第二十話 墨俣一夜城を建てろ! ……なんて実際に出来るわけがない。じゃあどうする?
後世において、話が誇張されている事は多い。
その多くが、時の権力者が良いように書かれているのだが、
「……さて、どうするかね」
今、上段の間で信長が悩んでいるのもその内の一つであった。
そう、あったのかどうかすら怪しい”墨俣の一夜城”である。
豊臣秀吉――この頃は木下藤吉郎――の名を一躍有名にしたとされているこの城の築城であるが、様々な説が唱えられている。
例えば張りぼてみたいなモノだったとか、砦だったものを改良しただけだとか。
史実において、一説では家老筆頭である佐久間信盛や柴田勝家が築城に失敗したという逸話があるのだが、さて本当なのかどうか。
なにせ墨俣は地理的に、美濃攻めの拠点とするには良い場所なのだが、なにしろ敵から丸見えなのだ。
築城なんて始めれば「襲ってください」と言っている様なモノだと言うのは馬鹿でも分かるだろうに――
「……須藤、何か策はあるか? あるならば言え」
――おっと。
いつも通りの俺任せだ。
いや、此処に木下がいるんだから任せてやれや。
史実で成功させたのそいつだぞ。
そう。
近頃の戦いで功績を残していた木下藤吉郎が、この日は評定に参加しているのだ。
これもまた、信長の考えである『地位や血統に関わらず、優秀な者を取り上げる』という事の一環だ。
俺は顎に手を当てながら、
「……普通に城を建てるのでは、敵に襲われるも必然。……なれば、短期間で築城するが最上」
「それはここにおる全員がわかっておる。だがそれが難しいのではないか」
佐久間殿が俺に対して何か言ってくるが、聞こえませーん!
「……それは勿論理解しております。……木下殿!」
「――は、はいっ!?」
突然俺に名前を呼ばれた事で、猿顔の男が素っ頓狂な声を上げる。
猿顔の男、なんて表現がつく男なんざ一人しかいない。
未来の天下人木下藤吉郎である。
「木下殿はここいら近辺で旧知の者はおりますか?」
勿論、意図的な質問だ。
俺が聞いているのは後秀吉の家臣となる蜂須賀小六の事である。
木曽川の水運業を行う川並衆の頭領だとか、野盗の頭であるとか色々言われている人物であり、誰に仕えていたのかも知られていない。
一説では斎藤家に仕えていただとか、織田信清に仕えていただとか言われているし、元々秀吉は正勝に仕えていたと言う説もある。
因みに、一番有名な矢矧川に架かる橋で浪人時代の秀吉と出会ったというのは後世の創作だ。
なにせ矢矧川に橋が架かるのは江戸時代だからな。
「は、ははっ! ……川並衆を率いている蜂須賀正勝と言う儂の旧友がおりまする」
ビンゴ!
蜂須賀小六はこの世界では川並衆を率いているようだ。
「では、彼等に協力して貰いましょう。――信長殿、墨俣の件、某に一任して下さいませんか?」
「分かった。手前に一任しよう。須藤、必ず成功させてくれ」
「――はっ! では木下殿、策をお伝え致しますれば、此方に」
「ははっ! ――殿、失礼致しまする!」
俺は木下殿を伴って、評定の間を出て行った。
「……して、須藤殿、どの様な策で墨俣に城を?」
俺が古出屋敷の自分の部屋に帰ってきて開口一番、藤吉郎――道すがら呼び捨てで良いと言われたからそうする事にした――はそう聞いてきた。
俺は信長が草に用意させていた墨俣近辺の地図のコピーをを取り出すと、藤吉郎の前に広げる。
そして墨俣の砦を差し、
「問題は城の築城にかかる期間にある。先ず何故彼等を使うのかと言えば、今回は水運を使うからだ」
「……ふむ。成程成程」
「策は簡単。そも城を新たに建てるのでは無く、今ある墨俣砦を改良するだけで良い。事前に木材を加工しておき、長良川の上流から流し、夜の内に建てるだけだ。これなら、城の築城より遥かに短い時間で拠点が出来る。これをお前が指揮してくれ」
一夜で出来るなんて無理だというのは誰でも分かる。
だから墨俣砦の外面を城に見せ掛ける。
実際に史実の藤吉郎も、伏兵奇計で斎藤勢を返り討ちにしながら七日程で改修したという説がある。
今回はこれをモデルにする。
これを聞いて、藤吉郎は膝をパン、と叩き、
「これならば成功するでしょうな! 儂にお任せあれ! ――では、儂ぁ早速小六に話を付けてきますぞ」
と立ち上がりながら快活に笑った。
その笑顔は万人に親しまれ、好かれるだろう明るいモノだった。
「――以上が策になります」
秀吉と別れた俺はその足で信長のもとを訪れ、策を報告した。
「ハッハッハ! 面白ぇ策だな! 手前、良くもまぁそんな策が浮かぶもんだ」
感心したような信長の態度に、心が痛くなる。
ゴメンネ。ただのパクリなんだ。
ま、パクられた本人も気付いてないんだけど。
「じゃ、細けぇこたぁサルに任せてるんだな?」
「えぇ」
「……」
信長は急に黙ると、俺の顔をジッと見てきた。
「……何か?」
それに答えることなく、暫く俺を見ていた信長は、ポツリと呟いた。
「……手前、何をずっと悩んでんだ?」




