第十八話 織田・今川不可侵協定締結と清州同盟
タイトルがネタバレ。
この作品と同じ世界観、時期を上杉側より書いているナカヤマジョウ様の『謙信と挑む現代オタクの戦国乱世』も投稿されております。
現代日本より突如転移してきた主人公が謙信と共に頑張るお話です(多分)。
此方の作品よりもほのぼのとした作品になっている……はずですので、そちらも読んでいただければ幸いです。
尾張国 清洲城 評定の間
「……お初にお目に掛かりまする。今川家家臣、太原雪斎に御座いまする」
そう言って頭を下げる坊主頭の老人――まぁ僧だから当たり前だが――太原雪斎が表情の一つも変えずにそこにいた。
数日前まで争っていた敵の本拠地に来ていると言うのに、眉一つ動かさない。
流石”東海一の弓取り”の右腕だな。
「尾張国主、織田上総介である」
そう言った信長は一度溜め息を吐くと、心底面倒臭そう――勿論フェイクだ――に頭を掻きながら雪斎に尋ねる。
「……さて、雪斎殿。早速で悪いが、此度の要件を聞こうか」
こうやって興味ないよ、という姿を見せる事で相手を慌てさせ、自分のペースに持っていくのだ。
「はい。――先ずは此方を」
そう言って雪斎は袖から書状を取り出し、前に置く。
「我が主、今川氏真より尾張国主、織田上総介様への書状に御座います」
信長は控えていた小姓に目配せをすると、小姓は書状を手に取り、信長へと持っていく。
それを乱雑に奪うと、読み始めた。
その表情は使者の前だからと堅苦しい眉を顰めたモノであったのが、普段信長が浮かべるニヤついた笑みへと変わり、
「ほぉ……”東海一の弓取り”の血を受け継ぐだけの事はある」
と、評価した。
信長は雪斎へと顔を向けると、
「……其方の要求は分かった。だが、家中の意見が聞きたい。部屋を用意させる故、其方で待たれよ」
そう言って下がらせた。
「――良い返事を期待しております」
雪斎もまた、表情を変えずにそう返した。
「――して、今川現当主はなんと?」
太原雪斎が小姓に連れられて出て行った後、皆を代表して柴田殿が信長に尋ねた。
信長は機嫌良さそうに、
「……今川と同盟……とはいかないが、『不可侵の協定、及び互いに物資の援助をしよう』ってこったな。さらには金銭の賠償、城の修繕の援助、か。……俺としてはこの要件を受け入れようと思うが――」
「なっ!? 殿、先日の戦は我等の勝利です。まさか敗国の要求を呑むと仰るか!? 最早今川軍は衰えていくのみ! それよりは他国との繋がりを強くした方が良いと愚考致しまする!」
信長の言葉を遮って、柴田殿が声を荒げる。
それに数人の家臣達が同意する。
確かに、史実通りならここから今川は大名としては滅びていくだけだ。
だが、信長は今川と結ぼうとしている。
……何を恐れているんだ?
武田か? 北条か? それとも上杉か?
………………まさか。
「……信長殿は松平を危惧しておるのですな?」
俺の言葉に、信長は我が意を得たりと顔を輝かせた。
やっぱりそうだったのか。
未来の天下人、戦国三英傑が一人、徳川家康。
幼い頃からかの人の人となりを知っている信長であるからこそ知っている事もあるのだろう。
「流石須藤だな。……俺は幼少の頃、人質として我が家におった奴と共に過ごしていたことがあるが、あれは……いわば人を誑かす化け狸よ」
成程、確かにその通りだ。
松平元康――徳川家康は今川が落ち目と見るや今川を滅ぼし織田につき、信長が死んだらその勢力を拡大し始め、秀吉が死んだ後には大阪の陣で豊臣に連なる者達を滅ぼした。
未来を知る俺は兎も角、信長も彼に何かを感じ取ったのだろう。
「……俺はこれから義父殿の遺言状に従い美濃を攻め、手中に治める。その為には背後に敵がいちゃ、安心して攻められねぇ。奴は信用は出来る。だが……」
「信頼は出来ない、と」
確かに、精強と有名な三河武士が味方に入るのは心強い。
だが、俺が各地を巡っていた際に聞いた三河武士とは『主に愚直なまでに忠実で、家康を天下を取る大器だと疑っていない精強な武人達である』というモノだ。
もし、元康が信長を裏切ると宣言すれば、三河武士達は自らが死んでもそれを成そうとするだろう。
それは諸刃の刃のようなモノだ。
ま、もとより織田と松平は古くからの敵対関係なんだが。
「あぁ。……だが、俺が今川と結べば、元康の奴は動けねぇ。今川には北条もついてやがるし、当主である氏真も元康が思ってる程に愚かじゃねぇ。……こうして先手を取って動いてるわけだしな。……織田は今川と結ぶ。異論あるやつは今ここで言え」
その言葉に、誰も反論しない。
満足そうに頷いた信長は、
「今川と結んだら美濃へ攻める。……全員、戦の支度は怠るなよ?」
「「「「――はっ!」」」」
雪斎を呼んだ信長は、すぐさま書状に書かれている内容を承諾し、今川と織田との長い友好を求めた。
太原雪斎もそれを承諾。
同盟までには至らなかったが、織田と今川の関係は深くなることとなった。
これに慌てたのは独立する為に動いていた松平元康である。
「なんと!? 今川と織田が不可侵の協定を結んだと?」
草からの報告を聞き、
「クソッ! 先手を取られたか! これでは今川に攻め込むことが出来ぬ!」
そう悔しそうに膝に拳を打ち付けた。
織田を頼って独立しようとしていた元康は、国内を安定させた後は今川領へと攻め込み、領地を増やそうと画策していた。
だが、今川は何をどうしたのか元康が思うより家中に綻びが生じず、更には織田と不可侵の協定を結んだ。
だが、今の現状では今川から独立する為には織田と結ぶしかない。
今、今川を攻めれば、同盟国である北条や協定を結んだ織田が黙っていないだろう。
頼りは海を欲する武田だろうが、ただでさえ越後の長尾家との戦が近いなどと言われているのだ。
今川の家中が安定しており、北条と結んでいる状態では今川を攻める事はしない可能性が高い。
そうなってしまえば、いくら精強な三河武士達といえど、前後より挟撃されてひとたまりもない。
ただでさえ、国内で蠢く影があると言うのに、これ以上問題を作りたくは無かった。
「……今は耐え忍ぶ時、か」
やがて、元康は小さな声でポツリ、と呟く。
そして顔を上げると、
「……織田に使者を送る。同盟を持ちかけるぞ」
決心した様子で、臣下に命令を下した。
1555年 十月
結局、織田と徳川――今川と織田が不可侵を結んだ数日後に松平より名を変えた――は今川・織田の両陣営に所属していた経験のある織田家家臣水野信元の仲介によって、織田と徳川の同盟――後に”清洲同盟”と呼ばれる――が結ばれた。
だが、それは表面上の事であり、互いにどこか警戒している様な、そんな同盟とは言えない関係であった。
実際に言ってしまえば、織田と徳川より、織田・今川の方が親密な関係であった。
それだけ、信長は家康を信用しつつも危険視しており、家康も信長の事を恐れていたのである。
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……時代考証はきにしないでクダサーイ。
IF戦記だから! 違う世界だから! ね? ね?(威圧)
……はい、スイマセン。頑張って正しく書きマース。




