第二十七話 信長、半兵衛と会う
そう言えば、史実の半兵衛さんは戦場でも静かに馬に乗った儘だった、という説が有力ですが、剣の達人だった、なんていう情報もあるらしいですね。
病弱の剣の達人ってお前は新選組の沖田総司か。
この作品では静かに馬に乗ってます。
須藤直也改め、須藤惣兵衛直也が美濃岐阜城を立って早一月、漸く落ち着いた信長の元には様々な報告が入ってきていた。
三好長逸を筆頭とした三好三人衆が京の二条御所を急襲、将軍足利義輝を弑逆し、その従弟である十一代将軍足利義澄の二男である足利義栄を擁立したこと。
今川の立て直しは太原雪斎の働きもあって巧く行っている事。
甲斐の虎、越後の龍が相変わらず睨み合っている事。
そしてその中に、信長にとって重要な情報も入っていた。
須藤が何としても家臣にしろと信長に推薦した知恵者の内の一人、竹中半兵衛の居場所である。
美濃国 某所
美濃を出た後に一度浅井の元に身を寄せた半兵衛であったが、数週間と経たずに帰国。
宣言通り弟である竹中重矩に家督を譲り、隠棲していた。
そこに、信長は供も連れず、一人で来ていた。
須藤の、家臣に任せず、自分で雇用するべきと言う言葉に従ったのだ。
今頃、城では柴田、丹羽達重鎮達が青筋を立てて信長を探しているだろうが、唯一信長の居場所を知っている馬を用意した小姓の口の堅さを信長は信じて――まぁ結果としては”鬼柴田”柴田勝家と、そして”米”では無く”鬼五郎左”となった丹羽長秀の二人に睨まれた小姓は呆気無く話してしまうのだが――いた。
「……顔を見るのは初めてだな竹中半兵衛」
「えぇ。……お初にお目に掛かります。竹中半兵衛重治に御座います」
信長を上座に座らせ、自らは平伏の姿勢をとる竹中に、信長は「頭を下げるな」と言って頭を上げさせた。
信長は回りくどいのは嫌いな性質である。
故に、直球に言葉にする。
「……俺が何故来たか、理解してるんだろ?」
「……はて、なんの事やら」
首を傾げながら恍ける半兵衛に、信長は笑う。
その顔は、明らかに信長がこれから口にする事を理解している、という表情だ。
「恍けるなよ……竹中半兵衛殿」
そしてふと姿勢を正し、そして頭を下げる。
「……言いたいことは一つだ。俺にその智謀、どうか貸してくれ」
信長自身、家臣となってくれるのならばどのような相手だろうと頭を下げるつもりがある。
血筋やらなど犬の餌にでもしてしまえ、と割と本気で思っている。
だが、いつまで経っても半兵衛からの返答は返ってこない。
信長が頭を上げ、半兵衛の顔を見ると、視線が合った。
どこまでも深い、深い見透かすような黒い眼。
「……一つ、お聞きしたい事があります」
やがて、竹中はポツリ、と口を開いた。
「信長殿は自ら考えてお一人で此の様な所にいらっしゃったのですか?」
「…………いや、忠告されたんだよ。『欲しいのなら自分自ら勧誘しに行け』って」
半兵衛は須藤を知らない。
それどころか、”須藤からの文”を読んだのは信長だけだ。
だからここで自分を優位に見せる為に「そうだ」と言っても、構わなかった……が、信長は素直に答えた。
「……そう言ってくれた奴はお前の事を”王佐の才”と称した。天下を取るには必要な人間だとな。……俺は、アイツの言葉を、眼を信じている。だからアイツの言葉に従った」
「……」
半兵衛の眼は、信長の眼をジッと見て離さない。
信長の全てを、見透かさんばかりである。
信長もそれに対して、眼を反らさない。
「………………」
「………………貴方ならば、天下を征する事が出来るやもしれませんね」
やがて、半兵衛は肩の力を抜きながら言った。
こんな態度であるが、半兵衛は信長を評価していた。
柴田勝家、丹羽長秀を筆頭に有能な部下が多いとはいえ、物事を決めるのは頭領である信長だ。
桶狭間で今川を降し、そして美濃を手中に治めた。
もはや”うつけ者”とは誰も呼べない。
寧ろ、織田信長の名は日の本全土に行き渡っているだろう。
更には部下の諫言にも耳を貸し、自分に誤りがあれば謝る。
部下には優しく、また親身だと言う。
しかし、
「ですが、忠臣は二家に仕えぬもの。……お心は有難いですが――」
そこまで言った半兵衛の前に、折りたたまれた文が放られた。
表には『竹中半兵衛重治殿』と書かれている。
半兵衛は訝し気に信長を見るが、信長は顎をしゃくるだけだ。
半兵衛は仕方なしに、文を手に取った。
そこには、即ち、こう書いてあった。
『竹中半兵衛重治殿へ。某は織田家客将須藤直也。故あって書状を認めさせて貰った。貴殿は義に厚く、忠臣は二家に仕えぬと信長殿の勧誘を断るだろう。しかし、”新加納”での采配、”稲葉山城の乗っ取り”の手管は他の者には真似出来ぬもの。貴殿の才を埋もれさせるのは惜しい。その才、この日ノ本に安寧を齎す為、使ってくれないだろうか? 信長殿は七徳の武によってこの日ノ本に平穏を齎さんとしている。貴殿とて武士だ。己が才、天下に見せたくはないか? どうかその才、この天下の為、信長殿に貸して欲しい』
見透かされている。
この文を読んだ際、半兵衛はそう感じた。
自分の中にある『武士としての心』を。
この天下に、己の名を響かせたい。
より大きな戦場で、策を披露したい。
そんな思いを。
更にはこんなことも書いてある。
『追伸、貴殿は食事を良く食べ、鍛錬をつけると良い。さすれば筋もつき、身体は強くなり、病にも掛かり辛くなるだろう』
身体が弱いことまで知られているとは思わず、半兵衛は眼を見張る。
これを書いた人物がどんな人物なのか、半兵衛は知らない。
だが、
(日ノ本に……私の才を……か)
心の内に、忘れていた闘争心と言うべきか、野心というべきか、そんな好戦的な思考が渦巻き、思わず笑みを浮かべてしまう。
半兵衛だとて武士である。
そして、目の前の男は、飛ぶ鳥を落とさんばかりの勢いで勢力を伸ばす風雲児だ。
この男に賭けてみるか。
そう半兵衛は決心し、
「……あいわかり申した。この竹中半兵衛重治。信長様の家臣として、天下に飛翔する羽の一枚を担いましょう」
そう言って頭を下げた。
信長は嬉しそうに、またほっとした様な笑みを浮かべ、
「こちらこそ、宜しく頼むぜ半兵衛」
そう言ってニヤリと笑った。




