第百九十一話 最後の戦7
三河 徳川軍本陣
「――者共! ここを死守せよ! 誰一人として通してはならぬ!」
主君である家康の鎧と兜を着こんだ酒井忠次は兵士達を鼓舞する。
ある意味、それは自分を鼓舞する為でもあった。
忠次自身、ここで死ぬことを覚悟していたし、主君の為に死ぬことを寧ろ誇りと思っている。
だが、それでも尚『死』というモノに対する恐怖は感じていたし、この窮地故に物事を悪い方向に考えてしまう。
それを振り払う意味で、声を張り上げて味方を鼓舞していた。
本陣に突入してきた敵兵の数はそれ程多くは無いが、とにかく練度が高かった。
勿論忠次と共に戦ってくれている兵士達も、大将の守衛を任されているので練度もあるし腕も立つ。
だが、将の数――つまりは兵に指示を出す人間の数が、結果に如実に表れていた。
「――家康はあそこだ! 功を得たいならば奴を狙え!」
敵将の一人だと思われる男が忠次の方に指を差して張り上げた声に反応し、敵兵の視線が忠次に突き刺さる。
その眼は、どれも功を得ようという欲を感じる鋭いモノだった。
だが、どうやら家康と間違ってくれている様だと内心ホッとしたが、直ぐに顔を引き締める。
「――家康様をお守りせよ!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」
負けじと忠次の近くで戦っていた年配の兵が叫び、それに応じて徳川軍の兵士達が忠次の前に出る。
忠次を囲む様に、徳川軍の兵士達が織田軍に向けて槍を突き出し、肉の壁を作る。
(……すまない!)
家康を守る為、そして何としてでも時間を稼ぐ為に自分を家康と呼んでくれる兵達に、心から感謝と謝罪をする。
それに応えなければ――忠次は刀を血が出る程に強く握りしめた。
【視点:須藤惣兵衛元直】
「……やっぱ面倒臭ぇなぁ三河武士ってのは」
三河武士ってのが家康――というか徳川家に狂信的なまでの忠義を尽くしているというのは有名な話で、その光景を何度か戦場で見てきた――例えば「家康様の為に」とか言って敵に突貫したりだ――が、敵にすると面倒臭いったらありゃしない。
流石に目の前でスパルタンみたいな事されると引くわ~。
肉の壁って……。
まぁそうまでして守られる家康を流石”史実の天下人”と呼んでも良いのだろうが、生憎俺からしてみればウザいの一言だ。
「……鉄砲持ってくりゃ良かった」
思わず頭を抱えそうになるが、そうもしてられない。
家康が岡崎城に逃げ切ってしまえば、更に面倒が増える。
信長は俺に命令を下す時、「家康が離反した真意を当人に聞きたい」とも言ったのだ。
殺しても良いとは信長も言ったが、それでもそれが本心なのだ。
なら、それを叶えてやりたい。
ドドドドドド!!
遠くから、馬の蹄の音が聞こえる。
それも聞こえる数からして、俺達と同等かそれ以上の軍勢だ。
「――須藤! 上杉軍が中備えを突破してきたらしい! ここは我等に任せ、左近殿と共に家康を追え!!」
「――っ! 有難い! ここは任せる! 左近殿、行くぞ!!」
「承知した!」
三左殿の申し入れを有難く受け、その場を森衆に任せて俺と左近殿は兵を纏めて家康を追う為に馬を全速力で駆けさせた。




