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第百八十八話 最後の戦4

 岡崎城近辺 【視点:須藤惣兵衛元直】



 織田・上杉連合軍と徳川軍が衝突する戦場の中を、俺と左近殿は全速力で戦場を駆けていた。

 目指すのは徳川軍の先手衆の中でも後方――丁度先手と中備えとの中間辺りだ――に配置されている柳沢信俊の部隊へと進軍していた。


「……どうやら、我等の方が優勢に進んでいるようですねぇ」


 隣で馬を走らせる左近殿が、周囲を見てそう判断する。

 戦場を上から俯瞰している訳ではないし、忍達の報告がある訳ではないので詳しく知る事は出来ないのだが、各部隊の印の描かれた旗の位置などからの憶測だが、俺の眼から見ても織田・上杉が有利に見える。

 勿論徳川勢も奮戦しているのだが、とはいえ兵数や装備数が違い過ぎる。

 徳川が誇っている”武”も、織田だって柴田殿や佐々殿・前田殿等越前衆に三左殿や勝三・各務殿等森衆を筆頭に、丹羽殿とて”鬼五郎左”と呼ばれる程の腕を持っている。

 それに、別に武勇で戦わず、物量にもの言わせてしまえばそれで終わりだし、先の戦でも吉継がそうしたように、鉄砲を使えば良い。

 ……ま、機動力優先で編成された俺達の部隊は無理だけど。


「――報告! 前方に敵兵を発見! 旗は柳沢です!」


 良し。

 状況が混沌としている今の状況ならば、その視線は柴田殿や丹羽殿、滝川殿や佐久間殿等織田内外でも高名な将達に向いている筈だ。


「そうか。……これより敵部隊に突撃する! その勢いの儘敵本陣に向かうぞ!」


「――では、先行しましょう。――掛かれええぇぇぇっ!!」


「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 兵の報告に、俺と左近殿は表情を引き締め、声を張り上げ、馬の速度を上げ、兵達も声を上げてそれに応えた。





「……くっ! 此の儘では中備えにまで到達してしまう! 康政殿と合流し、中備えまで退くべきか?」


 当の柳沢信俊は、不利な状況にこれからの行動を悩んでいた。

 現在先手の中で健在なのは徳川軍の中でも家康の信頼の特に厚い榊原康政のみ。

 織田軍の幾つかの部隊は既に中備えにまで到達しようとしており、下手すれば囲まれるだけだ。


「――榊原殿は現在どの様な状況か!?」


「はっ! ――榊原隊は少し前に現在織田軍先手柴田勝家率いる越前衆と接敵! それ以降の状況は不明!」


「――報告! 織田軍先手衆滝川・丹羽部隊が前方より此方に進軍してきております!」


 刻々と情報が齎されるが、その悉くが柳沢にとって不利を悟らせるモノだ。


「――くっ!」


 思った以上に敵の動きが速い。

 ――此の儘では飲み込まれる!!

 ただでさえ先の戦で兵の消耗があったのに加え、歴戦の猛将である滝川一益や丹羽長秀等と敵対すれば、何をする事も無くただ討ち取られるだけだ。


「…………榊原殿には悪いが、ここは一時撤退する!」


 そう命令を下した直後、


 ――うおおおぉぉぉぉぉっ!!


 柳沢達が注視していた方とは別方向より聞こえてくる声。


「――な、なんだ!?」


 柳沢が困惑していると、慌てた様子の兵が報告する。


「――報告! 一部隊が此方に近寄ってきております!」


「ど、どの部隊だ!?」


「分かりません! 旗がありません!」


「――な、なんだと!?」


 柳沢が困惑するのも無理はない。

 この様な乱戦時、旗を掲げないのは本来ならばあり得ない事だ。

 下手をすれば味方すら混乱させるからだ。

 だが、織田勢にとって『旗を掲げない将』という変わった人物はたった一人だ。

 ”信長の懐刀”である須藤惣兵衛元直。

 ある意味、戦場において旗を掲げない部隊というのは分かり易い。

 ”無旗”はつまり、彼の象徴なのだ。

 ……それを当人が周知しているかは別として、だが。

 柳沢達が味方なのか敵なのか疑うが、最早遅い。


「――お前さんが柳沢信俊かい? 悪いが、討ち取らせて貰いますよ――っと!」


 先頭から聞こえてくる飄々とした声が近寄ってきたかと思うと、次の瞬間その将が柳沢の頸を飛ばし、それを確認する事も無く兵士達に命令する。


「――殲滅しなくて良い! 其の儘走り抜けるぞ!!」


 柳沢を討ち取った者――島左近は周囲の様子を一瞥し、急襲が上手くいった事を瞬時に確認すると、馬を再び走らせた。




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