第百八十話 徳川軍先手部隊壊滅
吉継達”軍監衆”が使ったのは、ある意味基本的な戦法の一つだ。
柴田軍にわざと徳川先手中央部隊に突破させて突出させ、わざと目立つ丘の上に吉継と西美濃衆が率いる部隊の新兵達を配置して油断させ、そこを狙わせる。
そして、一定の場所に来たら合図を送り、丘陵地の影に隠していた伏兵である松永・細川の両軍に挙兵させる。
そして退却を選ぶ事を想定し、前線柴田隊の内佐々成政の部隊を引き返させ、残る柴田軍で救援に来るであろう中備え部隊を押し止め、孤立させ、前線から引き返した佐々の部隊と挟撃、撃破する。
それが吉継達が使用した策だった。
佐々部隊より放たれた鉛玉は、徳川軍先手中央部隊に放たれた。
その恐ろしさは、織田と同盟を組んで各地を転戦した徳川の将兵達も知っていた。
それが今回は自分達に向けられたのだ。
「殿! ……どうか、太平の世を!」
「殿の作る世を見れぬとは……」
「……無念!!」
先手中央部隊を率いる依田信蕃・本多忠次・奥平貞能は、鉛玉を全身に浴びながら、ただ主君が生み出す世を想い、己が主君の無事と勝利を祈り、死んだ。
鉛玉に撃たれて死んでいない者も、近寄って来た佐々の部隊や、駆けつけてきた細川・松永・西美濃衆の部隊によって討ち取られていく。
「……佐々殿、ご苦労様でした。……柴田殿にも感謝の意を……お伝えください」
吉継が佐々に向け、そう言って頭を下げる。
「応。やるべき事をやっただけよ。……では俺は叔父貴の元に戻る」
「……はっ。……では、武運を」
佐々は頷くと、急ぎ前線の柴田のもとに戻る為、全速力で駆け始めた。
「……では、我等も部隊を整え……柴田殿達を援護します。……各々方、疾く仕度を終えて下さい」
「「「「――承知」」」」
吉継の命令に、織田軍中備えの将達は頷き、即座に部隊を纏め始めた。
織田軍 先手右翼
「――おらおらァ! 徳川なんぞに負けんじゃねぇぞ! 手前等は泣く子も黙る、鬼も逃げ出す悪童共、森衆だろうが! 敵なら全員ぶっ殺せや!」
先頭に立って槍を振るい徳川の兵士達を一人、また一人と突き殺す三左が荒々しく声を上げて味方を鼓舞する。
「「「「ぃやっはあああああああぁぁぁぁっ!!」」」」
森家の兵達も、最後の戦だとばかりに機嫌良く徳川の兵達を殺していく。
味方が倒れようと無視、武人としての矜持など無く、一人の兵に対し我先にと何人もの兵がまるで獣の如く襲い掛かる。
劣勢になった途端、将の一人である大久保忠佐と兵達が残り、将達が撤退する為の時間稼ぎにと抵抗を始めたのだが、その忠佐は既に討ち取られていた。
「――やっぱ戦いってのは面白ぇな! なぁ各務!」
「……私は貴方方の様な戦闘狂ではありませんので、一緒にされても困りますぞ」
三左に続き、勝三と元正も己が獲物を存分に振るっていく。
森家が通った後に残るのは、無惨な姿の屍と血で出来た池だ。
既に右翼を率いる将達は撤退を始めており、三差達はそれを追っていた。
そこに、伝令が報告を手に駆けてくる。
「――報告! 中央部隊の策、成功! 柴田殿等も攻めに転じました! それと同時に、左翼の上杉も先手を敗走させたとの由!」
その報告を聞いた三左は家臣達を振り返り、声を荒げる。
「手前等! 此の儘中備えまで突っ込むぞ! ついてきやがれ!!」
「「「「応!!」」」」
敵と味方両方の死体を踏み越え、森・滝川からなる織田・上杉連合軍先手右翼は徳川軍中備えに向けて突撃していった。