松永久秀。
どうやら効いているようだ。
「……もし、拙が断れば如何になさるおつもりですかな?」
動揺を表に出さないように、努めて冷静な表情を作って訊ねてくる松永に、俺は気にした様子を出さず、明るい声で、
「そうですなぁ……。”目利き”としても高名な松永殿に『数寄よりも乱世の華を取る』と断られたのです。この茶器等にとっては恥でしょうし、いっそ歴史の闇に葬るのが茶器にとっても宜しいかもしれませんなぁ……」
と答える。
それを聞いて、松永は眼を見開き、
「それはっ! ――っ。……」
思わず叫んでしまったのだろうが、その心の中ではいまだに葛藤している事だろう……ケケケケケ。
松永等数寄者にとって、時に茶器や茶道具は、領地や報奨金にも勝るモノ。
あの滝川殿も、史実では領地よりも茶器を欲しがったって逸話もあるしな。
だが、幾ら茶を学ぼうが、現代人感覚の抜けない俺にとっては、正直に言えば茶器なんて何でも良い。
俺からしてみれば、茶器はただの交渉を上手く運ぶ為に必要な道具だ。
……ま、壊す気なんてさらさら無いけどな。
こんな貴重なモノ、壊したら信長から怒られるわ。
これで松永が受け取らなければ、『反逆の言あり』と信長等に報告するだけだ。
そうすれば信長は松永を放ってはおかないだろう。
「――さて、如何致しまするか?」
『武士として、数寄者として、安寧の世も生きる事を選ぶ』か、『史実通り、戦乱の世で花と散る』か。
数寄を取るか、”死”を取るか、二つに一つだ。
――さぁ、選べよ松永弾正久秀ェ!!
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