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第百七十九話 最初の一手

 1566年 三河 長篠 設楽原 



 ”鬼柴田”率いる織田・上杉連動軍と相対する徳川軍先鋒の中央部隊は、数の差を物ともせず、奮戦していた。

 徳川勢先鋒中央部隊を率いるのは依田信蕃・本多忠次・奥平貞能の三名だ。

 対する織田軍は、転戦の多い織田軍の中でも森衆と並び織田屈指と称される柴田勝家率いる”越前衆”だ。

 それがまともに正面からぶつかり合っているのである。

 両陣営とも、被害は大きかった。

 だが、現状では柴田軍に対して徳川勢は不利どころか、寧ろ押していた。


「……依田殿、奥平殿! 此の儘突破し、中備えに突貫致しますぞ!」


 本多忠次は、現状を鑑みてそう判断した。

 ここで多少の被害を出しても、敵陣深くにまで食い込もうと考えたのだ。

 そうすれば、中備えに配置されている徳川家家臣の中でも屈指の武勇と高い部隊指揮能力を持つ本多忠勝や榊原康政が動いてくれるだろう。

 そう信じて。

 奥平貞能が、兵士達を鼓舞する為に声を張り上げる。


「――承知した! ……これより殿が為、殿が成さんとする太平の世の為……皆、ここを死地と定めよ!」


「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 徳川家の将だけが家康に対して崇拝にも似た忠義を尽くしている訳では無い。

 一介の足軽に至るまで、彼等徳川の兵は家康に忠誠を誓っているのだ。

 彼等は鍛錬の間、その鍛錬を担当する将によってみっちりと”徳川への忠義”を叩き込まれるのだ。

 それによって、彼等は『主君が為ならば死を恐れぬ三河武士』となる。

 その強さは、三河兵一人で尾張の兵三人相当とも言われる程だ。


「――いざ、突撃!!」


「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 気勢を上げ、まるで一つの矢の如く織田先鋒中央部隊を崩していく。

 一人、また一人と死んでいくが、三河兵士達は味方の屍を踏み越え、尚も突撃を止めない。

 其の儘柴田軍を突破すると、丘の上に小部隊の旗が見えた。

 兵士達が展開しているが、徳川軍の勢いに臆病風に吹かれているのか、徐々に後方に退いている様に見えた。

 そしてそれを狙い目と判断し、


「――狙うは目の前の丘の上の部隊だ! 速度を落とさず、この勢いの儘吶喊せよ!」


「「「「――おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 徳川軍先鋒中央部隊は敵陣に斬り込む為に更にその速度を上げた。






 その様子を、遠くから織田”軍監衆”が一人にして中備えの全体指揮を任されている大谷吉継は丘陵地の上から見ていた。

 徳川勢から見えていたのは、吉継の部隊の陣である。


「――徳川家先手部隊、越前衆を突破! 此方に迫って来ております!」


 徳川の軍勢はすぐそこまで迫っていた。

 後丘陵地一つを越えれば、吉継のいる丘に到達するだろう。

 兵士が焦燥を表情に浮かべて報告をし、周囲からは動揺と、悲観的な声が聞こえてくる。

 しかし、


「……想定……通り」


 吉継は冷静に、慌てた様子も無く頷く。


「……柴田殿達は策の通り、動いてくれた。……これより反撃、する」


 タイミングを計った吉継は、右手に構えた采配を頭上に上げ――


「……今」


 振り下ろす。






 ヒュ――ン!!


 合図と共に打ち上げられる鏑矢が、甲高い音を立てて空に放たれた。


「……な、なんだ!?」


 突然の鏑矢の音に一瞬驚く忠次。

 そこに、兵からの報告が入った。


「――報告! 二方向より敵あり! 旗は細川と松永! 我等は囲まれております!」


「……なっ!?」


 いつの間にか、彼等は囲まれていた。

 目の前の丘陵地からは吉継に従っていた西美濃三人衆を継ぐ若き当主達率いる西美濃衆、目の前の丘陵地の影の左方からは細川忠興率いる細川衆、右方からは松永久通率いる松永衆が、それぞれ迫って来ていた。


「――これは罠だ! 忠次殿・貞能殿、ここは撤退致しましょう!」


 依田信蕃がそう言うのに従い、悔しがりながらも徳川勢は慌てて反転する。

 とはいえ、まだ若き当主達に比べ、歴戦の将である三人が率いる部隊は戦慣れしている為、速度は雲泥の差だ。

 徳川勢は急いで撤退を始めた。

 だが、吉継とてそれを既に読んでいる。


「――なっ!?」


 既に彼等の行く道に、敵兵が待ち構えていた。

 掲げられているのは”金の三階菅笠”の馬印と棕櫚の家紋。

 柴田与力の将の一人、佐々成政の部隊だった。


「さて、先程の借りを返させて貰おうか」


 二列に整列する成政直属の鉄砲部隊の銃口が徳川勢に向けられていた。

 そして、


「――撃て」


 成政の合図で、一気に銃弾が放たれた。





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