第一話 史実の如く
主人公はまだ出ません。
織田の情勢がどうなのかの説明会となっております。
西暦1553年 尾張国 清洲城
「……何だと?」
上段の間で、上座に座る男が唸った。
その眼光は鋭く、報告を上げた者に向けられている。
その目の前には何十人といった男達が胡坐をかき、座っていた。
その中でも最前列に座っている男が頭を下げて言う。
「――林秀貞、林通具、柴田勝家が信行殿に家督を継がせるべく動き出したとの報せが!」
「……で、あるか」
「殿! 最早戦しかありますまい!」
「先鋒を拙者にお任せ下され!」
「いや、某にお任せを! 必ずや、首を取って参ります!」
沈痛な面持ちで呟いた上座の男に向け、下座に座っている男達が立ち上がらんばかりの勢いで次々に叫ぶ。
だが、
「静まれええぇぇェエいっ!!」
上座に座っている男の一喝で、一瞬にして静まる。
「……やれやれ、面倒な事だなぁ」
そう呟くが、直に顔を真剣なモノに戻す。
手に持ち、広げていた扇をパチン、と閉じて立ち上がり、
「――佐久間盛重!」
「――はっ!」
男の内の一人、名を呼ばれた男が頭を下げる。
「名塚に砦を建てよ! そして建てた後はそこに籠城せよ! だが、敵が攻めてこようと、決して打ってはならぬ!」
「――御意に!」
「そして我等は清洲より疾く駆け、それを叩く! 皆、戦備えを始めよ!」
「「「――はっ!!」」」
そう言って獰猛な笑みを浮かべた男の名は織田三郎信長。
戦国の三英傑の一人にも数えられ、戦国時代を駆け抜けた時代の寵児である。
その数か月後、清洲より南東にある於多井川を超えた辺りで、信長率いる軍勢と、名塚の砦を攻めきれなかった弟信行の重臣、林佐渡守 (秀貞)、柴田勝家が率いる軍勢と衝突。
史実では”稲生の戦い”と呼ばれた戦である。
「――皆聞けェイ!! 我が軍の数は七百、対して敵方は千七百! 敵は我等より圧倒的な数の兵を持つ! しかぁし! 我が元に集いしお主達は、一人一人が一騎当千の兵である! いざ、林、柴田両名率いる軍を蹂躙せよ! しゅつじいいぃぃいん!!」
「「「オオオぉぉぉぉぉっッ!!」」」
信長の声に、兵達も大声で答え、駆け出した。
その光景を、遠くより見ていた者がいた。
戦場を一望できる場所に座り、眼を凝らしてジッと戦場の行く末を見守っている。
「史実より物事が短い期間で進んでいる。……史実通りなら信長軍の勝利で終わるだろうけど……まだ結論を出すのには少し早いかな」
そう意味不明な言葉を呟いた者の視線は、再び織田の軍勢へと向けられた。
状況は圧倒的な兵力を持つ信行軍が信長軍を圧倒した。
小豆坂七本槍が一人である佐々孫介 (佐々成政の兄)ら主だった家臣が討ち取られていくものの、なんとか柴田軍を撤退させ、
「織田信長が家臣織田造酒丞信房! これより攻めに転じ、死地に入る! 皆の者続けぇえっ!!」
「河内源氏が棟梁・八幡太郎義家が七男、陸奥七郎義隆が末裔、森三左衛門可成! ”攻めの三左”が殿の為、これより修羅となる! 死を恐れぬ者は続けやぁ!」
信長軍は織田信房や、武勇の誉れ高い”攻めの三左”と謳われた猛将森可成の奮戦により、勢いを取り戻し、林軍に攻め入った。
「鎌田助丞討ち取ったり!」
「山口又次郎が首、頂いた!」
「橋本十蔵、某が討ち取った!」
信行方の首は四百五十人余りにも上ったとされ、信行軍は敗退していった。
”稲生の戦い”は信長軍の勝利に終わったのである。
清洲城の上段の間。
そこで”稲生の戦い”で敗北した林秀貞、柴田勝家が平伏していた。
既に、担がれた信行は信長の母、土田御前の取り成しにより許されており、土田御前同様、この場にはいなかった。
場はピリピリとしており、指一本動かす事も出来ず、二人はただ平伏していた。
信長は眼を瞑り思案していたが、はぁ、と溜息を吐き、顔を上げる。
「……柴田勝家、林秀貞。……両名を許す」
「「――は、ははっ!!」」
平伏した儘返事をした二人を一瞥した信長は、評定を解散させた。
「……ふぅ」
信長が出て行った後、誰かがそう一息吐いた事で、場が緩む。
「お二人共、良かったですな」
その場にいた男の内の一人にそう声を掛けられ、柴田と林の両名は安堵の表情を浮かべた。
彼等の心の中では、自分達に勝った信長を既に認めていたのであった。
「――くそっ! 兄上……いや、信長めっ! これでは終わらんぞ!」
清洲城の一室で、敗将である織田信行は唇を噛み、怒りに打ち震えていた。
その隣には新参の臣下である津々木蔵人が控えていた。
「――必ずや殺してくれるっ!」
その怒りの呟きは津々木蔵人以外、聞いた者はいなかった。
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