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第二十五話 旅立ち前夜

 美濃国 岐阜城城下 美濃古出屋敷



 美濃調略を終えて一週間程経った夜、


「……須藤殿、準備は終えておりますかな?」


 俺が身支度を整えていると、惣五郎殿が声を掛けてきた。

 この家の主かつ、客将とは言え浪人である俺より立場が高いはずなのだが、相変わらず腰の低い人だ。

 俺は苦笑いを浮かべながら、


「えぇ。元々大した荷物は持っておりませんから」


 そう返す。

 実際、俺の荷物なんて一本の刀と、師匠から譲り受けた矢立 (墨壺と筆が一体になった携帯用筆記用具。形としては喫煙パイプが似てる)と幾つかの本くらいだ。

 大した荷物になる事は無い。


「そうですか。……寂しくなりますなぁ」


 心の底から思ってくれているのだろう。

 客将とは言え家中の人間じゃない俺を一年もの間世話してくれたのだ。

 惣五郎殿には感謝の言葉も無い。


「それに柊も、寂しがるでしょう」


「……そう言えば柊殿は?」


「相も変わらず勉学に励んでおりますよ。……そう言えば、殿に奥方様の侍女か奇妙様のお目付けにと進言下さったとか。……忝う御座います」


 あぁ、その事か。


「いえ、柊殿は利発な方です。……ただ奥に籠り、夫の無事を祈る細君として生きるには勿体ない知勇兼備ぶりですからな」


 俺からしてみれば、柊殿は下手したら立花誾千代とか、妙林尼の様に戦場に立っても何ら遜色ないと思える程知略に精通し、武芸も達者である。


 立花誾千代は”武士の中の武士”と呼ばれた勇将立花宗茂の妻で、七歳にして立花城の城督を継ぎ、夫宗茂のいない間には侍女を率いて城を防衛し、関ヶ原の戦いの際には自ら甲冑を着、秀吉配下の鍋島水軍を鉄砲で近寄らせず、攻めてくるあの加藤清正の軍を威嚇したとか。


 妙林尼も、居城である鶴崎城に島津が攻めてきた際、城内には老人や農民、女子供しかいなかったのに籠城を決行、最終的には和睦するも、秀吉から「島津攻めるよ」と報せが入った際には撤退する島津軍を散々に酔わせ、「あとで合流するから先に行け」と妙林尼に言われたがためにゆっくりと退却する島津軍を奇襲し、その時に討ち取った六十三もの首を秀吉に送ったという逸話を持つ女傑である。


 ……失礼だから決して言葉にはしないが、もしかしたら戦場では惣五郎殿よりも役に立つだろう。


「はい。……実は某、娘が須藤殿に武芸兵法を習って少し経った頃から娘に武芸も囲碁も負けとりまして」


 ……本当に惣五郎殿よりも戦力になるんじゃないのか?

 十代前半の女子に大の大人が負けるとか。

 いや、惣五郎殿はどちらかと言えば裏方作業が得意な人なんだけどさ。

 そりゃ三左殿や柴田殿、丹羽殿、滝川殿等勇将達に比べれば……ねぇ?


「なら、惣五郎殿も負けてはおれませんな」


「はい、全くです。……某も益々精進せねば」


 そう言って、俺達は笑い合った。





「よぉ、須藤。……どうやら支度は終わったみてぇだな」


 そんな事をしていたら、信長がやってきた。

 城を占拠して左程経ってないとはいえ、既に安全である城下を歩くのに、何故か腰には高そうな刀を差していた。


「……信長ど――信長」


 そこまで言ったところで信長がキッと睨んできたので、慌てて言い直す。

 お前の睨んだ時の顔おっかねぇよ……。


「明日立つって聞いてよ。……これ、お前にくれてやる。今まで働いてくれた礼だ」


 そう言って刀を鞘ごと抜いて俺の前にゴトリと落とした。


「俺の愛刀と同じ長谷部国重が打った打刀だ」


 長谷部国重!?

 信長が愛用した刀、圧切(へしぎり)長谷部(はせべ)の作者の名じゃないか!


「俺、刀は持ってるんだけど……」


 この時代、主君から刀や鎧等を下賜(かし)されるのは褒美とされている……のだが、俺はここを出て行く身だ。

 貰ったとしても宝の持ち腐れにしかならない。


「別に戦で使えって訳じゃねぇよ。……今までのお前の功績なら城主にしてもおかしくねぇんだが、旅をするんじゃそうもいかねぇし、旅をするのに大量の銭を渡しても邪魔だろう? それよりは路銀が無くなった時に此奴を売る方が全然良い。目利きの書いたお墨付きもある」


 お墨付きってのは簡単に言ってしまえば保証書みたいなもので、目利きは刀や鎧、茶器等の価値を鑑定する人の事を言う。

 室町~江戸時代、大名が家臣に与えた領地等の証拠として、保障及び確認する為に書状を書き、署名を図案化した花押を押した。

 それが墨で書かれたことから”お墨付き”と言われ、それが今日良く使われる”お墨付き”という言葉の語源となった。


 諸説あるが、江戸時代では一般的な日本刀の価値が二十五両――円に換算すれば百二十五万円以上――であったと言われているのだが、これは名工長谷部国重の打った刀である。

 その値打ちともなれば、戦国時代であっても相当な値段となるだろう。

 百両は行くのではないだろうか?

 一応嗜みとして大雑把な価値は覚えちゃいるが、残念ながらそこまで詳しくは無い。

 そんな高価なモノを売って路銀にしろってか。


「遠慮はいらねぇ。……俺からの餞別よ」


 俺は暫く悩んだが、結局は受け取ることにした。

 手に取った刀は、その価値を知ったからか、その見た目よりも遥かに重い。

 そんな気がした。





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