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第三十一話 松永弾正少弼

久しぶりの主人公回。

色々動いてるんです。

 信長が将軍の弟である義昭を奉じて上洛をしようとする少し前、そんな事は知らない俺は、京の町へと到着していた。

 徒歩ならもっと掛かっただろうが、馬で駆けてきたので思ったよりも時間も掛から無い為、あっちこっちぶらぶらと旅した末に、京の町へと入った。

 京の町と言えば、室町幕府のお膝元として栄華を極めた当時の日本の首都とも言える都市である……のだが、応仁の乱で市街――特に北側の街の大半が焼失してしまい、更には人口が一気に増えた事等により、その栄華の見る影も無い程に荒廃していた。

 十三代将軍足利義輝の住んでいた『二条御所武衛陣の御構え』と呼ばれた城ですら、先の三好三人衆の襲撃によって焼け落ちてしまっていた。

 それから暫く経っている為、見たところではそれなりに復興はしてきているが、度重なる戦火に晒されてきたからか、人々の顔には覇気がない。

 それに一歩武家や公家の住まう場所から外れれば、店に並んでいる野菜やら魚なんかも状態が良くないモノばっかりだ。

 そのくせ道行く人間の数が多くて、そこらかしこでぶつかりあったりしてる。


 ドンっ!


 そんな事を考えていた俺も、町民の恰好をした男とぶつかってしまった。

 俺よりもがっちりとした体形のはずだが、勢いが俺の方が強かったのか、相手が尻もちをついてしまった。


「――あぁ、申し訳ない」


 俺が手を差し出すと、「あぁ、いえ此方こそ」と相手も俺の手を取ったので引っ張り上げる。

 立ち上がらせるだけだったはずが、男はその勢いの儘俺の耳元に顔を寄せ、


「須藤殿、我が主が貴殿にお会いしたがっています。……お越し下さいますな?」


 そう、俺にしか聞こえない声で囁いてきた。

 俺が掴んだ手とは逆の袖に隠された右手には小刀が、鈍く輝いていた。

 ……おいおい、歩いてるだけだってのに、本当にこの時代の他人は信用ならないねぇ。

 町民だと思ったら紛れ込んでた草だなんて。ビックリダー。

 つーか俺の名前なんで知ってるの?

 もしかしてずっとつけてたのかよ。


 ……で? 主って、誰よ?





「須藤殿、お初にお目に掛かる。拙の名は松永久秀。朝廷より弾正少弼の位を賜った者に御座います。此度は急なお誘いにお越し頂き、真に有難く」


 俺がいるのは東に現在の奈良の入り口である奈良坂を、そして南東に東大寺、南に興福寺を眼下に望む要地であった眉間寺山に築城された多聞山城、その城内にある茶室である。


 いや、それは良いんだけどさぁ……。

 ……マジかー、今回の戦(上洛戦)のラスボスじゃねぇかよおい。

 無茶苦茶逃げたいんですけどぉ……。

 まさかの”乱世の梟雄”と一対一で茶とか、恐ろしい事この上無いんだが。


 男が言っていた主とは、三好三人衆と共に前将軍足利義輝を弑した松永久秀であった。

 史実はどうか知らないが、俺の眼には茶の準備をしている渋い雰囲気を纏った切れ者そうなおっさんにしか見えない。

 ”乱世の梟雄”という異名から悪評のイメージが絶えない松永久秀であるが、城郭建城の第一人者であり、ルイス・フロイスの著書である”日本史”において『偉大な、また稀有な天稟 (生まれ持った才能)を持ち、博識と辣腕を持ち、腕利きである』と称する程に有能な人物だ。

