第百九十三話 徳川への沙汰
1566年 三河 岡崎城
家康を筆頭に嫡男の信康・軍師の正信を捕縛した後、織田・上杉軍は徳川氏の居城である岡崎城に入城した。
三河全土に徳川家の敗北を喧伝し、抵抗しない様にと行き渡らせた。
徳川家はほぼ復興不可能に近い。
当主家康やその子信康を含めた一族や、将達の奥方やまだ幼い子供等は生きているものの、主だった将達の殆どが討死した為、家臣がほぼいない状態なのだ。
当主一族のみで国を回せる筈もないし、例え家康達を信長が許そうとも、家中からは反対意見が絶対に上がる筈だ。
家康、そして生き残った者達の処遇をどうするべきか。
それを織田方からは信長に半兵衛・官兵衛。
上杉方からは大将の輝政に、直江景綱、中条藤資が参加し、話し合いを行う事となった。
「……さて、先ずは大将の家康の処遇だな。……どうする?」
信長は先ずは、と”軍監”・”軍監補”である半兵衛と官兵衛に顔を向ける。
「……そうですな。”処刑する”か”温情を与える”か。選ぶならばその二つの何方かでしょう」
「ですが、その何方かを選択しても、非難は免れぬかと。……処刑すれば非情であると恐れられ、命を奪わなければやり方が温いと軽んじられましょう。何方にせよ、選ばなければなりませぬ」
軍監達の言葉に信長は頷き、今度は輝政の方を向き、訊ねる。
「……上杉の。手前等はどう思う?」
「大将家康の処刑は免れないかと。火種は元を断たねば再度燃え上がりましょう」
「しかし、一族全てを処断すれば、それこそ天下の新たな火種となるかと」
「一族、そしてそれに付いてくる者等は善光寺に行かせるのは如何か? 善光寺ならば上杉、北条、織田、今川と目を光らせることができるだろう」
「成程。…………良し」
輝政達の言葉を受け、信長は判断を下す。
「……家康はこの度の戦の責を負って死刑。嫡男信康と家康の妻は善光寺にて出家させ、以降監視をつける。……将の妻達については他家に嫁ぐも良し、生家に戻るも良し、信康達と共に出家するも良しとし、各々に選択させる事としよう。……徳川家は取り潰し、以降三河は織田の直轄領とする。……どうだ?」
信長の提案に、全員が異議なしと頷く。
信長はそれを確認してからニヤリと笑みを浮かべ、
「さぁ、家康の奴に会いに行くとするか」
立ち上がった。
岡崎城 評定の間
岡崎城の評定の間。
元の主だった徳川家康は今、嫡男信康と本多正信と共に下座に座り沙汰を待つ側となった。
周囲を織田・上杉の家臣団に囲まれている。
信長は相談していた面子を連れて上座に座る。
そして上杉当主輝政もまた、連合軍の長の一人である為、信長と連れ立って座る。
連合の盟主が織田とはいえ、立場としては対等であると示していた。
「……さて、こうして会うのは久しぶりだな家康」
信長が声を掛けると、家康が静かにその眼を信長の方に向ける。
その顔は頑として無表情から動かない。
一方の信長は面白そうに笑っていた。
「……はっ。お久しゅう御座います信長殿」
「……まぁ俺としちゃ手前が俺から離反した理由なんざどうでも良いし、勝敗が決まってる時点じゃあ何も意味もねぇんだが、一応聞くぜ。……どうして離反した?」
勿論、忍からの報告で、家康達の考えを知っている。
だが、当人が内心でどう思っていたかなどは知りえる筈もない。
故に、訊ねる。
「……家臣達との約束を果たす為。……”厭離穢土”。その言葉を真とする為。太平の世を成さんが為。私心で反旗を翻した訳では御座いませぬ」
家康の言葉に――
「――は。ハハ……ハハハ……ハハハハハ!!」
信長は呵々大笑した。
「……手前は童子の頃から変わらねぇな! 狡猾で、そして純粋過ぎる。……だがな。事実として、手前が反旗を翻したせいで、その”太平の世”が遠退いた事はわかってやがるか?」
「――はっ?」
家康が呆けた顔を浮かべる。
まるで今までそんな事を考えていなかったかの様に。
「ほらな。……信念が強いのは良けどよ。視界が狭くなるのが悪い癖だぜ。手前はよ。……輝政公、何か言いたい事あるか?」
信長が隣に座る輝政に眼を向けると、輝政は静かに口を開いた。
「……委細全て。貴殿の信念も、我等が引き継ぎ……そして必ずや成そう」
「……だってよ。……ま、此の儘ズルズル引っ張る意味もねぇし、沙汰を下すぜ」
改めて、信長が姿勢を正し、口を開く。
「当主家康は死罪。……本多正信も同様に死罪。嫡男信康・その他一族は善光寺で出家させる。諸将の奥方や子には、婚姻なり出家なり養子入りなり選ばせる事とする。徳川家は取り潰し、三河は織田の直轄領とする。……以上だ。徳川家康・本多正信両名の処刑は数日後執り行う」
「「「「――はっ!」」」」
結果として家は取り潰されるが、徳川という血は残る。
表舞台での戦の結末はここに相成った。
織田・上杉軍の勝利により、織田の天下は決定的となった。
だが、裏では後世に語られていないもう一つの結末が近付いていた。
逃げた南光坊天海を巡る、もう一つの戦がこれから始まろうとしていた。




