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第百七十八話 突撃

 1566年 三河国 長篠 設楽原 先手中央



 普段から(いか)めしい顔を更に厳めしくし、織田・上杉軍先手中央を率いる”鬼柴田”こと柴田勝家は、ただ瞑目し、ジッと開戦の合図を待っていた。

 今回の戦は、己にとって――いや、自身が率いる織田軍きっての武闘派達”越前衆”にとって己が武勇を天下全土に知らしめる最後の戦となる。

 それをしかと理解していた。

 それ故に、勝家だけではなく、彼を叔父と慕う前田利家や佐々成政達を筆頭とした生粋の武人達もまた、嵐の前の様にただ静かに、気力を高めていた。

 最後の戦に、自分の功を刻むために。

 なにより、主君信長と信忠の天下の為に。


 だが、勿論彼等とてただ武人らしく愚直に突き進む訳ではない。

 中備えとして後ろに控える”軍監衆”が一人大谷吉継から、策を提案されていた。

 それを遂行し、成功させてこそ、織田が誇る部隊と言えよう。

 実際、彼等は多くの戦場においてそれを成して来た。

 




 そして、開戦の合図が上がる。

 ヒュンという鏑矢の甲高い音が空気を裂き、響き渡る。


「――叔父貴! 鏑矢の合図だ!」


 右隣で馬に乗る利家が今にも駆け出さんばかりに声を荒げる。


「……叔父貴。突撃の合図を」


 左隣に控える成政が、湧き上がる闘志を抑え付ける様な冷静な言葉で促す。

 彼等もまた、ずっと我慢してきたのだ。

 近頃は自分達が駐在している越前近辺では戦が無く、それ故に武人として槍や刀を振るう事も無かった。

 それが、漸くその機会を得たのである。

 勝家は閉じていた眼を開き、


「…………”鬼”、柴田勝家が推して参る。――――掛かれえええぇぇぇいっ!!」


「「「「おおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」」」


 ”掛かれ柴田”の大音声と共に、連合軍先手中央部隊が徳川の敵先鋒中央部隊に向けて突撃を開始した。





 織田軍 先手右翼 



「――さて、中央の権六は突撃したらしいな。勝三・元正・一益、俺達も出るとするか」


 徳川軍へもの凄い速度で突貫していく”掛かれ柴田”の二つ雁金の旗を遠目に見ながら、連合軍先手右翼部隊を任された森衆前当主”槍の三左”こと森可成は後ろに控えた三名に振り返って言った。


「応よ! 叔父貴達に負けてられっか!」


 愛用の槍”人間無骨”を手に、愛馬”百段”に跨って元気に頷く森家当主森長可。


「何処までもお供致します」


 そう言って頭を下げる”鬼兵庫”こと各務元正。


「……一番槍は森衆に任せる。好きに暴れられよ」


 静かに答える滝川一益。

 彼等もまた、織田が誇る異名が付く程の猛将・勇将達だ。


「……さぁて、行くぞ! 旗ァ掲げろ!!」


 可成の指示に従って、森家の旗と滝川家の旗が空に翻る。


「――――突っ込めやァ!」


「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 可成の指揮の下、森家家臣団(戦闘狂)達は一斉に駆け出した。

 目の前の敵を殺す為に。





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