第二話 織田信長と言う男
ブックマークして下さった皆様有難う御座います!
皆様に引き続き読んでいただけるよう、精進してまいりますので、よろしくお願いします!
”稲生の戦い”より数ヵ月後、清洲にいる織田信長の元にとある情報が入って来た。
「……おうおう、信行の阿呆はまだ俺の命狙ってやがるか」
”稲生の戦い”の敵軍の大将。
織田信長の同母弟、織田勘十郎信行がまたもや不穏な動きを見せているのだと言う。
苛立ち半分面倒半分で溜息を吐いた信長に対し、その情報を齎した人物が言葉を発した。
「――殿」
「何だ権六?」
信長は声の方をチラリと見やる。
まるで不動明王か鬼の如き面に、無精髭を生やし、筋骨隆々な体躯の大男。
権六――”稲生の戦い”にて敗戦した織田家重鎮、柴田権六勝家その人である。
「……一つ、案が御座います」
「おう。言ってみろ」
「はっ! ――『殿、病により床に伏せり』、そう噂を流されませ」
成程、と信長はその意味を察してニヤリと笑う。
「……あの阿呆を誘き出す――だろ?」
「はっ! 信行は昨日の沙汰により、己は許されたと油断しておりまする。表向きは殿には弓を引くことは今はまだ悪手と判断し、見舞いに来るでしょう」
「――面白ぇ。”掛かれ柴田”は武勇のみならず、策も弄する、か! ――与兵衛!」
「――は!」
与兵衛と呼ばれた男――黒母衣筆頭の河尻秀隆――が頭を下げる。
信長は笑みを浮かべた儘、与兵衛に言う。
「――俺が誘き寄せたら手前が信行を殺せ。いいか?」
「――はっ!」
信長の言葉を受け、河尻与兵衛秀隆も顔を上げると、二ヤリと笑みを浮かべたのだった。
「……兄上が床に伏せているとは! 早う案内して下され」
その数日後、織田信行は信長の張った罠に気付かず、ノコノコと清洲を訪れていた。
「此方が上総介様の寝所になります。どうぞ、お入りください」
「うむ」
案内をした小姓が障子を開けると、そこには布団で荒い息を吐いている信長がいた。
その顔は見違えるほどに弱々しい。
「……おぉ、良くぞ……来て、くれた勘十郎」
信行の眼から見ても、信長が弱っているのは理解出来た。
(うつけの三郎め! つけあがるから罰が当たったのだ)
笑みを何とか堪え、近付いていく信行に向けて信長が口を開く。
「……勘十、郎。近う寄れ」
「はい。何でしょうか兄上?」
枕元まで近付いてきた信行のその耳元に顔を近付け――
「――俺の命ぁ、取ってみるか勘十郎ォ!」
「――っ!!」
大喝。
急に耳元で大声を叫ばれて驚き、尻もちをつく信行。
だが、信長の大喝と同時に障子が開き、刀を持った男がいきなり信行を斬りつけた。
「――ぎゃ!!」
ドサリ、と畳に血を撒き散らせながら倒れる信行。
何とか顔を上げると、立ち上がり此方を睨み付け、嗤う信長がいた。
「な……兄、上っ! まさ……か……」
「おうよ! 手前が俺に仇なそうとしてる事を権六から聞いてな。謀らせて貰ったぜ」
「ゴポツ……病は嘘。……権六、が……裏切りおっ……たか。……フフッ、フハハハハハ!」
急に笑い出す信行。
背に受けた傷は致命傷の筈なのだが、その表情は狂気に染まっていた。
「――大うつけに謀られるとは我が一生の不覚よ。……のう三郎ォ、貴様はそうして他の兄弟も殺してったのよな! ……貴様も何れ同じ目に会おう。三郎よ、先に地獄で待っておるぞ――」
呵々大笑しながら、眼をカッと開け、信行は死んだ。
「殿はご無事か!?」
「どうなったのだ!」
バタバタと家臣達が駆けつけてみれば、主が敵が死んでいるのを前に、血が飛び散った着物を着た儘、与兵衛を傍に控えさせ、酒を呑んでいた。
「……殿」
「おう来たか」
少し顔を赤らめた信長は家臣団を一瞥すると、杯を置き、傍らに置いておいた刀を取り、立ち上がってそれを抜き、掲げる。
「――信行は死に、この尾張に我に能う者無し! ……これにて尾張統一はほぼ成された! 皆、大義であった! これより先も、俺に付いて来るが良い!」
「「「は、ははーっ!」」」
「ククク……ハーッハッハッハッハッハ!」
慌てて平伏した家臣団を前に、ご機嫌な様子の信長は何時までも嗤っていたのだった。
尾張国 清洲城 城下町
一人の男が清洲城の方を見上げていた。
「結局は”稲生”は信長が勝ち、信行は謀殺された、か。……だけど、まだ史実通りと決まった訳じゃない。佐々木は腹を切らず、信長も尾信行を下した年齢が些か史実より遅すぎる。……さて、どう見るべきか」
男の呟きは、周囲の喧騒に遮られ、誰の耳にも聞こえなかった。
まだ主人公は出ません、申し訳ありませんが、暫くお付き合い下さい!