第百七十五話 大評定 3
”軍監衆”――半兵衛の説明は続く。
「敵方である徳川勢で気を付けるべきはその武勇にあります。家臣達の中でも重臣である本多忠勝や榊原康政を筆頭に、個人的武勇が得手の将と兵の指揮が得意な将と有能な家臣達が揃っております」
半兵衛が出した通り、後世において”戦国最強”と名高い五十以上もの戦場に立ちながら掠り傷一つなかったとされる将本多忠勝や、兵の差配においては忠勝を上回るとされる忠臣榊原康政、他にも後世では忍として知られる事が多い服部半蔵こと服部正成も”鬼の半蔵”と称される槍の名手だったそうだし、”鬼半蔵”と並び”槍半蔵”と称された渡辺守綱等、三河には武勇優れる将達が揃っているのだ。
「……しかし、徳川には致命的な弱点があります。勿論、『数の差以外で』です」
「……知恵者が少ない事、ですな」
誰がいったかわからなかったが、その通りである。
「その通り、徳川には知恵者が少ない。知恵者と呼べるのは本多正信くらいでしょうか。他の将は”武将”としての指揮は有能であっても、謀略や奇策には弱い。……現に我々に忍狩りを許し、情報や協力者を得られず、窮地に陥っております。……近頃、天海と言われる僧が徳川の軍監的立ち位置となっているという情報はありますが」
天海――南光坊天海という名前が出た瞬間、俺は景亮に視線を送ると、向こうも此方を見ていた。
ありゃ、向こうも知ってたな。
そして、俺も景亮も同じ考えに至っているに違いない。
それは、戦国時代を少し齧っていれば耳にするであろう有名な説の一つだ。
『本能寺の変で敗北した明智光秀が実は生き残っていて、南光坊天海と名を変え、家康を支えた』。
その噂というか、逸話というか、説を知っていれば、天海という名前が出た時点で怪しむのも当然だ。
それに、明智光秀の遺体は見つからず、鎧のみが堺に流れていた。
俺が元いた世界なら兎も角、この時代は情報収集方法というのがアナクロな為、人一人死んだか死なないかを調査するのだけでも非常に難しい。
戦の中で死んだ人間を調査するのは、頸や馬印、所持品等が近くになければほぼ不可能だろう。
特に光秀は『落ち武者狩りにあって死んだ』と報告が上がったが、それを確認する術は無かった。
ただ堺に流れた鎧を見て、光秀と判断したのみである。
そして、このタイミングで南光坊天海が現れるなどタイミングが良過ぎる。
南光坊天海=明智光秀で間違いないだろう。
「――それ故に、策や奇襲を使って翻弄・攪乱し、圧倒的な勢力数を以て殲滅するのが最も確実な方法でしょう。……以上です」
――っと、説明は終わった様だ。
これで評定も終わりだ。
後は陣を築いてからの話になるだろう。
説明を終えた半兵衛が信長に視線を送ると、信長が立ち上がり、その場にいる者達を見回す。
その顔には、自信が満ち溢れていた。
いつものニヤリという不敵な笑みを浮かべ、
「――さて、もう一度言うが、これが日ノ本における最後の大きな戦となるだろう。共に太平の世を謳歌する為、手前等の力、存分に奮ってくれや!」
「「「「――応!!」」」」
信長の下知に、その場にいた者達が一斉に呼応した。
戦国時代最後の戦が、始まろうとしていた。