 ”足利季世記”でも、『分別才覚、人に優れ、武勇は無双なり』と称して――まぁそれと同時に欲が深いとも言っているのだが――いる。

 その智謀は信長も大層あてにしていたらしく、三度目の謀反をした際にも久秀の持っていた名器である”平蜘蛛”を差し出せば許す、と考えていた程だったらしい。

 それに加えて、信長に反逆したのは事実だが、前の主君である三好長慶に仕えていた頃は裏切りせず、忠臣として仕えており、嫡男と同等の扱いと信頼を受けていたと言う。

 その数寄者ぶりは有名で、茶器の目利きも正しかったとか。

 どんだけチートなんだよこのおっさんは。


「ゴホンッ! ……須藤惣兵衛に御座る。此度は如何なる用で某を招いたのか、お聞きしても?」


 考えを断ち切って、咳をしてから名乗り、松永をジッと見て訊ねる。


「いや何、信長公を上洛するまでに伸し上げた、その一端を担った御仁にお会いしてみたかったのですよ。田楽狭間にて今川をその策にて破り、墨俣に短期間で城を築き上げた貴殿にな」


 松永は茶を立てながらシレッとした様子で答える。


「……良くお知りで」


 此奴、本当に良く調べてやがる。

 田楽狭間も墨俣も、表立って俺の名前は出ていない。

 未来を知っているという俺の引け目から、桶狭間は信長の英断、墨俣は秀吉の奇策、という事になっているのだが……何時から織田に草を放ってたのやら。

 義輝公と戦ってたし、三好衆とも仲が悪くなってるからそんな時間なかったと思うんだが。


「いやなに、情報というものは、ある時には刀や槍よりも鋭く敵を討つ武具に、またある時にはどの様な鎧よりも己が身を守る防具になりますからな。織田上総介殿は今や飛ぶ鳥も落とさんばかりに勢いのある御仁、その近辺を調べておくは敵方として必定。それに……」


 そう飄々と言って一度手を止める。


「拙は、織田に降ろうと思っておりましてな。無論、今まで敵であった拙を織田が信じられぬは必然。で、あれば信長殿の覚え良き須藤殿にご助力を、と思いましてな」


 ……ですよねぇ。

 京の街に入る前から、ここ最近松永久秀が三好三人衆と敵対関係になり始め、味方を探している、というのは聞いていた。

 史実で裏切った事は看過出来ない。

 だが、敵陣真っただ中の今この状況では受けるしかない。


「……成程、なれば人質と、降伏するという証を信長殿に差し出しませ。それと、某も一筆書き添えましょう」


 史実でも、松永は人質と、名器である”九十九髪茄子”と吉光の太刀を献上し、それを降伏の証とした。

 俺の言葉を聞いた松永は自分に言い聞かせるように目を瞑り、俺の言葉を反復すると、


「あいわかり申した。なれば我が命とも言える茶器を、差し出しましょう。……何卒、書き添えの程、宜しくお願い致しまする。……では」


 そう言うと、再び茶を立てる作業に戻り、俺の目の前に茶器を置く。

 ”九十九髪茄子”や”平蜘蛛”には劣るだろうが、立派な茶器だ。

 流石平蜘蛛を失いたくないから一緒に爆死した、なんて事も言われてる程の”数寄者”として高名な人物だ。

 そこら辺にこだわりと誇りがあるのだろう。


「須藤殿は茶も嗜まれると聞き及んでおりますれば、拙も茶の立て甲斐もあるというもの。どうぞ、ごゆるりと、堪能下され」


 そう言ってニヤリと笑った。





 松永の言葉に甘えて多聞山城に宿泊し、翌日多聞山城を辞した俺は、馬を走らせながら考える。

 松永久秀という人物について。

 史実における松永の反逆を知っているのは俺だけだ。

 信長を助けると決めた手前、松永久秀と言う傑物を失うのは勿体ない。

 だが、あの男の有能さと危険さを理解出来る者が織田にいるだろうか?

 いや、恐らくはいない。

 ”松永久秀”という男の悪評は、後世によって誇張されている。

 絵に描いたような”悪人”等では決してないのだ。


「……三年位は修行したいと思ってたけど、そうも言ってられない、か」


 俺は多聞山城を辞したその足――馬に乗ってるけど――で、一路紀伊へと向かった。




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