第二十六話 旅立ち
寝落ちしました。
申し訳ない!
翌日明朝
俺が歩いて出立しようとしたところに信長、惣五郎殿、三左殿、勝三、柊殿が見送りに来てくれた。
「……悪いな、馬まで貰っちまって」
信長は、俺が徒歩で向かうと知ると、馬を俺に与えてくれたのだ。
「なに構わんさ。……ま、力を付けたら戻ってこい。今度は客将としてではなく、俺の直臣として迎え入れてやる」
ところで二国を統治する大名がこんな所にいて良いのだろうか。
……あ、眼を反らした。
こりゃ抜け出して来たな信長の奴……。
柴田殿と丹羽殿の怒り顔が目に浮かぶ。
くわばらくわばら。
信長と入れ替わるようにして、三左殿と勝三が声を掛けてくる。
「須藤、勝三が世話になったな」
「旦那、ホントに行っちまうのかー」
勝三はつまらなさそうな声音だ。
俺は頷いて、アドバイスを口に出す。
「……勝三、三左殿の様になりたければ、武勇だけじゃなく、軍略や内政の事も学ぶ事。わかったか?」
「こんな時まで説教かよー。わかってるって! 俺だって殿の家臣だぜ? 殿の顔に泥塗るような奴にはならねぇよ! それに、今度会った時は絶対に勝つからな!」
勉学の事に関しては仏頂面で嫌そうな勝三だったが、一転仕合の事になると喜々とした表情に変わる。
……現金な奴だなこの戦闘狂は。
俺と三左殿は苦笑いを交わす。
続いて近付いてきたのは古出親子だった。
「……惣五郎殿、お世話になりました」
「いやいや、此方こそ」
「そうだ……惣五郎殿。某、これより本名を名乗らぬ時は惣五郎殿より名を頂き、”惣兵衛”と名乗りたいのですが、宜しいですか?」
須藤直也っていうのは信長達織田家家中では”須藤”で浸透しているが、武士は本来本当の名を呼ぶことを避ける避諱という風習がある。
あっけらかんとした信長率いる家臣団であるからこそ受け入れられたが、他国ではそうとは限らない。
”直也”という現代風の名前では怪しまれるだろうし、俺としてももしもの為に本名は使いたくない。
惣五郎殿から許可をもらえれば、”須藤惣兵衛”と名乗ろうと思っていた。
断られる事覚悟でそう聞いたが、古出殿の反応は嬉しそうだった。
「えぇ! 是非!」
そんな言葉が返ってきたので、これから有難く使わせてもらうとしよう。
そして最後に柊殿が近寄ってきた。
「……須藤殿に認められる様に、精進して参ります」
暫く黙っていた柊殿は、整った顔に凛とした表情を浮かべながら俺の顔から眼を反らさず、ただそう言った。
その目に浮かぶ表情が何なのかは分からない、が……。
「えぇ、柊殿ならば更に多くの事を学び、会得すると信じております。頑張って下され」
「……はい」
俺もそれだけ言って、柊殿に頭を下げる。
そしてもう一度皆を見回し、馬に乗ると、信長がもう一度声を掛けてきた。
「……で? これから何処へ行くつもりだ?」
「そうだな。……紀伊や大和の方へと向かおうかと思ってる」
年代ではまだ先だが、起きている事柄から考えると、恐らく三好三人衆や松永久秀が将軍、足利義輝を弑逆するのも近いんじゃないかと思っている。
これからの歴史の中心として動くのは大和、紀伊――現在で言えば関西――の辺り。
将軍暗殺、信長の上洛、六角・浅井・朝倉との戦等が始まるのだろう。
なら、先んじて其方に行って人脈を作るなり情報を仕入れた方が良いだろう。
兵法の勉学もしなければならないが、京や堺に兵法書等は売ってるのだろうか?
まぁいつまでも考えていたって仕様がない。
「……では信長殿、これにて失礼致しまする。――ハァッ!!」
俺は最後に言葉遣いを戻し、馬上から頭を下げて、馬を走らせた。
「……行ってしまわれましたな」
「そうだな。……あれ程までの腕なら十分将としてやっていけたろうに」
古出惣五郎と森三左衛門は、遠くに見える須藤の背を見ながらそう呟き合う。
その声には寂寥感にも似た感情が見て取れる。
その会話を須藤を見つめながら聞いていた信長の後ろに立ち、柊が訊ねてくる。
「殿、宜しかったのですか? 須藤殿を行かせてしまって……」
信長は賢明な少女の質問に振り返り、笑う。
「俺はアイツを手放したつもりはねぇよ。アイツは絶対に戻ってくる。いや、絶対に俺の部下にする。……だが、漢が『今の自分じゃ満足出来ねぇ。修行したい』って言ってんだ。それを見送るのが、寛大な主ってモンじゃねぇか」
信長とて、須藤を手放すのは惜しいと感じていた。
これから家臣に勧誘しようと思っていた竹中重治と共に、自分の軍の”知”を司る将として自分を支えてくれるのだと。
だが、彼の意志は固く、曲げられない。
そう感じていたのも事実であった。
「……さ、天下布武を唱えたんだ。これから敵も増えていく。――惣五郎! 須藤の書いた文、全部俺のとこに持ってこい!」
惣五郎にそう伝えると、信長は岐阜城に向けて歩き出した。
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