第十九話 新加納の戦いと初めての敗北
主人公チートではあっても最強ではないのですよ。
『IF戦記だから有りだよね』という言葉は作者にとっての救いの言葉。
1555年 十月 小牧城
同盟を結んだ数日後からこの一年、信長は本格的な美濃攻めを開始していた。
元々は織田と斎藤は、信長の妻である帰蝶――お濃の方――の父であり、幼い頃に信長を認め、美濃を譲り渡す事を遺言状に書いた斎藤道三の代には同盟関係であったが、その斎藤道三とその息子の斎藤義龍の身内争いによって義龍が当主となってから敵対関係となっていた。
信長は何度か攻め入った――俺は留守役だったし、たかが浪人出の客将が出しゃばるなと一部の家臣達に釘を刺されたので案も出していない――のだが、史実通りやられたりやり返したりが繰り返された。
果ては刈田作戦なんてものも行った。
この刈田作戦、史実でも使われているのだが、どんな作戦かと言うと文字通り、『斎藤方の田んぼの稲を刈り取って食糧を減らせる』というまぁ何とも、な作戦である。
……ホント、誰が考えたんだこの作戦。
まぁそれも途中でバレて撤退する羽目になってるのだから阿呆と言うしかない。
1556年 二月
そんな中、美濃斎藤家当主である斎藤義龍が死んだ、という報せが届いた。
これ幸いと義龍が死んだ二日後には信長は出陣。
俗に言う”森部の戦い”が勃発する。
結果は織田軍の勝利。
桶狭間で信長に無断で参戦していた前田利家が、この戦の功績によって許され、戻ってきた。
1556年 四月
そしてその数ヵ月後、織田軍はこれまで攻めていた西濃では無く中濃へと軍を進めた。
俗に言う”新加納の戦い”である。
織田軍は新加納の少林寺やその周辺に放火、それに対して義龍の息子で、新しく当主となった龍興が挙兵した。
この戦には日々信長達の世話になっているため、恩を返したかった俺も参戦したのだが――
「……さっすが”今孔明”。……これが戦国を知略で駆け抜けた軍師、か」
俺は火に焼け、死体が散乱している戦場を馬上から見下ろし頭を掻いていた。
結果は惨敗だ。
織田軍の先鋒を務めた池田、坂井の両名の先陣が敗走。
俺は三左殿、柴田殿と共に第二陣で斎藤軍を迎え撃ったのだが、敵の兵の動きがよく、防戦一方となってしまい、撤退をしたのだ。
俺はこの戦で勝つ為に、史実とは違う兵の動かし方をし、敵の弱い箇所を攻めたのだが、まるで俺の動きを読んでいるかの如く斎藤軍の用兵に翻弄された。
だが、柴田殿や三左殿の奮戦もあって何とか撤退する事が出来た。
撤退する中、戦場を振り返った俺は敵軍の中に、見覚えのある旗を見た。
――悠々と風に靡く九枚笹の旗を。
九枚笹紋は”今孔明”と呼ばれた名軍師、竹中半兵衛重治の使った家紋である。
これが今孔明”と呼ばれた竹中半兵衛と、史実を知っているが故に優位に立てていただけの俺の差かと痛感した。
策略、兵の運用、状況の把握、迅速な対応。
思わず見惚れてしまいそうな程に、見事かつ完璧な采配だった。
全てにおいて、俺は竹中半兵衛に負けていた。
勿論悔しくはある。
だが、それ以上に俺は竹中の持つ才能が羨ましかった。
「……須藤、どうした?」
そこに信長が声を掛けてくる。
負けたと言うのに、気にした様子が無い。
まぁ勝ち負けなんて戦国の世の常だ。
逐一気にしているようじゃこの世では生きていけないのだろう。
だが、
「……いや、今更ながらに師からの忠告を思い出しましてね」
何時ぞや、俺の鍛錬を行っていた最中に師匠が呟いた言葉を思い出す。
「ほぅ、師からの?」
「……『お前は知略において伏龍鳳雛に能わず、武勇において軍神飛将に能わず』と」
肩を竦めながら言う。
伏龍鳳雛ってのはご存知三国時代における蜀王劉備を補佐した二人の軍師、諸葛孔明と龐士元の事だ。
軍神ってのは劉備の義弟にして、後世では武や商いの神として崇められている関羽の事で、飛将は三国時代で最強と謳われた悲劇の武人、呂布の事だ。
師匠が俺に言いたかったのは恐らく『その道の一番になることは出来ない、または勝てない』って事だと俺は勝手に思っているが、恐らく師匠が言いたかった事とそう違いは無いだろう。
「……つまりどう言う意味なんだ?」
師匠の言葉の真意を理解出来ない信長の質問に、俺は馬を引き返しながら自嘲気味に呟いた。
「……俺は凡才って事ですよ」
少しは自信があったんだけどなぁ……。
まだまだ未熟ってことかね。
嫉妬するよ、ホント。
……今の俺じゃ、これから天下へと飛翔していく信長の力になんて、なれそうも無い。
いやー書きたかったシーンの一つを書けました。
それまで自分にそれなりに自信を持っていた主人公ですが、それでも戦国随一の軍略家には勝てません。
この時代に生きる人間にとっては『史実? んなもん知らん。部隊を広げてきたからそれを迎え撃っただけ』ですから、半兵衛はただ主人公のとった動きに対して的確に対応しただけです。
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