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第百八十四話 徳川追撃戦

 1566年 長篠 設楽原 【視点:須藤惣兵衛元直】



 上がった鏑矢は、徳川による撤退の合図だという事が報告され、俺と左近殿は徳川勢を追撃する為に鉄砲隊及び歩兵部隊を鈴木重秀に任せ、騎馬兵のみを率いて急ぎ馬を走らせる。

 他の部隊は兵を整える必要がある為、俺達の出番である。

 勿論、俺達だけでは兵数として心許ないので、森衆から勝三と各務殿とその部隊に一緒に来てもらう。


「――旦那! 俺が一番槍で良いんだろ?」


「あぁ。お前に任せる」


 少しだけ先を走る勝三が振り返って訊ねてくるのに、俺は頷き返す。


「よっしゃ! 任せとけ!」


 嬉しそうに笑う勝三が、今は心強い。

 左近殿が隣で馬を走らせながら呟く。


「……敵殿は徳川随一の武勇を誇る本多忠勝と随一の指揮能力を持つ榊原康政の二名。奴さん等を殺すのは幾ら森の若当主殿でも無理でしょうねぇ」


 ふむ、そりゃ難しいな。

 兵の指揮を得意とする榊原康政は兎も角、武勇で優れる本多忠勝は此方も死を覚悟して挑まなければならない難敵だ。

 正直に言ってしまえば、本多忠勝は鉄砲隊で蜂の巣にして殺す方法しか思いつかない。

 それ程までに後世において”戦国最強”と名高い猛将本多忠勝の武勇は人並外れているのだ。

 恐らく柴田殿や三左殿、勝三だろうと引き分けに持っていくので精一杯だろう。

 上杉の連中がどうかは知らないが、多分武勇に優れる輝政に鬼小島、利益などの武勇に優れる将が三・四人で相手してなんとか討ち取れる位じゃないだろうか。

 幾つかの戦場で本多忠勝の姿を見たが、正直あれこそチートと言いたい。

 実際に数多くの戦場に出ながら、誰々を討ち取ったという武功の話は出ても、傷を負ったという話は一切聞かないのだ。

 まさか現実にそんな奴がいるとは思わなかったぞ。

 ……まぁ良いや。


「……余り深追いはしないぞ。皆、取り敢えずは俺の指示に従ってくれ。特に勝三、俺の命令には従えよ。ただでさえお前は命令違反が多いんだからな」


 命令違反して深追いして逆に殺されるなんて阿呆だ。

 本来ならば抑える役目の各務殿も、事この事に関しては頼りにならない。

 この人は基本的に勝三や三左殿を煽る事しかしないからな。

 この中で一番頼りになるのは、左近殿である。


「えぇ、”軍監衆”の指示に従いましょう」


「わかったよ。旦那に言われちゃ無視出来ねぇからな」


「承知」


 左近殿・勝三・各務殿の三人それぞれが応じ、俺達は速度を上げて徳川軍の追撃を始めた。





「――見えた! 徳川の殿部隊だ!」


 先頭を走る勝三が大声で周囲に報せる。

 いつの間にやら旗に掛かれた”厭離穢土”の文字が眼に見える程に近くなっていた。

 俺は息を吸うと、声を張り上げる。


「――此の儘接敵するぞ! 深追いはするな! ここが決戦じゃない。あくまでも徳川軍を岡崎まで撤退させる為の追撃だ! 無理はするなよ!」


「「「「おおおおおおぉぉぉぉっ!!」」」」


 帰ってくるのは頼りになる野太い声。

 俺達は武器を構え、撤退する徳川軍殿部隊へと突撃した。





 結果としては大した収穫はなかった。

 勿論俺達が大して力を入れて攻撃している訳ではないからだ。

 だが、そんな事を知らない徳川軍の殿部隊を率いる本多忠勝や榊原康政は鬼の形相で必死に兵を指揮し、撤退した。

 取り敢えず、追い立てて岡崎城まで撤退させる役目は完了出来そうだ。

 そして、兵を整えた数日後、徳川の居城である岡崎城とその周辺を舞台とした戦が始まろうとしていた。




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