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第二十二話 決意と推挙

竹中半兵衛のイメージは創作物の半兵衛のイメージです。

本来は頭は良かったですが、普通の武将だったとか。

三顧の礼も絶対に後世の創作ですよね。

……ま、歴史にはよくある事です。

「須藤直也。……客将としてじゃなくて、俺の直臣としてその才、使っちゃくれねぇか?」


 そんな信長の言葉に、俺は――


「その言葉有難い。……だけど俺はまだ未熟者だ。邯鄲で知った知識頼りじゃ、お前が良くても俺自身が許せないし、これから激しくなっていく戦乱の世に通用しないさ」


 歴史を変える覚悟は出来てるが、歴史を変えれば、俺が知っている史実の知識なんて何の役にも立たなくなる可能性もある。

 申し訳無く思いながらも、俺は断りの意味を込めてそう答えた。

 だが、信長の反応は、


「……やっぱりか」


 といったあっさりしたものだった。


「……あれ? 驚かれると思ったんだが」


 俺がそう言うと、信長は苦笑いを浮かべ、


「サルに全部の指揮を任せたって時点で気付いたっての。それに”新加納”で竹中半兵衛に負けた事、気にしてんだろ?」


 うっ……図星だ。

 半兵衛に負けた事を引っ張っているのは事実だ。

 そしてまた旅に出る為に藤吉郎に墨俣築城を任せた事も。


 俺は俺が持つ知識を信長の為に使う。

 そう決めた。

 だが、今さっき俺が言った通り、今の俺は未熟過ぎる。

 せめて竹中半兵衛と拮抗する位まで己を磨かないと、俺のいる意味が無い。

 だからこそ、今の俺に出来る事は――


「信長殿は美濃を手に入れた暁には天下に”武”を敷くのでしょう?」


 信長に、俺が知っている事を伝えておく事だ。

 ただ教えすぎるのも意識してしまうだろうからダメだろう。


 信長は俺の言葉と言葉遣いに一瞬驚くが、直ぐに笑い、


「それも邯鄲の夢で知ったのか? ……おうよ。俺はこの天下に”七徳の武”を敷く! 戦乱の世なんざ、一部の戦狂いしか求めてねぇ。多くの民は平穏安寧を求めてる」


  七徳の武とは、暴を禁じ、戦を止め、大 (政権の事)を保ち、功を定め (功績を正しく評価する事)、民を安んじ、衆を和し (組合が争わないようにする事)、財を豊かにする、と言う意味だ。

 史実の信長がこれを達成出来たとは思えないが、この世界の信長が出来ないとは限らない。

 この世界の信長の性格なら大丈夫じゃないか、そう思える。

 出来なければ諫めれば良いだけだ。


「……なれば、これより信長殿に必要なのは今申した”七徳の武”を守る事と同時に、魏王曹孟徳における荀彧の如き”王佐の才”を持つ者を得る事です」


 王佐の才とは王を補佐する才を持った人物の事である。

 魏の王曹孟徳を支えた軍師である荀彧が、そうだったと言われている。


「これから世は鉄砲(てつはう)が戦場を支配しましょう。その時に必要なのは”武勇優れる武者”に非ず。策を弄し、部隊を動かす”知略に長けた者”です」


 もう個人的武勇が持て囃される時代は終わる。

 幾ら勇猛な将であっても、鉛玉を喰らえばそれまでだ。

 刀や槍の振るう間もなく、その命を散らせる事になる。


「で、あるか。……で、手前程の奴の言う”王佐の才”を持つ奴ってのは誰なんだ?」


 俺は信長が用意していた紙に、持っていた筆で日本地図を大雑把に描いていき、美濃に当たる位置を指差し、


「……一人は美濃菩提城城主、”今孔明”竹中半兵衛重治」


 そしてツツーっと指を動かし、播磨に当たる位置を指差す。


「そしてもう一人は小寺家家臣小寺官兵衛殿。……彼の二人を得ませい。彼の者等は"王佐の才"を持つ才人に御座いますれば、必ずや信長殿の覇道を支えうる”伏龍鳳雛”になりましょう」


 蜀王劉備を支えた軍師、諸葛亮(しょかつりょう) (孔明)と龐統(ほうとう) (士元)。

 彼等はそれぞれ”伏龍”――池に潜む龍――と”鳳雛”――鳳凰の雛――に例えられ、『”伏龍””鳳雛”のいずれかを手に入れた者は天下は思いの儘』とまで称された名軍師達である。


 そして竹中半兵衛と黒田官兵衛も、いずれ天下人となる豊臣秀吉を支えた”両兵衛”、”二兵衛”と称された稀代の軍師達だ。

 ”今孔明”と呼ばれた竹中半兵衛重治と”生涯負けなし”の黒田官兵衛孝高。

 その二人を早い段階で得れば、信長の天下は更に近く、盤石となるだろう。


 半兵衛が”孔明”なら官兵衛は”士元”なんだろうなぁ。

 ……まぁ身体が弱くて早世した半兵衛の方が国を得る前に”落鳳坡”という場所で矢に射抜かれて死んだ”龐士元”っぽいと個人的に思うのだが。


「先ずは竹中殿です。……竹中殿は義を重んじる一面もあるようです。信長殿御自ら劉備が諸葛亮を勧誘した時の様に”三顧の礼”を用いて味方に引き入れなされ」


「……そうか、わかった。……手前はいつ此処を出るんだ?」


 俺は少しだけ考える。

 今俺がすべき事は藤吉郎に任せた墨俣の築城のみだ。

 そして策さえ話してしまえば、俺が今ここで成すべきことは無い。


「……美濃攻めが終われば出ようかと」


 俺の答えに対し、信長は悲しそうな表情を浮かべるが、


「安心してくれ……俺が邯鄲の夢で知りえた事や幾つかの策は巻物か文にでも書いて惣五郎殿に渡しておくし、力をつけたら絶対にお前の元へと馳せ参じるよ」


 俺はわざと明るい声を出す。

 そうだ。

 俺は自分を鍛え、見分を広げる為に旅に出るのだ。

 俺の考えを変えてくれた、俺を認めてくれた信長(こいつ)の為に、俺は俺に出来る事を増やしたい。


「そう、だな。……じゃ、先ずはこの戦、絶対に勝つぞ」


「応よ」


 俺と信長はその後、酒と肴を持ち出して夜遅くまで杯を傾けたのだった。





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